2010年9月16日木曜日

宇江佐真理『ひとつ灯せ』

 高気圧の狭間に低気圧が発生し、北からの寒気の流れ込みもあって、昨日から秋風が吹き、富士山の裾野の御殿場高原は肌寒いほどだったし、ここでも、朝から雨が降って先日までの暑さが嘘のように去って、今日は白い秋の始まりを明瞭に感じる日になった。

 御殿場では、ポスト・モダンの諸現象について思いを寄せていたりした。友人はポスト・モダンの時代に入っているといい、わたしは、その傾向のいくつかは見られるが、まだポストではなく、モダンの終わり近くにいると考え、あまり時代区分に意味はないにしても、時代と状況の把握の仕方が面白いと思っていた。

 それはともかく、ずいぶん以前に読んだものではあるが、御殿場にもっていた書物の一冊である宇江佐真理『ひとつ灯せ 大江戸怪奇譚』(2006年 徳間書店)を再読した。読み始めて、ああ、これは以前に読んだと気がついたが、再読してもそれなりに楽しめるものであったし、以前に読んだ時には、これを記していなかったので、改めて記すことにしたのである。

 宇江佐真理の書物をもっていったのは、彼女の『雷桜』が映画化されて、近々公開されるとのニュースを聞いたからで、『雷桜』は、野性的な自然環境の中で育った少女と武家社会でがんじがらめになった武士との恋物語ではあるが、「自分は自分以外の何ものでもない」という近代的自我と実存意識が置かれている閉塞的な環境から人間を救い出していく物語でもある。

 実存的自己意識は救済の論理でもある。そして、愛はいつでも実存的であり、実存的であることによって、はじめて人間の自己を回復させていくのだから、江戸時代の初期頃にこうした実存的自我意識を人間が持つことができたのかどうかはともかくとして、それを悲恋物語の中で描きだした『雷桜』は感動的な物語である。宇江佐真理の作品は、そうした自己自身であることを自覚していく人間の物語が多い。

 再び、それはともかくとして、『ひとつ灯せ』は、老いと死を意識し始めた料理屋の隠居「平野屋伊兵衛」が、死の病から回復した後に、友人の勧めでこの世の不思議を語り合う会に出るようになり、その会に集う人々やその会での話しを元にした出来事に出会ながら、死んでいくことの恐ろしさや意味、それを克服していく姿を描いたものである。

 巻末の参考文献に木原浩勝・中山市朗『新耳袋-現代百物語-第六夜』と三田村鳶魚『江戸雑録』が挙げられているので、そうしたところから取られた怪奇譚をもとにして、「死」を巡る人の思いが、柔らかな展開で、しかも、無理なく死を悟っていく姿として描き出されていく。

 ただ、宇江佐真理の作品にしては、登場人物たちの個性が薄いような気がするし、江戸時代の人々が狐憑きや悪霊などを想像以上に信じる信心深い感性を持っていたとはいえ、もう少し咀嚼されても良かったのではないかと思ったりもした。しかし、彼女の文体は、わたしは本当に好きで、さらりとした文章ににこめられている情感の深さに、いつもながら感服する。

 外壁補修工事のために窓も何もかもが覆われているためかも知れないし、この1~2週間は出かけることが多かったので、今日は、いささか疲労感を感じている。傘をさして図書館にでも出かけよう。

2010年9月14日火曜日

宮部みゆき『理由』

 今年は9月になっても暑さが和らぐことはなかったが、それでも最近は少しずつ気温が下がりはじめ、昨夜は虫の声が聞こえたりして、秋の始まりを感じるようになった。

 このところいくつかの仕事や何やかにやで小説の読書もあまり進まず、これを記す時間もとれなかったし、読み始めた宮部みゆき『理由』(2002年 朝日新聞社 文庫版)も、文庫版で619ページの長編だし、ひとつひとつの展開に凝ったものがあって、読了するのに思ったよりも時間がかかってしまった。

 宮部みゆき『理由』は歴史時代小説ではないが、彼女が1999年に直木賞を受賞したこの作品を読んでみようと思って読み始めた次第である。

 『理由』は、荒川の高級高層マンションで起こった一家四人の殺人事件の顛末を核にして、その事件に関わる人々の姿を丹念に描いたものである。その高級高層マンションの一室は、実は、持ち主がローンを払えずに競売に出されたもので、殺された四人は、当初は家族と見なされていたが、実は、競売に出された物件に巧妙に住み着くことによって、高額の立ち退き料や買い主からそれを安く買いたたくために不動産屋がしくんだ「占有屋」と呼ばれる疑似家族に過ぎなかった。

 ローンを払えずに購入したマンションを手放さなければならなかった家族、競売によってそれを買い取り、「占有屋」に悩まされて、事件に関係してしまい、犯人と目されて逃亡した買い主とその家族、殺された四人のそれぞれの人生や背景、その家族やそれぞれに関わった人々、事件の目撃者や事件の鍵を握る逃亡している買い主に警察への出頭を促した労働者宿の家族など、そして事件の真相、一つの事件に実に多くの背景があり、それがひとつひとつ丹念に取り上げられていく。

 作中で、殺された四人のうちの一人をマンションから突き落としてしまった姉を持つ聡明な少年が次のように語っていることが、本書の全体の姿勢をよく表しているように思われる。

