天気が猫の目のように変わって、昨日はどんよりと曇って寒かったが、今朝はよく晴れている。ただ、気温は低く、セーターを引っ張り出して着込んだりした。最近は、寒さに負けて出かける時に車を使うことが多くなっていたのだが、今朝、体力の衰えを感じて、今日は少し歩いてみようと思ったりする。
先日、松井今朝子『西南の嵐 銀座開花おもかげ草紙』(2010年 新潮社)を面白く読んでいたので記しておく。この書物を手にとって、これがすぐに『銀座開花事件帖』(2005年 新潮社)の続編だと気づいた。前作の出版が2005年で、これが2010年だから、5年もの月日があるので、その間にもこのシリーズで何か書かれているかも知れないが、どうもこれが続編のような気がする。前作である『銀座開花事件帖』を読んだのがいつか調べてみると、2010年9月21日で、わたし自身も一年以上たってから続編を読んだことになるのだが、明治初期の銀座を舞台にして、新しい世の中と古い世の中が混在する極めて混乱した時代に生きた人々を描いた作品だったのでよく覚えていた。
前作から引き続いて登場して来る人物は、大垣藩主戸田家の四男として生まれ、明治4年(1871年)に岩倉具視らの外交使節団に同行し、帰国後、洗礼を受けてクリスチャンとなり、銀座に原胤昭と共にキリスト教書店「十時屋」を設立したり、キリスト教会を設立したりして、民権運動でも活躍し、日本最初の政治小説である『民権講義情海波瀾』を書いた戸田欽堂(1850-1890年)や、元南町奉行所与力で、維新後クリスチャンとなって戸田欽堂(三郎四郎氏益)と共に「十時屋書店」を開き、民権運動に関わったりして、後に(明治16年)新聞条例違反で投獄された経験から日本初の教誨師となった原胤昭(1853-1942)などが、実に巧みに、それも物語の中心を為す人物として描かれている。「十時屋書店」は現在の教文館であり、原胤昭が設立した原女学校は女子学院である。教文館には時々出かけるし、女子学院も先生や生徒と出会う機会がよくある。
本書では戸田欽堂は、大名の子息らしくどこか育ちのよい器の大きな人物として描かれているし、原胤昭は西洋の新風を身につけた利発さをもちながらも、元町奉行所与力らしい毅然として生きる人物として描かれている。
だが、本書の主人公はこれらの人々ではなく、元旗本の次男で、上野戦争で薩摩藩士の残虐非道の仕打ちを見てこの藩士と争い、維新後、人を殺すことを快感と思うような残虐な薩摩藩士が明治政府の高官となったために銀座裏に身を隠しながら、薩摩藩士に殺された人々の恨みと、あのような人間は将来的に悪しか行わないことからその男を誅したいと思っている久保田宗八郎である。
旧来の文化や精神性と新しい明治の世の姿がぶつかり合う銀座で、侍としての矜持と新しい精神性を求める気持ちが主人公の中にあって、時代の激流の中で自分の生き方を探り出していこうとする姿が描かれていくのである。
上野戦争の時の薩摩の官軍隊長であった石谷蕃隆の残虐非道ぶりを偶然に目撃して、見るに見かねて彼と対決して峰打ちで斬り、命を取らなかったことが仇となって、維新後、政府高官になった石谷蕃隆に狙われるようになり、自分の親族や母親代わりに育ててくれた女性を殺され、なんとかその仇を討ちたいと思っていた久保田宗八郎は、戸田家の若様が作った銀座裏の赤煉瓦の借家に身を寄せながら、石谷蕃隆に近づく道を探し、無為徒食の日々を送っていた。前作では、その借家に住まう過程やそこで起こったいくつかの事件に関係して事件の解決に奔走する姿が描かれていたが、本作ではその借家に出入りしていた人々のその後の顛末が、1877年(明治10年)の西南戦争と絡んで展開されていく。
