梅雨の合間の夏日となった。昨日の夕方から延々と眠り続け、夜中に目が覚めて、地方局の記者の視点で民放が作製した震災のドキュメンタリー番組を見たりしていた。頭を垂れて沈黙することしかできないことを、あえて伝えなければならないジレンマの中で記録として残された映像に記者の良心的な姿勢が感じられて、けっこう真剣に映像を見ていた。
それはともかく、土曜日に諸田玲子『幽恋舟』(2000年 新潮社)をけっこう気楽に読んでいたので、ここに記しておく。
これは、中年の寄合旗本で舟番所に勤める男が、自分の娘と同年齢で三十ほども歳の違う娘に惚れ、「その娘に降りかかった人殺しの嫌疑を晴らすために奔走する」(218ページ)物語で、その背景に、小藩のお家騒動があったり、人の狂気があったりして、中年男の恋に対する逡巡が混ざり、単なる恋愛時代小説物ではないが、中年男の一途な恋がいじらしくさえ感じられる仕上がりになっている。
時代の設定が、高野長英が捕らえられて自死した2年後、江戸幕府が崩壊していく前の1848年とされて、旧体制の終わりと新しい時代の幕開けが実感として感じられ始めた頃になっているのも盛り込まれているし、閑職の舟番方を勤めながら人生のあまり希望を持てなくなった中年男が、身分や地位や立場などを越えながら次第に恋にのめり込んでいく姿が描き出されている。ただ、この時代の設定がなくても、この作品は書けただろうとは思う。
主人公の杉崎兵五郎は、千七百石の旗本寄合(寄合というのは無役の旗本)で、かろうじて役を得て、舟番所の御番衆として努めているが、勤めは名ばかりで閑職に過ぎなかった。ところが、彼が勤番の時、一艘の幽霊船のような小舟が御番所を通り過ぎるのを目にする。その舟には目を見張るような美貌の少女とその付き人らしき少女が乗っていた。そして、その舟が再び通りかかった際に、舟番役としてその舟を追いかけるが、その舟に乗っていた美貌の少女が突然舟から身を投げてしまう。
杉崎兵五郎は彼女を助け出し、事情がありそうなので、自宅に連れ帰って養生させる。少女には狂気があるという。しかし、彼にはそうは思えない。彼は彼女に思いが傾いていく。そして、少女の狂気の基と抱えている事情を友人の同心の手を借りながら探り出し、そこに小藩のお家騒動が絡んでいたことを知っていくのである。少女もまた彼に思いを寄せていくようになる。
彼は、自分の思いを抑えて少女の縁談話を進めるが、縁談話を依頼した女性のもとで行儀見習いをすることになった時、その女性が殺され、少女が犯人とされてしまうのである。彼はその疑いを晴らすために奔走する。実は、そこには少女の付き人として奉公していた娘の悲惨な生い立ちと狂気がひそんでいたのである。
こうして事柄は解決してハッピーエンドで終わり、彼の息子に新時代の到来を予感しながら結末を迎えるのだが、時代小説のひとつの典型のようなものだろうと思う。人生を諦めかけねばならない中年になって、恋をし、それにのめり込むことができる男は幸せ者だが、信頼できる男として彼に思いを寄せる少女も、様々な自分の問題を抱えながらも一途に思っていくことによって、この恋は成り立っていき、それがハッピーエンドを生んでいくのだが、実際は、それが難しいところに男女の問題があるだろう。しかし、作品としては、場面場面で作者の力量がよく発揮されて、あっさりと読める作品になっている。だれしもこういう恋をしてみたいと思うような作品ではある。
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