 「人を人として存在させているのは『過去』なのだと、康隆は気づいた。この『過去』は経験や生活歴なんて表層的なものじゃない。『血』の流れだ。あなたはどこで生まれ誰に育てられたのか。誰と一緒に育ったのか。それが過去であり、それが人間を二次元から三次元にする。そこで初めて『存在』するのだ」(文庫版 520-521ページ)

 だから、宮部みゆきは作品の中でそれぞれの人物の「三次元」を描き、それによって、描き出されるすべての人間が、その過去や背景を背負った人間として生きて動いていく。それゆえにまた、この作品が、疑似家族や家族の危機や崩壊、そして再構成を描き出す物語ともなっている。『理由』は、その家族の崩壊を経験しなければならなかった犯人が引き起こした事件を描いた、いわば「家族」の物語なのである。夫婦、親子、兄弟、そして世間の姿が浮き彫りにされていく。

 家族は、人間にとっては必然的な共同体であるが、面倒でやりきれない部分ももつ。それを自由になるために捨ててしまう人間と、家族を形成しようとする人間、それがここで「マンションの一室-家」という共同の場を巡って、それぞれの関係性の中で描かれているのである。

 物語は、事件に関係した人々を第三者がインタビューするという形式で進められているが、それだけに事件の核心から同心円的に広がった関係者のそれぞれの姿が、より鮮明に浮かび上がるように構成されている。

 この作品を読了してはじめに感じたことは、これが、人間のアイデンティティーの喪失とも繋がる現代の家族の問題を正面から丹念に取り上げた作品であることと、宮部みゆきという優れた作家が人間を「三次元的」に理解するが故に、また、そこに立脚するが故に、彼女の作品で描かれる人間が生きているのだということ、そして、物語を展開する構想力の豊かさである。

 彼女は本質的に長編作家であるだろう。しかも、切れの良い長編作家である。それゆえにまた、現代社会が抱える問題を大上段に振りかぶることなく人間の物語として描くことができるのだろう。これまで読んだ彼女の作品の中で、個人的には『孤宿の人』が一番良いと思っているが、『理由』も直木賞を受賞しただけの作品であることは間違いない。

 今日はこれから一泊の予定で御殿場まで出かけ、友人が出した『神の仮面-ルターと現代』(2009年 有限会社リトン)について著者を交えて話し合うことになっている。手前味噌かも知れないが、これはM.ルターの神学の優れた分析である。

2010年9月9日木曜日

山本一力『赤絵の桜 損料屋喜八郎始末控え』

 昨日襲来した台風の影響で、暑さが一掃され、今日は曇った涼しい日となっている。6日(月)から8日(水)まで、研修で沖縄に行き、米軍の基地問題で揺れる辺野古や普天間、平和祈念公園などを訪ねてきた。「美ら海水族館」で偶然に友人と会うこともあり、気の合う仲間同士だったので、日差しの強さと暑さにまいりながらも、なかなかの小旅行となった。沖縄の歴史と平和・基地問題はまだ未整理で、これから購入してきた沖縄戦の証言集などを読んで検討しようと思っている。

 沖縄に出かける前に、山本一力『赤絵の桜 損料屋喜八郎始末控え』(2005年 文藝春秋社)を読んだ。これは、巻末の広告に『損料屋喜八郎始末控え』(2000年 文藝春秋社)というのがあるので、その続編であり、この類の書物には珍しく前作を読まないと登場人物の詳細がよくわからないが、主人公の喜八郎というのは、元同心で、上司の不始末の責任を取って同心を辞め、「損料屋」という、今で言えばレンタルショップのようなものを経営しながら、札差などの江戸の金融業らの裏を張ってコンサルタントとしての金融に絡む事件の探索などをしていく顛末を描いたものである。

 江戸の金融業に絡む裏も表も、それぞれの札差の人物像を中心にして、簡明な淡々とした文章で描き出されていくが、事件の顛末が淡々と述べられる分、それぞれの人物像が、前回読んだ『だいこん』のようには掘り下げられていかないような気がした。最初に出された『損料屋喜八郎始末控え』を先に読むと、また違った印象をもつのかもしれないが。

 事件は、1789年(寛政元年)に出された棄損令(旗本や御家人などの借金を放棄させる令)によってもたらされた江戸経済の混乱と、それによる札差たちの没落、庶民の暮らしの圧迫などを背景として語られるもので、いかに思いつきで無策な政治が、末端にいくほど人々を苦しめたかが喜八郎というきっぷも腕も立つ主人公の活躍によって描き出されている。

 江戸時代の経済状況については佐藤雅美が詳しく文献に当たっているが、山本一力は、彼らしく若干人情がらみで本書を展開している。どこか「男気」と言われるようなものの展開も、喜八郎の恋も描き出されている。しかし、何となく型どおりという気もしないではない。もちろん、多様な作品世界を生み出していると言えるだろうが。

 ただ、その前に読んだ宮部みゆきの『孤宿の人』があまりにも感銘深かったので、わたし自身の内的状況が「ものたりなさ」を感じただけかも知れない。この作品だけでは何とも言えないので、彼の作品では直木賞を受賞している『あかね空』を読んで、彼がどういう視点で人間を描いているのかをもう少し見て見たい気がする。

 三日も留守をすると、仕事もしなければならないことも、何から手をつけるべきかと考えるほど溜まる。あちらこちらへの連絡事項も処理する必要があるが、とりあえずは、洗濯と買い物いう日常生活のことからだろう。

