2014年1月6日月曜日

野口卓『獺祭(だつさい) 軍鶏侍』(2)

 昨日は「寒の入り」らしくひどく寒い日曜日になり、今日も快晴ではあるが、気温の低い日になっている。周囲に風邪をひかれている方も多く、今年の風邪はしつこいようで、体力も気力も奪われてしまうから、如何ともしがたいところがある。今年のお正月は2日の日だけ何もせずに休んで、後は仕事三昧という日々だった。しかし、『猫侍』というテレビドラマを熊本のSさんから教えていただき、これが抱腹絶倒の面白いドラマで、YouTubeで見入っていた。

 さて、野口卓『獺祭(だつさい) 軍鶏侍』の第三話「岐路」は、岩倉源太夫の剣術道場の若い二人の門弟の恋とそれに伴って起こるそれぞれの人生の岐路を描いた作品で、これも構成といい展開といい力作で、冒頭で源太夫がかつての源太夫の剣術の師であった日向主水が語った「一点を見ながら全体を見、全体を見ながら一点を見る」という剣の極意のような言葉を思い起こす場面が描かれ、その視点の中で若い二人の人生の岐路が描かれているのである。人生の岐路にある者は、自分が直面している物事や自分の岐路しか見えない。しかし、そこで全体を見る目をもつことができる時、人はその岐路の選択をあまり間違えないで行うことができる。そうした人生の綾がこの作品で織りなされていく。

 源太夫は。道場で精彩を欠いている田貝忠吾のことが気になった。田貝忠吾は、園瀬藩の家老格の家の息子であるが、父親の聡明で武術に優れた姿とは異なり、蒲柳の質で弱々しく見える22歳の若者だった。母親が病に伏せって、遠縁の綾という娘がその母親の世話をしているという。忠吾はその綾に思いを寄せているようだし、綾も彼を慕っているが、忠吾が幼い時に父親が酒席で友人の娘をくれとの申し出をしており、公認の許嫁が決まっていたのである。許嫁の喜美恵も綾も、共に美貌であり、気立てもよく、礼儀作法から躾までできた申し分のない素晴らしい娘である。父親は喜美恵を勧め、母親は綾を勧めていた。

 しかし実は、彼は喜美恵でも綾でもなく、年上の女中のお吉に慰めを見出していたのでる。だが、お吉とは身分の違いもあり、家老格の家ではゆるされるはずもなかった。切羽詰まったように感じた彼は、ついに泥酔したり役目をおろそかにしたりして、遊郭に借金まで作ってしまった。怒った父親は城には病気願いを出し、座敷牢に忠吾を閉じ込めた。だが、忠吾はお吉の手引きで座敷牢を逃げ出し、ついに出奔したのである。

 もう一人の弟子の狭間銕之丞は、源太夫の妻の「みつ」の前夫で源太夫が藩命によって斬らねばならなかった立川彦蔵の妻の弟である。立川彦蔵は妻の不貞の現場を押さえて、妻を男と共に斬り、出奔したために源太夫が藩命によって止むなく彼を討ったのであり、銕之丞は源太夫と共に彦蔵の討手に命じられてその場に居合わせた青年であった。

 源太夫は彦蔵を懇ろに葬り、その墓参を欠かすことはなかったが、同行した銕之丞がその寺で幼いころによく知っていた民恵と再会し、二人が恋に陥るのである。民恵は、父親は銕之丞の父親と同じく槍組の武士の娘であったが、父母が早くに亡くなったために、比較的裕福な土地持ちの百姓である作蔵に引き取られて育った娘であった。昔、民恵の父親が大雨で増水した川で溺れた少年を助け、その少年が作蔵で、作蔵は民恵の父親に命の恩義を感じて、身寄りがなくなった10歳の民恵を引き取ったのである。それから6年の死月が流れていた。民恵は義母の手伝いもよくし、三人の義理の弟妹の面倒もよく見、美しく育った娘だった。そして、いくつもの縁談があったが、弟や妹が大きくなるまでは嫁に行かぬと断っていたのである。