1876年(明治9年)に、明治政府は秩禄処分(武家の禄-給金-の廃止)や廃刀令を出し、それによって武家の生活は急激に瓦解していったが、そのことに不満を持ち、攘夷勤王の思想を強く引きずっていた熊本の肥後藩士たちが「敬神党」と呼ばれる集団を作り、大挙して反乱を起こした通称「神風連の乱」と呼ばれる反乱が起こった。これに引き続いて福岡で「秋月の乱」が起こり、山口の萩で前原一誠が挙兵し、やがてこれが西郷隆盛を担ぎ出した西南戦争へと繋がっていくが、本書はその明治10年の一連の事件を背景としており、まず、「神風連の乱」の生き残りである加瀬久磨次という青年を久保田宗八郎が銀座裏の煉瓦棟で一時預かりの形で匿っているところから始まるのである。
加瀬久磨次は、頑なに西洋風の生活を拒み、部屋の中で蟄居同様に生活していたが、窓の外を通る若い女性に岡惚れし、この女性が男に連れ去れれるのを目撃して家を飛び出し、ついには官憲に捕まってしまうのであるが、女性には女性の事情があり、彼女はただ母親との貧しい生活を支えるために酌婦になるだけだったのである。一本気な加瀬久磨次の古い体質の武家としての直情的な姿と、生きるための手管を使う女性、そういう姿が描かれていくのである。大体において、男は状況の中で死んでいくが、どんな世の中になっても女は生き残るような力がある。したたかさを生来的にもっているのだと思う。
それはともかく、やがて西南戦争が勃発する。銀座裏の煉瓦棟の住人であり、戸田や久保田とも親交があった純朴な市来巡査も所属する警視庁の命令で西南戦争に駆り出されるし、久保田宗八郎が仇と狙う残虐な石谷蕃隆も九州へ向けて出発する。久保田宗八郎に惚れて一緒に生活していた古い江戸の気っぷの良さをもつ髪結いをしている比呂(ひろ)が助けていた旧旗本の子女の夫も、生活のために官軍の輜重(弾薬や食糧を運ぶ役)として西南戦争に行く。戦地は熊本である。
そして、田原坂の激戦の最中に、市来巡査は殺されかけるところを石谷蕃隆に助けられ、その石谷蕃隆が右足を打たれたところを彼が助け、その蕃隆を荷車で引いて野戦病院となっていた寺まで運んだのが、比呂が髪結いとして助けていた旗本の子女の夫であるという運命の巡り合わせが起こるのである。旗本の子女の夫は西南戦争で命を落とす。
熊本にいたころ、西南戦争の激戦地であった田原坂は毎日のように通った。少し山の中に入れば、その痕跡は今も生々しく残っているが、そこを通る度に「分け入っても 分け入っても 青い山」という山頭火の言葉が浮かんでいたのを思い出す。
その田原坂で市来巡査が助けた石谷蕃隆が友人である久保田宗八郎の仇敵であることを知りつつも、市来巡査は片足を失った石谷蕃隆を介護する役が命じられ、帰京する。そして、銀座に帰り着いたときに、久保田宗八郎と出会い、久保田宗八郎は石谷蕃隆と対決する。だが、石谷蕃隆が既に片足を失っていることで、彼は刀を収めていくのである。
そうしているうちに、久保田宗八郎に惚れて、彼の世話をしていた比呂が癌に冒されていることがわかり、次第に比呂は痩せ衰えていって宗八郎のことを想いながら死んでいく。比呂は、医者の娘であり、原胤昭や戸田欽堂とも親交をもってクリスチャンでもあった闊達な娘であった鵜殿綾が久保田宗八郎に惚れていることを知っており、彼女に跡を託していくのである。比呂の宗八郎を想う愛情の深さは涙を誘うものがある。比呂は、以前は品川の遊女であったが、しゃきしゃきの江戸っ子気質をもつさっぱりとした女性で、髪結いをしながら宗八郎を支えてきたのである。その支えを宗八郎は失う。
それは、宗八郎にとって一つの終焉であった。だが、久保田宗八郎は、比呂を失い、仇と思っていた石谷蕃隆との決着も自ら刀を引くことで終え、それらを胸に納めながら、かつて比呂と一緒に渡りたかった品川の海を眺め、いつかはこの海を渡れそうな気がしていくのである。時が新しい時を刻みはじめ、その流れ来ては去っていく時を眺め、再び歩み出していくのである。
明治10年(1877年)は、ようやく旧体制が終わりを告げる年でもあった。だが、新しい夜明けはまだ来ずに、混沌とした状態が続き、人の暮らしは逼迫し、人心も荒れていた。だが、始まったのだから、人はその中を歩んでいく以外の道はない。西郷隆盛のように、それが愚かなことであると重々承知してもその道を行かなければならない時でもあった。そういう中で生きるひとりの人間、それがこの書で描かれているような気がする。読了後、たぶん、主人公の久保田宗八郎のような人間が、時代に翻弄されることなく自らを貫いて生きていく人間になっていくのだろうというような、漠とした感想をもった。前作もそうだったが、本作も味のある作品だと思う。