2010年9月4日土曜日

宮部みゆき『孤宿の人(上・下)』(2)

 今日もうだるような暑さが続いている。汗を流すのは嫌いではないが、早朝から熱い日差しが注ぐので、こうも長く続くとうんざりしてしまう。あまり意欲もわかないのだが、今朝は立て続けにコーヒーを2杯飲んで、目を覚まし、たまっている仕事を片付け始めた。

 さて、宮部みゆき『孤宿の人』の続きであるが、あまり余計なことは書かずに、「ほう」の運命を辿ることにしよう。

 「ほう」は、鬼だ、悪霊だと恐れられている「加賀様」のところに下働きの下女として行くことになったが、その時の様子の一つが次のように書かれている。

 「金居さま(井上家の用人)は、ただほうをこざっぱりと着替えさせるためだけに待っておられたのだった。ついでに、ほうの手荷物を検めて、着古したものをすべて捨て、新しいのを包んでくださった。・・・
 新しい着物は嬉しいものだけれど、捨てられてしまった古着は、琴江さまがくださったものだから、惜しかった。拾って持って行きたかったけれど、どこに捨てられたのかも知らないし、そんなことが言い出せる様子でもなかった」(文庫版上巻 338ページ)

 着古して捨てられてしまうようなものだが、自分を優しく包んでくれた琴江さまがくださったものだから、それを惜しむ。そういう細かな表現で「ほう」というこのいたいけで運命に翻弄されながらも律儀で健気に一所懸命生きている少女の姿が浮かび上がって来る。

 「涸滝へ行くのは嫌だった。
  それでも、おあんさん(宇佐)は追い払われてしまったし、泣いていたし、しずさん(井上家の女中)は怒っていたし、舷州先生はほうが奉公をすることを望んでおられるのだし、これは断りようがないことだとおあんさんが言っていたし、だからほうは行くのだ。」(文庫版上巻 349ページ)

 「ほう」の行く末を案じる宇佐や周囲の人々の思いを感じつつ、「ほう」はひたすら自分の運命の中を歩んでいく。恐れられていた涸滝の牢屋敷で、小さな小屋をあてがわれて、「ほう」は懸命に下女として働く。牢屋敷は厳しい監視の下に置かれている。だが、その中でも「ほう」に親切にしてくれる唯一の若い牢役人の「石野さま」に接し、その石野さまが人目を盗んで「ほう」に饅頭を食べさせる場面がある。

 「ほうは石野さまから離れすぎず、近づきすぎないところを選んで、膝をそろえて地べたに座った。紙包みを膝に乗せ、両手で饅頭を持って口に運んだ。久しぶりに食べる甘いものは、とろけるほどに美味しい。」(文庫版上巻364ページ)

 地べたに膝をそろえて座り、両手で饅頭をもって口にして、久しぶりに食べる甘いものを美味しいと思う。有難いと思う。こういうところに、この少女が身につけてきたもののすべてがよく表されている。こういう場面でも、その姿を思い浮かべるだけで「ほう」という一人の少女が歩んできた姿があって、感涙を禁じ得ない。

 そして、涸滝の牢屋敷の小さな小屋で「ほう」は下女として日々を過ごしていく。

 「その夜は夢を見た。夢の中のほうは井上家にいて、琴江さまもいらした。啓一郎先生も舷州先生も出てきた。どうしてかわからないけれどおあんさんも井上のお家にいて、ほうと一緒に働いている。
 二人はお揃いの着物を着ていた。
 ―――おあんさん、もうどこにも行かないでいいですか。ずっと一緒におあんさんと暮らせますか。
 ―――うん、ずっと一緒だよ。
 ああよかった、嬉しい。そこで目が覚めた。
 月のない夜だった。星明かりがうっすらと、小屋の羽目板の隙間から忍び込む」(文庫版下巻 58-59ページ)。

 生まれて初めて自分を優しく愛おしんでくれた琴江さまが亡くなり、しばらくの間だったが、おあんさん(宇佐)と暮らした日々が、「ほう」にとって唯一の拠り所であり救いだった。「おあんさん、もうどこにも行かなくていいですか。ずっと一緒におあんさんと暮らせますか」その「ほう」のささやかな心底の願いは、しかし、決してかなうことがなかった。「ほう」はひとりぼっちで、小屋の板目から差し込む星明かりを見る。

 そして、その夜、屋根の上にうごめく「加賀様」に送られてきた刺客を見、怖くなって床下に逃げ込んで、行ってはならないといわれていた奥座敷の「加賀さま」の部屋に出てしまう。そのため、こうしたごたごたを隠蔽しようとする藩の要職によって亡き者として殺されようとする。藩の中枢に関係していた井上家の舷州先生が必死に、「この先、ほうが何の障りになるとおっしゃる?あれは夢だ、もう忘れろ、二度と口にするなと言い聞かせれば、この子はそれに従いましょう」と言って、「ほう」をかばおうとするが、「あてにはできぬ。この女中の頭のなかには、藁屑が詰まっておるようなものではないか。いつ誰に、どんな不用意なことを漏らすかわかったものではない」と涸滝の屋敷の責任を負う牢番頭は言う。「ほう」の命は風前の灯火としてさらされてしまうのである。

