接近している台風の影響で雨が降り続き、一転して肌寒い日となった。コーヒーが切れてしまったので近くのスーパーまで出かけたが、長袖を着用していても若干の寒ささえ感じる。
このところ仕事上の細々したことや他の原稿もあって、これを記すことができなかったが、片岡麻紗子『祥五郎想い文 孫帰る』(2007年 徳間文庫)を読んでいたので、記しておくことにした。
この作品には筆者の紹介のようなものが何も記されていなかったので、ちょっとネットで調べてみようと思ったら、作者本人の「まさの蔵」というブログがあることがわかり、これが作者の人柄がよくわかるブログで、人間味の豊かななかなかの人だと思って、すっと読んでしまった。
『祥五郎想い文 孫帰る』は、丹波志川藩(作者の創作だろう)の江戸留守居役添所(こういう役職があったのかどうか、わたしは無知)に勤める兄と共に国元を出て江戸で暮らす滝沢祥五郎と、彼が想いを寄せる「香江」を中心にしたそこはかとなく温かい物語で、本書では「源平店の殺し」、「孫帰る」、「稀代の錺(かざ)り師」、「待つ女」の四話が収められている。
本書は、このシリーズの一作目で、「香江」がなぜ江戸で暮らしているのか、滝沢祥五郎とどういう関係なのかなど、作品に出てくる人物たちの関係と顛末が描かれているが、こうあったら素敵だろうな、と思うような筆使いに作者の息吹のようなものを感じた。
「香江」は、長い間待って(12年も)、相愛の堀田左門とようやく結婚できたが、結婚してわずか三日後に、左門の元妻で少し精神に異常を来していた女性に襲われ、「香江」を助けようとした左門が殺されてしまう。左門を殺した元妻が藩の上役の娘であったこともあって、かつて左門の小者をしていた治平を頼って江戸に出てきたのである。治平は、武家奉公を辞めた後、江戸で商売をはじめ、絵双紙屋を営みながら家作ももっていた。左門の小者だったときに左門に助けられ、恩義を感じて、自分の家作に「香江」を住まわせて、なにかと助けているのである。
滝沢祥五郎は兄に主馬と共に「香江」の幼馴染みであり、また、夫だった堀田左門と剣術道場の同門として左門を尊敬していたが、左門の不幸な事件をきっかけにして、兄が江戸留守居役添所勤務を命じられると同時に江戸に出てきて、なにかと「香江」の相談相手になっているのである。祥五郎はずっと「香江」に想いを寄せていたが、「香江」が尊敬していた左門と結婚し、二人の幸せを願っていたところに事件が起こったので、自分の想いを殺しながら、江戸で独りで暮らす「香江」の幸せを願っているのである。
物語は、「香江」が治平の店を訪ねた帰りにひとりの若い娘が堀の縁で膝を抱えて泣いているのに気づき、仔細を聞いて自分の家に連れて帰って泊めたところから始まっていく。膝を抱えて泣いていた娘は「おあき」といい、母親が男を作って逃げたために、水茶屋に勤めながら義父と暮らしていて、その義父が酒代のために売られるということになり、義父のもとから逃げ出してきていたのである。
ところが、翌日、「香江」の所を訪れた祥五郎がその話を聞いて、娘と一緒に義父の処へ行ってみると、その義父が何者かに殺されていたのである。そして、「おあき」のために義父殺しの真相を明らかにしようと祥五郎が奔走していくことになる。
その間に、祥五郎の働きで、「おあき」が想いを寄せる水茶屋の客が、実は「おあき」を騙して売り飛ばそうとしていることがわかったりするし、「おあき」の義父を殺したのが「おあき」の母親の新しい男であったりして、「おあき」は絶望のどん底に落とし込まれるが、「香江」が「おあき」を引き取って一緒に暮らすことにするのである。
第二話「孫帰る」は、「香江」の家に出入りする花売りの老婆が、育てて奉公に出した孫が帰ってくるのを心待ちにしていたところ、その孫が帰ってきた顛末が物語られる。ようやく老婆のもとに帰って来た孫は、やがて本性を現してひどい生態を曝すようになる。だが、その孫は実の孫ではなく、孫が奉公先でなくなったことをいいことに、老婆が貯めているという金目当ての男に過ぎなかった。老婆は孫の死を聞いて愕然とするが、やがて三歳で上方に里子に出したもうひとりの孫が老婆を迎えにやってくるというところで、ハッピーエンドとなる。
第三話「稀代の錺(かざ)り師」は、流行の高額の簪を作る飾り職人からあずかった簪を失った小間物問屋の手代の少年と雨宿りで一緒になったことから、失った簪の行くへを探る顛末が物語られ、小間物問屋の娘を騙していた性悪男の姿が浮かび上がったり、小間物問屋の主人と娘の関係、あるいは高価で売れるために傲慢になっていた飾り職人の姿が描かれたりして、事件の山と谷が織りなされている。
第四話「待つ女」は、「香江」が仕立てを依頼した女性が、言い交わした男を十年も待っていることがわかり、その男の行くへを祥五郎が探していくという話である。言い交わした男は、実は、仕立てをする女性の金が目当てで、金をだまし取って惚れた遊女を身請けし、材木問屋の主人におさまっていたことがわかり、しかも自分の過去を知る者を殺して安泰をはかっていくような男だった。祥五郎は、その女性のためにきっぱりと話をつけにいくのである。
こういう物語の中で、祥五郎ぼ「香江」に対する切ない想いが記され、また、「香江」と暮らすことになった「おあき」の成長などが記されていく。
読みながら、たとえば、自分が行くところがあり、その行った先でも快く受け入れてくれるような場所をもつ人間というのは、たとえ自分の想いが届かないにしろ、幸せに違いないなどと、たわいもないことを思ったりした。
書き下ろしのためか、もう少し文章にテンポがあるといいと思ったりしたが、作者の優しさがにじみ出るような作品で、物語の構成も面白いと思った。他の作品もぜひ読んでみたい。
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