2011年12月16日金曜日
2010年10月11日月曜日
松井今朝子『家、家にあらず』
日中は汗ばむくらいの好天に恵まれた秋の一日となった。朝、おそらく近くの学校か幼稚園の運動会の開始を知らせるのだろう花火の音が響いた。土曜日が雨だったので、今日に順延されたのだろうと思う。すべての窓を開け放ち、寝具を干して、掃除をし、ついでに外壁の補修工事で汚れてしまっていた車を洗ったりした。昨日から少しのどの痛みを感じて、その汗でどうやら本格的になったような気もするが、気持ちの良い日だった。
土曜日の夜から読み始めた松井今朝子『家、家にあらず』(2005年 集英社)を今日の午後、読み終えた。扉に、世阿弥が記した能の演劇論とも言うべき『風姿花伝』の「家、家にあらず。継ぐをもて家とす。人、人にあらず、知るをもて人とす」の言葉が記され、書名がそこから取られていることがわかるし、本文中、とくに物語の佳境に入るところで、物語の展開に沿った形で、能で描かれる物語が字体を変えて挿入され、しかもそれが物語の秘密を解く鍵ともなっている。もちろん、それが能で描かれる物語だろうというのは、能についての知識のないわたしの推測で、作者の創作ではあるだろう。
物語は、主人公である同心の娘がある大名家の奥勤めの奉公にあがるところから始まる。母が亡くなり、叔母様といわれる人の口利きで、叔母様が勤める大名家に奉公にあがるのである。彼女の叔母様は、その大名家の奥御用の一切を取り仕切る奥御殿御年寄(総責任者)であるが、彼女は「三之間」と呼ばれる下級女中として勤め始めるのである。女ばかりの世界での互いの確執や妬みが渦巻く。
そうしているうちに、大名家の下屋敷の女中と芝居役者との心中事件が起こったり、殿様の側女(妾)の自死事件が起こったり、奥御殿でお茶を教える女中が殺されるという事件が起こる。先代藩主の側女同士の確執や現藩主の生母の欲、そうしたことが藩主の跡目争いとの関連で起こっていくのである。主人公はそうした騒動の中でもまれ、成長していく。彼女の叔母様は、総責任者としてすべての事件の裏に藩主の生母の欲があることを見抜いて、これと対決していくが、彼女自身にも隠された秘密があった。
それは、若いころに藩主の生母らと同じように役者遊びをして子をなしていたことである。そのことが暴かれ、藩主跡目争いの密命を帯びた信頼していた部下に殺されるのである。そして、実は、その奥御殿御年寄が役者との間にできた子どもが、同心の子どもとして育てられた主人公だったのである。
こういう物語の展開によって、「女、三界に家なし」と言われ、育った家は嫁ぐことで自分の家ではなくなり、嫁いだとしても夫に仕え、舅姑にいびられ、老いては子に従うようにして生きていかなければならない女の幸せとはいったいどこにあるのかという重い問いかけが全体を貫いている。もちろん、それはことさら女ばかりではないだろう。男も三界に家(自分の居場所)がないのであり、人の幸せとはどこにあるのかということでもあるだろう。
すべての事件が片づき、お家騒動も一段落した後で、主人公が宿下がりで父の元に帰った場面が最後に挿入されている。そこで父親(育ての親であることを知っている)から自分の出生のことや育ててくれた母のことを聞き、奥御殿で御年寄として出世してお家騒動で筋を通して死んだ生みの母のことを思いながら、育ててくれた母は幸せな人だったかも知れないと、主人公は思い返す。
「死んだ母のように文字通り良人に出会えれば、それが一番幸せな一生なのかもしれなかった」(323ページ)