 銕之丞と民恵は再開し、お互いに思いを寄せるようになったが、民恵は義理の親への恩を返すのが第一だ、そして、義父の意に沿った人物と結婚すると語る。銕之丞はそこでうじうじと悩むのである。銕之丞の思いに気がついた源太夫は、自分の気持ちを素直に伝えよ、悔いが残らないようにせよ、と銕之丞に語る。

 そうしているうちに民恵の義父である作蔵が源太夫を訪ねてきて、最近の民恵の様子から民恵の気持ちを察し、「自分が望むのは民恵の幸せである」と語り、相手の銕之丞も申し分ない人物であるから、二人を結婚させたいと言い出すのである。自分が気に入った人物は銕之丞だと銕之丞に告げる。こうして、銕除丞と民恵は結ばれることとなり、銕之丞は一つの変貌を遂げて成長していくのである。

 第四話「青田風」は、源太夫が編み出した秘剣「蹴殺し」の詳細が明らかになる展開であると同時に、主人公の岩倉源太夫の人物像がさらに大きく描かれる作品になっている。

 かつて江戸で源太夫の友人で秘剣「蹴殺し」を編み出した際に手伝ってくれた秋山精十郎を、源太夫は、彼が園瀬藩の政争の中で刺客として雇われたために斬らなければならなかった。だが、その秋山精十郎には娘がひとり生まれていた。彼は旗本の三男であり、源太夫の軍鶏の師匠でもあった精十郎の父親の秋山勢右衛門が亡くなった後で、秋山家から邪険にされてやくざの出入りに加担したりしたため江戸におれなくなり、刺客をしていたために精十郎は知らなかったが、小唄の師匠をしていた女性との間に一子の園が生まれていたのである。その後、園の母親は湯島の勝五郎という顔役の囲われ者となるが、勝五郎は剛毅な性格で、利発な園を気に入り、園もまた勝五郎を自分の父親だと思って育った。彼女は剣を習い、美人で聡明な女剣士に育っていた。

 他方、源太夫の軍鶏の師であり精十郎の父であった秋山勢右衛門が亡くなり、その後を継いだ兄も同じ勢右衛門を名乗っていたが、女中腹であった精十郎を嫌い、これを徹底的に無視して追い出していた業腹な人間で、精十郎と源太夫の剣の対決が江戸で噂されるようになると、田舎侍などに噂をたてられるのは我慢ができないと、園に父親の仇が見つかったからこれを討つようにとけしかけるのである。

 園は勢右衛門からそれを聞き、父を討った源太夫を訪ねて、勝五郎と共に園瀬藩へ向かう。だが、実際に源太夫に会ってみて、そのいきさつを源太夫から聞き、源太夫と父との間にあった信頼と友情を感じて、彼の人柄に好感を寄せるようになる。

 しかし、当てが外れた秋山勢右衛門は、新たな刺客を源太夫に送り、これと対決させていくのである。勢右衛門はそこに自分の名誉がかかっていると思い込むほどの愚かな人物に過ぎなかったのである。

 源太夫は刺客と対決し、「蹴殺し」を使って相手を討つ。そして、それを自分の門弟に見せ、秘剣を秘剣でなくしていこうとするのである。すべてが終わった後で、源太夫の妻のみつから園と勝五郎に便りが届く。「園瀬の里は平穏でございます」と。

 この作品で新たな人物が登場する。父親の勢右衛門とは全く異なる業腹で自己中心的な秋山勢右衛門という人物と、精十郎の子の園、そして義父で気風の良い勝五郎である。これらの人物によって、おそらくまた話が膨らんでいくだろう。描写力と構成が非常に優れていて、人物が浮かび上がって来るいい作品であると改めて思っている。

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