2010年11月22日月曜日

芦川淳一『おいらか俊作江戸綴り 猫の匂いのする侍』

 このところ2~3日おきに天気が変わり、今日は雨模様の空が広がって寒くなっている。だんだん寒さが身に染むようになってきた。

 少し根を詰めなければならない仕事があって、これを書くことが出来なかったが、ようやく一段落ついて、先週の水曜日以来、芦川淳一『おいらか俊作江戸綴り 猫の匂いのする侍』(2009年 双葉文庫)を読んでいたので、記すことにした。

 この作家の作品は初めて読むのだが、文庫本カバーによれば、1953年東京生まれで、早稲田を出た後、出版社勤務を経て作家活動に入られたようで、本作はこのシリーズの2作目とのこと。このシリーズの他にも、いくつかのシリーズがあるようで、多くは書き下ろし作品のようである。

 書名の「おいらか」というのは、「おっとりした」という意味であることが本書の28頁にも述べられているが、本書は、あまり細かいことにこだわらないおっとりした性格を持つ侍が、浪人となり、貧乏長屋に住んで、自分が背負っている運命と闘いながら、明晰な頭脳と剣の腕を発揮して、自分と関係する者たちの間で起こる事件を解決していくというもので、大筋から言えば、この手の時代小説は、たとえば最近のもので言えば、佐伯泰英の『居眠り磐音 江戸双紙』のシリーズなど、実にたくさん出ている。

 浪人ものでいえば、藤沢周平の『用心棒日月妙』などの作品が展開も設定されている人物も、それこそ「妙」があって、もっとも味わいも深く、読み応えがあると思うが、最近のものには、その設定にひとつの類型のようなものがあるような気がする。

1)主人公は、理由があって浪人しており、裏店などの貧乏長屋に住んで、日々の生活にあくせくしなければならないが、あまり自分の境遇や生活にこだわらない鷹揚でおっとりした性格をしている。思いやりもあり、人情も深く、正義感もある。人に好かれ、慕われる。

2)美男だが容貌や容姿にもこだわらず、頭脳も明晰で剣の腕がたったり才能が豊かだったりするし、武士としての矜持ももっているが、普段はそういうところを見せることもなく、町人や長屋に住む住人とも気さくな関係を持っている。

3)主人公を理解し、彼を助ける者がいる。それが同じ長屋に住む浪人であったり、町人であったり、また元の上司であったり、あるいは美しい女性であったりするが、いずれも主人公を「ひとかどの人物」として認めている。彼が住む貧乏長屋には、太めで世話好きの女性がいて、日常生活を助けたりする。

4)自分の運命を背負い、それが元の藩の藩政を巡る権力争いであったり、世継ぎ問題であったり、金を巡る争いであったりするが、彼が浪人とならなければならなかった理由がそこにあり、物語が展開していくにしたがって、その理由が明らかにされたり、自分の背負っている宿命がはっきりしたりしていく。

5)主人公を慕う美貌の女性がいる。主人公もその女性に思いを寄せるが、その関係を深めていくことがなかなか出来ない。しかし、最後には思いが通じていく。

6)辻斬りや誘拐、強盗といったいくつかの事件に関わりを持って、これを解決していくと共に、主人公が背負っている宿命を解明していくことが物語の大筋となっている。

 その他にも、いくつかの類型の特徴を挙げることが出来るが、そうした類型をもつ作品の出来不出来は、作家の表現力や時代や社会の理解力、あるいは人間に対する洞察力次第であろう。情景描写ひとつとってみても、その作家の力量が現れている。

 本書も、だいたいこうした類型の下で書かれており、「おいらか」と渾名されている滝沢俊作という主人公が、理由もわからないままに藩から追い出されて浪人となり、同じ長屋に住み用心棒などをして暮らしている浪人生活の長い荒垣助左衛門と共に、ふとしたことで関わった飾り職人の誘拐・監禁事件を解決したり(第一章「朝の光」)、辻斬り事件の犯人を捜して対決したり(第二章「隻眼の犬」)、子どもの誘拐事件(第三章「かどわかし」)、旗本のつまらない競争心から生まれた剣術試合(第四章「猫の匂いのする侍」)、そして、仇討ち事件(第五章「小侍の仇討ち」)などを解決しながら、理由もわからないままに元の藩から命を狙われ続けるという展開になっている。

 類型的にはそうであるが、しかし、本書は展開や描き方が比較的丁寧で、物語としての妙もあり、この類の作品としては面白く読める作品になっている。事柄に対する時には「おいらか」ぶりがあまり発揮されず、たとえば自分の命が狙われる時や剣での立ち会いでも、「まあ、斬られてもいいか」とはなかなか思えずに、真剣に立ち向かおうとするが、それはまあやむを得ないことだろう。「おいらか」といってもそんなときはそこまでいかないだろうから。

 娯楽時代小説としては、最近の流行を取り入れたものではあるとはいえ、面白いし、深淵な文学作品でもなければ、ましてや思想や信条を綴ったものでもないのだから、面白ければそれでいい。この作家の、このシリーズをはじめとして他の作品も読んでみたいと思っている。

0 件のコメント:

コメントを投稿