「(父は)母の顔色がいいのを見て、陽の当たる場所へ出るよう誘った。縁側から母を地面にそっとおろし、肩を貸して庭の真ん中あたりまで歩かせて、ふたりはそこでしばらく静かに佇んでいた.・・・・・寝まき姿の小柄な母が、背の高い父に安心してもたれかかっていた様子がいまも目に浮かぶ。
母は父がいうように不憫なひとではけっしてない。むしろ母ほど幸せな人はいなかった。色とりどりの秋草が咲き乱れ、血のつながらない親子姉弟がひとつになって暮らしたこの家は、まぎれもなく母が作り上げた家だったのだ」(325ページ)
奥御殿の女の確執やお家騒動のごたごたの最後に描き出されるこの静かな光景が、それまでの騒動が人をなきものにしたり、蹴落としたりする騒動だっただけに、よけいに、人の幸せとは何かを浮かび上がらせる。家(自分の居場所)は自分で作っていくものに他ならない。どういう居場所を作るのかはその人の責任である。そして、争いの中で作り上げていくものが、あまりに淋しすぎるものであることは間違いない。家は慈しみによってしか確かなものとはならないのである。しかし、そのことの哲学的なことはここでは触れないでおこう。これは哲学書ではなく、面白い小説なのだから。
この作品には作者が得意とする役者の世界も、もちろん登場するし、役者が重要な役割も果たしていくが、やはり何といっても「人の幸せはどこにあるのか」ということをひとりの若い主人公の姿をとおして真正面から取り上げた意欲的な作品だろうと思う。
なんだか日暮れがずいぶんと早くなったような気がする。こうして秋が深まっていくのだろう。「人、三界に家なし」だが、今夜は静かに眠りたい。
土曜日の夜から読み始めた松井今朝子『家、家にあらず』(2005年 集英社)を今日の午後、読み終えた。扉に、世阿弥が記した能の演劇論とも言うべき『風姿花伝』の「家、家にあらず。継ぐをもて家とす。人、人にあらず、知るをもて人とす」の言葉が記され、書名がそこから取られていることがわかるし、本文中、とくに物語の佳境に入るところで、物語の展開に沿った形で、能で描かれる物語が字体を変えて挿入され、しかもそれが物語の秘密を解く鍵ともなっている。もちろん、それが能で描かれる物語だろうというのは、能についての知識のないわたしの推測で、作者の創作ではあるだろう。
物語は、主人公である同心の娘がある大名家の奥勤めの奉公にあがるところから始まる。母が亡くなり、叔母様といわれる人の口利きで、叔母様が勤める大名家に奉公にあがるのである。彼女の叔母様は、その大名家の奥御用の一切を取り仕切る奥御殿御年寄(総責任者)であるが、彼女は「三之間」と呼ばれる下級女中として勤め始めるのである。女ばかりの世界での互いの確執や妬みが渦巻く。
そうしているうちに、大名家の下屋敷の女中と芝居役者との心中事件が起こったり、殿様の側女(妾)の自死事件が起こったり、奥御殿でお茶を教える女中が殺されるという事件が起こる。先代藩主の側女同士の確執や現藩主の生母の欲、そうしたことが藩主の跡目争いとの関連で起こっていくのである。主人公はそうした騒動の中でもまれ、成長していく。彼女の叔母様は、総責任者としてすべての事件の裏に藩主の生母の欲があることを見抜いて、これと対決していくが、彼女自身にも隠された秘密があった。
それは、若いころに藩主の生母らと同じように役者遊びをして子をなしていたことである。そのことが暴かれ、藩主跡目争いの密命を帯びた信頼していた部下に殺されるのである。そして、実は、その奥御殿御年寄が役者との間にできた子どもが、同心の子どもとして育てられた主人公だったのである。
こういう物語の展開によって、「女、三界に家なし」と言われ、育った家は嫁ぐことで自分の家ではなくなり、嫁いだとしても夫に仕え、舅姑にいびられ、老いては子に従うようにして生きていかなければならない女の幸せとはいったいどこにあるのかという重い問いかけが全体を貫いている。もちろん、それはことさら女ばかりではないだろう。男も三界に家(自分の居場所)がないのであり、人の幸せとはどこにあるのかということでもあるだろう。
