台風が接近してきて、雨が降り続けている。今夕から夜にかけてこちらに最も接近し、上陸するかも知れないとの予報が出ているが、今のところあまり強い風はない。
昨日の千野隆司『鬼心 南町同心早瀬惣十郎捕物控』に引き続き、シリーズの第4作目である『雪しぐれ 南町同心早瀬惣十郎捕物控』(2007年 角川春樹事務所 ハルキ文庫)を読んだ。これも前作と同様、バザーか何かで購入していたものだが、発行年を見ると、前作から2年後にこの作品が出ているので、書き下ろしとはいえ、時間をかけて書かれたものに違いない。
この作品では、巧妙に仕組まれた強盗籠城事件が取り扱われている。善右衛門という主人が一代で築き上げた京橋の薬種屋「蓬莱屋(ほうらいや)」が夕暮れ時に押し込んできた強盗に襲われた。犯人たちは、店の奉公人や客たちを縛り上げ、人質にして立てこもった。周囲を捕り方が囲み、南町奉行所同心の早瀬惣十郎も駆り出される。雪が降りしきる寒い夜だった。膠着状態が続く。犯人たちの意図がよくわからない。寒さに震えながらも早瀬惣十郎は事件の背景を探ろうとする。
早瀬惣十郎と琴江夫婦が養子にしようと思っている乱暴者でどうしようもない八歳の末三郎も、子ども同士の喧嘩で「蓬莱屋」に逃げ込んで、事件に巻き込まれ人質となっていることがわかる。琴江も案じて事件の現場に駆けつけてくる。
みぞれ交じりの雪が降る寒い中で、膠着状態は長く続く。捕り方たちも疲れてくるし、奉行所のだらしなさを責める市中の非難の声も上がってくる。惣十郎は人質の救出を第一に考え、犯人と交渉し、病気の者と子どもの解放を要求する。そこで、ようやく犯人たちは末三郎を解放する。解放された末三郎は案じていた琴江にしがみつき、惣十郎は琴江と末三郎の繋がりが深まったことを知ったりもする。
そして、解放された末三郎は、意外にもしっかりと冷静に中の様子を伝え、そのことから惣十郎は、さらに事件の背景や犯人たちの狙いの探索を進めていく。強盗籠城が単なる金目当てではないと次第に確信していくのである。
やがて、外面をおもんばかり、業を煮やした町奉行は強行突入を指示し、強行突入をして、それが功を奏して人質が助け出される。だが、犯人たちはひとりもいない。誰が犯人かわからないように巧妙に人質にまぎれているのである。吟味(取り調べ)が続くが、犯人が誰かは全くわからない。
金も取られておらず、人質も殺されたり傷つけられたりした者はひとりもいない。事件後は落ち着いていく。「蓬莱屋」の主人の善右衛門と奉行が図って事件は一件落着したものとなる。だが、早瀬惣十郎はどこかにひっかかりを感じて、探索をひとつひとつ進めていく。そして意外な犯人の像が浮かび上がって来る。
事件の29年前、「蓬莱屋」が店を始めたころ、深川中島町の両替商が強盗に襲われ、大金を奪われて主人が殺され、主人一家が離散した事件があった。事件の犯人は捕まっていない。その後、母親と幼い男の子ふたりはさんざん苦労し、母親が病で亡くなった後は、子どもたちは家々をたらい回しにされて苦労していく。その子どもたちが成長し、自分たちの家を襲って苦労の元を作った強盗殺人犯人を突きとめ、これに復讐しようとしたのである。
その犯人が、実は、善人の仮面をかぶった「蓬莱屋」の主人、善右衛門だったのであり、「蓬莱屋」に押し込んだ強盗は、その証拠の品を探し出そうとしたのである。彼らは証拠の品を手に入れ、善右衛門と密かに交渉を始める。だが、昔の悪事がばれることを恐れた善右衛門は彼らを殺そうとする。しかし、事件の真相を知った早瀬惣十郎が駆けつけ、すべてを明らかにする。
巧妙に仕組まれた人質籠城事件の犯人たちの知恵、奉行所という組織の一員として働かなければならないやるせなさを抱えながらも、その事件の背景にひとつひとつ丁寧に薄皮をはぐようにして肉薄し、やがて真相を明らかにしていく惣十郎の歩み、犯人たちの積み重ねられた恨み、善人の仮面をかぶる人間、親子の情、そうした事柄が見事に展開されていく。どうしようもないと思っていた末三郎も、「子どもは育て方次第です」といって愛情を注ぐ琴江の姿とこの事件をきっかけにして変わり、成長していく。惣十郎と琴江の夫婦の絆も次第に深まっていく。
序章として、29年前の強盗殺人事件の顛末が記されているのも、心憎い演出で、作品としてよく構成されていると感じさせるものがあるし、早瀬惣十郎と琴江、末三郎の家族がこの後どうなっていくのかもシリーズの骨として魅力的である。人質籠城事件を起こした犯人たちの苦労も、安っぽいお涙ちょうだい式でないのがいい。作者の力量は相当なもので、読んでいて飽きが来ない。面白いシリーズだと思う。
特にこのシリーズのこの本は、着想が面白く、犯人がいつまでもわからず、「どなってんの」の連続でした。サイドストリーの主人公の家庭問題も、クスッとわらえて、楽しみです。
返信削除私の大好きな作家さんの一人で、とっても嬉しい批評で、自分のことのように誇らしくなりました。