 だが、刺客騒動の中で直接「ほう」に出会った「加賀様」がもう一度「ほうに会いたい」と言い出されたことで救われていく。無知ではあるが、かけがえのない「ほう」の無心さが、そのひたむきな健気さが「ほう」を救いへと導き、「ほう」は再び下女として奉公するかたわら、今度は「加賀様」から手習いや算盤を習うようになっていくのである。

 やがて、丸海の人々から鬼だ、悪霊だと恐れられた「加賀様」は「ほう」との触れ合いをしていく中で、「ほう」に、お前の名は「方」だ、と教えられる。それは屋敷で「ほう」に親切にしてくれた石野さまが屋敷で起こった不祥事の責任を取って詰め腹を切らされたことを知り、「ほう」が涙をぽろぽろ流して悲しみに沈んだ時のことだった。「加賀様」は「ほう」に「泣くな。泣くくらいなら。朝晩、石野に親切にしてもらったことを思い出し、感謝することだ」と言って、「今日は、お前の名を教える」と切り出されてのことだった。

 この「加賀様」の言葉も、後に、自分に優しく接してくれた大切な人のすべてを失った「ほう」の生き方にとって重要なものとなってくる。「ほう」は恩を深く感謝する律儀な女の子なのである。その「ほう」に「加賀様」は一つの文字を教える。

 「この字は“ほう”と読む。方向、方角を意味する文字だ。おまえは阿呆のほうではなく、今日からは方角のほうだ」
 「どうしてで、ございますか」
「これまでのおまえは、己が何処にいるのか、何処へ行こうとしているのか、何処へ行くべきなのか、まったく知らぬ者であった。なるほどそれは阿呆のほうだ。が、今のおまえは、己が何処にいるか、何処へ行くのか知っている。だから、この“方”の字を当てる」(文庫版下巻 303ページ)

 この名前の意味はやがてわかる。こうして、「ほう」は、人々から悪鬼のようにして恐れられる「加賀様」から、人としての教育を受けていく。「ほう」は、どこまでも素直でまっすぐで、他の人がどんなに言おうとも、自分の目で見、自分の耳で聞き、自分で触れたことを心にとめ、「加賀様」からまっすぐに教えを受けていく。

 だが、藩内の町の方はそうはいかない。山手の涸滝に悪鬼とも悪霊とも着かぬ存在があり、不吉な噂が横行しているかのように祟りとも思える夏の流行病が蔓延し、雷による大被害が起こり、不穏な空気に満ちて、例年にない雷のために漁に出られずすさんだ漁師たちと町方のあいだに収拾の着かないような暴動が起こり、火事が起こり、それらが全部「加賀様」のせいだという風評に満ちていくのである。藩は、やっかい払いも含めて、その悪の根源である「加賀様」と、もう一つの悪である雷害をもたらした雷獣とが闘い、「加賀様」が自らの身を挺して雷獣をやっつけ、それによって「加賀様」が神になったのだということで幕府への言い訳も立つことになるように画策する。

 「加賀様」は、それらを全部承知の上で、自ら死地に立つが、事が起こったときには「ほう」に逃げるように命じるのである。そして、人々に禍をもたらした雷の最後ともいうべき夏の終わりを告げる大雷が屋敷に落ち、屋敷は火に包まれる。藩の画策で雷が落ちるように仕掛けられていたのである。

 「ほう」は、「加賀様」が言われたように屋敷を逃げる。大好きなおあんさんの元へ。だが、「ほう」が逃げのびたとき、事柄の真相を知っていった宇佐は、暴動と火事の後で、人助けに森に出かけた時に起こった雷で倒れた木の下敷きになって死んでしまう。

 「ほう」は死を迎えている宇佐の枕辺に座って、宇佐の手を握り、しきりに「帰ってきました、おあんさん」と繰り返す。「おあんさん、ほうは加賀様に字を教わりました。・・・ほうがわからないことを、加賀様は何でも教えてくださいました。あなんさん、加賀様はお優しい方でした。おあんさんと同じくらい、ほうに優しくしてくださいました。涸滝は怖いところではありませんでした。加賀様は怖い鬼ではありませんでした。ほうは、加賀様とお別れするのが淋しかった。でもこうしておあんさんのところに帰ってこられたから、もう淋しいなんて申しません。おあんさん、またいっしょに暮らせます」(文庫版下巻 499-500ページ)と語りかけるのである。

 宇佐はその「ほう」の語りかけの中で息を引き取る。そして、自分には優しかった加賀様も死んだと聞いて、「ほう」は廊下の片隅で、手を顔に当て、一人で泣くのである。「ほう」の廻りで、本当に心優しく親切にしてくれた人のすべてを「ほう」は失う。

 行き場のない「ほう」は、舷州先生や啓一郎先生の配慮で、井上家で元のように奉公を始める。そしてしばらくして、加賀様が亡くなる前に、「ほう」の名前としてしたためられたお手本の一枚の紙をもらう。そこには「宝」という字が書かれていた。

 「何という字かわからぬか。これはなーーー」
たからという字だよ。
 「たからーーー」
 「そうだ。この世の大切なもの、尊いものを表す言葉だ。この字ひとつのなかに、そのすべてが込められている」
 ほうはお手本をそっと手に取り、顔を近づけてしっかりと見つめた。
 「そしてこの字は、ほうとも読む」
 「ほう」
 「そうだ。だからおまえの名だ。加賀殿に賜った、おまえの名前だ」
この世の大切なもの。尊いもの。
 「それは、おまえの命が宝だということだ。おまえはよくお仕えした。よく奉公をした。加賀殿はおまえにその名をくださり、おまえを褒めてくださったのだ」
 今日からおまえは、宝のほうだ。(文庫版下巻 506ページ)

 運命に翻弄されながらも、健気に生きてきた「ほう」は、「阿呆」の「呆」から「方角」の「方」となり、そして「宝」となったのである。「ほう」は大好きだったおあんさんが眠る墓を訪れ、加賀様が祀られている杜に、「おはようございます」と挨拶をし、四国の丸海で尊い「宝」のように生きていく。丸海の海は穏やかに憩っている。

 もちろん、これだけの長編には当然のことながら、「ほう」に「おあんさん」と慕われるもうひとりの主人公である宇佐の姿は言うまでもなく、藩の中枢を知る井上舷州と啓一郎の姿、宇佐と共に事件の探索をして死を迎える同心や、屋敷不備の責任を取って切腹させられる「ほう」に親切な牢番士の「石野さま」、宇佐の親代わりのようにして面倒を見てきた引手の親分など実に多くの登場人物たちの姿が丹念に描かれ、まるで、丸海藩という藩にいて、それらの人々が生き生きと動いているように描き出されている。

 宮部みゆきというひとりの作家の優れた構想力と文章を含めた才能がいかんなく発揮された傑作で、本当に深い感動を呼び起こしてくれる作品であった。読むことができたことをとても嬉しく思わせられた書物で、この暑さの続く夏の一番の収穫だった。いまでも「ほう」の姿を思い浮かべると涙がこぼれてくる。そして、あれこれと五月蠅い注文をつけたがる人々の中で、独り、この作品の主人公「ほう」の姿を思い浮かべている。

2010年9月3日金曜日

宮部みゆき『孤宿の人(上・下)』(1)

 出先で本屋を覗き、前から読みたいと思っていた宮部みゆき『孤宿の人(上・下)』(2005年 新人物往来社)の文庫版(2009年 新潮社)があったので、購入し、その紡がれている天才的とも言えるような物語の展開と、類い稀な描写で描き出される情景、生き生きと動いていく登場人物たちの姿に深く感動し、心を揺さぶられながら読み終えた。この作品は、この夏に出会った書物の中でも最高傑作の一つに数えても良いとさえ思っている。

 物語は、「阿呆(あほう)」の「ほう」と名づけられた小さないたいけな少女が、下女として働いている四国の丸海藩の「匙(さじ)と呼ばれる医家(匙加減をするところからだろう)の井上家の井戸で顔を洗うところから始まる。文庫版で上下巻合わせて1002ページにも及ぶ長編の書き出しが、こういう何でもないような日常の描写から始まるのも絶妙で、その後で、この「ほう」がなぜ下女働きをしているのかが語り出されていく。

 「ほう」は、江戸の建具商の若旦那が女中に手をつけて、じめじめした女中部屋で生まれた子である。その建具商が「ほう」を若旦那の子として認めるはずもなく、初めから育たずに死んでしまうことを望まれた子だった。「ほう」の母親が、「ほう」が生まれて間もなく死んでしまったので、なおさら余計者であり、「阿呆」の「ほう」と名づけられた後に、八つになるまで縁戚の家に預けられてそこで育った。

 「ほう」を預かった金貸しの老夫婦は、ほとんど「ほう」の世話をすることもなく、食事も気まぐれにしか与えないし、躾らしい躾もせず、放っておいても育つと考えたのか、犬の子のように扱い、大きくなれば「びしびし鍛えて顎で使えばいい」と思っていたようである。そのため、「ほう」は「ひっきりなしに病にかかったし、ひょろひょろに痩せて、三つぐらいになるまで一人で立つこともできず、言葉もろくにしゃべれなかった」(文庫版上巻 10ページ)それでも「ほう」は生き延びたのである。

 「ほう」が九歳になった時、建具商が次々と禍に襲われ、その厄払いということで江戸から遙かに遠い四国の金比羅参りに出されることになり、連れの女中から悪意のある意地悪をされながらも、ようやく四国の丸海の宿に着いた。しかし、連れの女中は旅銀をもって逃げ、幼い「ほう」は置き去りにされ、しばらくは「お救い小屋」のようなお寺ですごしたのである。

 死んだ方がよいと望まれ、余計者として扱われ、虐げられて野良犬のように育った「ほう」は、読み書きもできず、数も数えられず、言葉もうまくしゃべれない孤児として、生まれながらに世間の荒波にもまれ続けたのである。ただ、大人の思惑と運命に翻弄されながらも、幼い「ほう」の心はまっすぐで、健気で、泣き言も言わずに忍耐強い。まことにその姿は胸を打つ。

 そして、この丸海の地で、藩医である「匙」の家の一つである井上家に奉公人として養ってもらうことになったのである。ちなみに、この「丸海藩」というのは、作者自身が「あとがき」で触れているように四国の讃岐丸亀藩からとられたものではあるが、その藩の様子や光景なども含めて、作者の卓越した想像力が生み出したものにほかならない。

 「ほう」は、この井上家で生まれて初めて人間らしい扱いを受ける。特に井上家の娘琴江は、心優しく暖かく、「ほう」にとっては、いろいろなことを教えてくれる先生であるばかりか、僅か九歳に過ぎないのに、たった一人で見知らぬ土地に取り残され、これまでさんざん苦労をしなければならなかった「ほう」を優しく包み込むような人であった。

 「ほう、見てごらんなさい。風はこんなに静かなのに、海には白い小さな波が、たくさん立ち騒いでいるでしょう。ああいうとき、この土地の者は“うさぎが飛んでいる”というのよ。うさぎが飛ぶと、今はお天気がどんなに晴れていても、半日と経たないうちに大風が吹いて雨がくるものなの。・・・遠目で見ると、小さくて白くてきれいなうさぎだけれど、それは、海と空が荒れる前触れなのですよ」(文庫版上巻8ページ)と語りかける言葉には、慈愛が満ちている。

 こういう柔らかな言葉を紡ぎ出せる作者の技量の豊かさには脱帽せざるを得ない。そして、実は、本書の書き出しの言葉が「夜明けの海に、うさぎが飛んでいる」というものであり、この琴江の言葉そのものが、これから起こる様々な事柄の全体を暗示させるものとなっており、本書の最後が「青く凪いだ丸海の海原は、鏡のように平らかに穏やかに、秋の日差しの下で憩っている。ほうの挨拶に応えて、おはよう、ほうと返すように、ちらり、ちらりと白いうさぎが飛んだ」(文庫版下巻 508ページ)となっている。つまり、物語は、海に白いうさぎが飛んだ時から始まり、その海が落ち着くまでの襲ってくる嵐のような波瀾に満ちた展開になるのである。

 こういう言葉で、物語の始まりと終わりを締めくくることができる構成力と豊かな情景の描写や言葉つがいをする表現力と技量は並外れているものだと思えてならない。

 白いうさぎが暗示した波瀾の幕開けは、「ほう」に初めて人間らしさを示した琴江が、同じ藩医の「匙」家の親しくしていた娘の梶原美祢という女性から、嫉妬のために毒殺されるという悲劇から始まる。琴江の死は「ほう」の運命を衝撃的に一変させていくのである。

 おりしも、江戸幕府の元勘定奉行で、理由も不明のままに妻子三人と部下を惨殺したという「加賀様」と呼ばれる船井加賀守守利の身柄を丸海藩が幕命で預かることになった。異常なほどに悪霊や祟りを畏れた時の将軍家斉が、切腹させて恨みを買うことを畏れて、江戸から遠い四国の丸海藩に生涯の幽閉を命じたのである。丸海藩は、漁業と金比羅参りの客と、紅貝を使った染め物で成り立っていたが、内情は決して豊かではなかった。罪人とはいえ、幕府の要職だった人間を預かることになったのだから、莫大な費用もかかるし気も使う。扱い方によっては藩が取りつぶされることにもなる。

 藩医を勤める「匙」家の娘美祢の嫉妬心によってもたらされた琴江の死は、藩内のごたごたが外に漏れることを恐れて、それがどんなに個人的なものであれ、決して表に出してはならない事件として処理され、隠蔽されていく。何事にも鷹揚で人々から慕われている琴江の父井上舷州も、琴江と同じように心優しく優秀な若い医者である兄の啓一郎も、涙をのんで、藩と家のために琴江の死を病死としなければならなかった。

 しかし、幼い「ほう」は、美祢が琴江を毒殺する現場を見ており、大好きな琴江様を殺した美祢につかみかかり捕らえられてしまうのである。藩を上げての隠蔽工作の中で、お前は阿呆の「ほう」だから幻を見たのだと無理矢理に言われ、従うよう命じられる。それに心の底では納得できない「ほう」をこのまま井上家においておくことができず、「ほう」は町方の引手(奉行所からの許可をもらって町方の諸事件などを探索する岡っ引きのようなもの)に渡される。

 「ほう」を引き取ったのは、娘ながらに引手見習いとして働いている宇佐という若い娘である。宇佐は琴江の兄の啓一郎に思いを寄せており、琴江の死の真相も探ろうとして苦労するが、琴江と同じように「ほう」には優しく、自ら申し出て「ほう」を引き取って一緒に暮らそうとするのである。宇佐は漁師町の出であるが、父も母もなくし、一人暮らしの身の上であった。

 琴江の死の謎や「加賀様」の幽閉問題で右往左往する藩内の事態に明瞭な判断で関わっていこうとすることによって物語が展開されていくので、この宇佐は本書のもうひとりの主人公でもある。

 この宇佐が引手の親分に預けられてやせ細っている「ほう」の姿を見て、「ほう」に語りかける場面が次のように描かれている。

 「宇佐は手をのばし、ほうの手を握ってやった。小さな手は冷たかった。もともと痩せて骨張っていたが、たかだか一日か二日のあいだに、さらに細ったように感じた。
 『あんた、ご飯食べてる?』
 嘉介親分とおかみさんが、この子を飢えさせるわかがないのだが。
 『食べたくないの?食べられないの?』
 ちょっとのあいだ、本当に困ったように顔を歪めてから、ほうは謝るように言った。
 『おまんま、いただけないんです』
 『何でさ』
 『あたしーー何も働いていないし。あたしのような余計者は、働かなかったら、おまんまいただいちゃいけないんです』
 井上家でそんなことを教え込むわけがない。これはおおかた、江戸でほうが暮らしていた金貸しの家や、萬屋で仕込まれたことだろう。」(文庫版上巻 162-163ぺーじ)

 そして、宇佐は「ほう」を自分の家に連れて帰る。その場面では、
 「ほうは一人になった。部屋を見回す。
 けっこうな埃だ。お布団も長いこと干してない。いろいろやることがありそうだ。
 心の奥で、何かがほっこりと緩んだ。さあ、働かなくては、ここなら働ける。
 だから、その前に、おまんまにしよう。ほうは懐から、出がけに嘉介親分のおかみさんが包んで持たせてくれたおむすびを取り出した。(文庫版上巻 166ページ)

 小さな九歳の女の子が、「わたしのような余計者は、働かなかったら、おまんまいただいちゃいけないんです」と思って、もらったおむすびを懐に忍ばせている。そして、働くところを見つけてほっこりとする。「ほう」は、そのように律儀で健気で、一所懸命生きている。その姿を思うと涙が棒打となって溢れてしまう。そして、「ほう」が宇佐の家で「ほっこり」と感じたように、宇佐を「おあんさん(お姉さん)と呼んで、しばらくのあいだ、針仕事や炊事などをして過ごすことができたのである。

 宇佐が「ほう」を丸海の守り神として敬われている日高山神社に連れて行った場面では、宇佐の「ほう」への思いが次のように記されている。

 「高見から見おろせば、宇佐の生まれ育った港の漁師町から西番小屋(引手の番小屋)へのあいだなど、ほんのひとまたぎのように見える。指で差しても、一寸ほどなの長さでしかない。それでも、漁師町を出て引手の仲間に加わることで、宇佐の暮らしはずいぶん変わった。
 ましてや、ほうははるばる江戸から流れてきたのだ。あの海の彼方、まず大阪の港があって、そこからずうっと東海道を下り、何十日も旅をして、やっとたどりつくような遙か遠くから、ほうはこの小さな足でやって来たのだ。
 急に切なくなって、宇佐はまばたきをし、すぐ隣で小さな手を額にかざし、楽しそうに景色をながめているほうに目をやった。
 本当に、遠いところからよく来たもんだね、ほう。縁あってこの地に来たあんたを、丸海の山と海とお日様が、こうして温かく迎え取ってくれている。
 ほうはこれから丸海に根をおろし、一人前の女になってゆくのだ。そうだよ宇佐、だからもうこまごまと気に病むことはないと、この美しく穏和な景色が、心に語りかけてくるのを感じた。」(文庫版上巻252ページ)

 だが、この平穏も長くは続かない。奇病や祟りがあると恐れられていたいわく付きの丸海藩の家老の浅木家の涸滝の療養屋敷に幽閉された「加賀様」の女中が頓死したことから、「ほう」の運命はまた一変するのである。「加賀様」自体が、江戸での所行で、怨念を抱えた恐ろしい鬼のような者と言われ、そこに近づくことさえ厭われており、様々な風評が流れ、新しい下働きの女中として、身寄りのないよそ者の孤児である「ほう」に白羽の矢が立てられたからである。「ほう」は阿呆だから、その屋敷の様子が外に漏れることもないと思われたからである。そして、それはまた人々の思惑や藩政のうねりの中で幼い「ほう」が生き延びる道でもあった。

 「ほう」は、もちろん、人々の思惑や藩政のうねりなど知らない。右に行けと言われれば右に行かなければならないし、左に行けと言われれば行かなければならない身の上であり、その中を「ほう」はひたすら健気に生きていくだけである。

 ここまで書いて、少々長くなりすぎたようなので、続きはまた明日にでも書くことにしよう。優れた作品というものは、そこからいろいろなことが考えられるし、また言えるものだが、この作品から、実に多くのことが湧き出してくるような気がする。これは、自分の中で整理が着かないままに書いているが、とにかく読後感には最高のものがあった。

2010年9月2日木曜日

鳥羽亮『剣客春秋 青蛙の剣』 

 今日も暑い日差しが降り注いでいる。熱気が肌にまとわりついて、じっとしていても汗が滴る。出先で読んだ3冊目は、鳥羽亮『剣客春秋 青蛙の剣』(2008年 幻冬舎)で、できるだけ気楽に読めるものをと思って持っていった小説のひとつである。

 これも、昨日の『はぐれ長屋の用心棒』シリーズと同じように、このシリーズの8作目の作品で、神田豊島町に一刀流の町道場を開いている千坂藤兵衛とその娘夫婦である里美と彦四郎を中心にして、市井の剣客として老いを覚えつつ生きる姿を描いたものである。千坂藤兵衛には、孫娘が生まれ、藤兵衛は好々爺ぶりを発揮していく。

 本作では、道筋でいじめを受けていた少年を助けたことから、その少年が千坂藤兵衛の道場に入門し、彼をいじめていた近くの道場との全面対決となり、それが大身の旗本家内での勢力争いと絡まって、旗本の御前での試合をすることとなり、藤兵衛は少年を鍛え、勇気を持って困難に立ち向かっていく術を教えようとする展開となっている。

 千坂藤兵衛の道場と対決する近くの道場は、あの手この手を使って、自分の道場を拡張していくことを画策し、少年のいじめをそそのかしたり、凄腕の牢人を雇って彦四郎を襲わせたりする。凄腕の牢人には欲はないが、一人の剣客としての矜持から、藤兵衛との対決を望んでいくのである。

 いじめを受けていた気弱な少年は、藤兵衛の指導の下で、勇気を持って立ち向かうことを学び、試合に勝つ。そして、藤兵衛に敵対していた道場は、さまざまな画策をしても、まっすぐな藤兵衛や彦四郎、そして少年の姿勢の前に破れていくのである。理不尽な「いじめ」に対して、まっすぐに相手を見ることは一つの有効な対応である。

 凄腕の牢人は、自分の剣客としての矜持で藤兵衛と対決し、破れ、江戸を離れることになる。

 こうした物語の展開も、剣客シリーズではおなじみのものであるが、作者の剣道の心得が生きて、目を見て対峙し、一瞬の動きを逃さないようにして立ち向かう姿が、いじめられていた少年にしろ、彦四郎にしろ、そして藤兵衛にしろ、件の対決の場面でよく描き出されている。そして、それと同時に、無欲なままで、孫をかわいがり、娘夫婦を心配し、手伝いのおくまに気を使いながら生きている姿が描かれていく。

 鳥羽亮のこうした作品には、市井に生きる姿と剣客として生きる姿の二重の姿が描き出され,それが身近なものを大切にする姿や「無欲」な姿として描き出されるものが多いような気がする。生活人であることと専門家であることの二つの側面がそこで無理なく一致しているところに、彼が描く人物の魅力があるのだろう。だから、対峙する悪はたいていが強欲である。

 人間の強欲は、現実にはあからさまな形では現れないが、人の心の奥底に常に潜んでいて、ある時には正義の仮面をかぶって画策をしたりする。そして、その姿は、鳥瞰的に見れば、どんなに姿形が立派で美しい装いをしていようと、やはり醜いものである。それを見破ることができるのは、ただ、素直で素朴な心だけだろう。素直で素朴な心は、常に生き難さの中に置かれてしまい、強欲でひねり潰されてしまうことが多いのは確かであるが。

2010年9月1日水曜日

鳥羽亮『はぐれ長屋の用心棒 瓜ふたつ』 

 相変わらずうんざりするような暑さが続いている。今日から外壁の補修工事をするので、昨日は近隣の方々への挨拶などをし、朝から工事関係者の方々の出入りもあり、少々気も使うし、面倒くささも覚えている。しかし、この暑さの中で工事の人たちには、本当にご苦労を強いていると案じもする。

 暑さの中で脳も機能を低下させているのか、あれもこれもと仕事もなかなか片付かないが、今日は切れかけているコーヒーを買いにあざみ野まで出かけ、ついでに山内図書館にも本の返却と借り出しに行こうかと思っている。

 先日、幼稚園のM先生から連絡があり、久しぶりで会って話をした。M先生はとてもすてきな先生で、デパートのイタリア料理の店で食事をしながら話を聞いた。幼児教育は大きな曲がり角に来ており、経済効率を優先させる風潮と、この国の政策自体がどうも幼児教育を軽んじるような方向に向かっているように思えてならない。社会全体のとげとげしい雰囲気が幼児教育の従事者や保護者の中に蔓延し、そこで良心的な先生方が苦労することになる。

 出先で、鳥羽亮『はぐれ長屋の用心棒 瓜ふたつ』(2008年 双葉文庫)も読んだ。これはこのシリーズの12作目の作品で、隠居して傘張牢人としてはぐれ長屋に住む主人公の華町源九郎の孫娘は2歳となり、好々爺ぶりが剣客としての姿とともに描かれていく。

 本作では、源九郎の昔の剣術道場の同門で、源九郎とよく似た向田武左衛門が訪ねて来て、やがて一人の若侍を連れてはぐれ長屋に住むことになる。事情を探れば、向田武左衛門が仕える旗本のお家騒動に絡んで、主家の次男が長男夫婦を毒殺して家督を奪い、長男の子である若侍を狙っていることがわかる。

 源九郎をはじめとするはぐれ長屋の住人たちは、向田武左衛門の頼みを受けて、旗本家のお家騒動の問題にかかわり、次男と悪徳医者に雇われた牢人たちと対決しながら、これを解決していくのである。

 物語の展開そのものは、雇われた牢人たちは凄腕であり、悪徳医者も家督を奪った次男も、力で自分の欲を満たそうとする姿も、このシリーズではおなじみのもので、それに対峙するはぐれ長屋の住人たちの市井に生きる姿が対照的であるのもひとつのパターン化されたものとして、いつもと同じようなものだが、それぞれに牢人や貧乏町人として生きつつも、人々の「用心棒」として生きる姿が巧みに描き出されるので、変わらずに面白く読める。

 シリーズ化されたものはどうしてもパターンができて定着したものになってしまうきらいがあるが、物語の格子がしっかりしていれば、それだけに気楽に読めるようになる。鳥羽亮のシリーズ化された作品には、そうした作品が多いように感じられる。

 今日から九月で、今月は日常の仕事の他に、沖縄に行ったり、箱根で友人が出した本の講演会でのリアクターをしたりと、何かと気ぜわしい気がする。外壁の補修工事も今月いっぱいかかる。それにしても、早くこの異常な夏の暑さが引いてくれないかと、つくづく思う。熱帯夜が延々と続いている。