すべての事件が片づき、お家騒動も一段落した後で、主人公が宿下がりで父の元に帰った場面が最後に挿入されている。そこで父親(育ての親であることを知っている)から自分の出生のことや育ててくれた母のことを聞き、奥御殿で御年寄として出世してお家騒動で筋を通して死んだ生みの母のことを思いながら、育ててくれた母は幸せな人だったかも知れないと、主人公は思い返す。
「死んだ母のように文字通り良人に出会えれば、それが一番幸せな一生なのかもしれなかった」(323ページ)
「(父は)母の顔色がいいのを見て、陽の当たる場所へ出るよう誘った。縁側から母を地面にそっとおろし、肩を貸して庭の真ん中あたりまで歩かせて、ふたりはそこでしばらく静かに佇んでいた.・・・・・寝まき姿の小柄な母が、背の高い父に安心してもたれかかっていた様子がいまも目に浮かぶ。
母は父がいうように不憫なひとではけっしてない。むしろ母ほど幸せな人はいなかった。色とりどりの秋草が咲き乱れ、血のつながらない親子姉弟がひとつになって暮らしたこの家は、まぎれもなく母が作り上げた家だったのだ」(325ページ)
奥御殿の女の確執やお家騒動のごたごたの最後に描き出されるこの静かな光景が、それまでの騒動が人をなきものにしたり、蹴落としたりする騒動だっただけに、よけいに、人の幸せとは何かを浮かび上がらせる。家(自分の居場所)は自分で作っていくものに他ならない。どういう居場所を作るのかはその人の責任である。そして、争いの中で作り上げていくものが、あまりに淋しすぎるものであることは間違いない。家は慈しみによってしか確かなものとはならないのである。しかし、そのことの哲学的なことはここでは触れないでおこう。これは哲学書ではなく、面白い小説なのだから。
この作品には作者が得意とする役者の世界も、もちろん登場するし、役者が重要な役割も果たしていくが、やはり何といっても「人の幸せはどこにあるのか」ということをひとりの若い主人公の姿をとおして真正面から取り上げた意欲的な作品だろうと思う。
なんだか日暮れがずいぶんと早くなったような気がする。こうして秋が深まっていくのだろう。「人、三界に家なし」だが、今夜は静かに眠りたい。
2010年9月21日火曜日
松井今朝子『銀座開花事件帖』
気温はまだ少し高めだが初秋の蒼空が広がっている。このところ夕食後にすぐ眠気に襲われて眠ってしまい、あまりにも早く目が覚めて難儀をしている。身体のためにはもう少し寝た方がよいと思うのだが、起き出してコーヒーを入れ、本などを読んでいると目がさえてしまう。その分、どこか疲れを覚えるのだろう。
昨日、松井今朝子『銀座開花事件帖』(2005年 新潮社)を面白く読んだ。明治7年(1874年)のいわゆる「文明開化」が進んで行く初期の銀座を舞台にして、旧旗本家の次男を主人公にして、そこで起こった殺人事件や馬車による轢き殺し事件に関わりつつ、その事件の真相を暴いていく「事件帖」仕立てであると同時に、古い時代と新しい時代が拮抗する中で、その様々な人間模様とその中で自分の生き方を模索していく人間の姿を描いたものである。
この小説には、明治期の偉大な実業家のひとりとして数えても良いと思われ、横浜の発展に大きな寄与をした高島嘉右衛門(1832-1914年)、大垣藩主戸田家の四男として生まれ、明治4年(1871年)に岩倉具視らの外交使節団に同行して渡米し、帰国後、洗礼を受けてクリスチャンとなり、銀座に原胤昭と共に銀座にキリスト教書店「十時屋」を設立したり、東京第一長老教会の設立にも尽力を尽くしたり、独立長老教会を設立したりした実業家で民権運動家であり、日本最初の政治小説である『民権講義情海波瀾』を書いた戸田欽堂(1850-1890年)、元南町奉行所与力で、維新後クリスチャンとなって戸田欽堂と共に銀座に「十時屋書店」を開き、民権運動に関わったりして、後に(明治16年)新聞条例違反で投獄された経験から日本初の教誨師となった原胤昭(1853-1942)などが、実に巧みに、それも物語の中心を為す人物として描かれている。
ちなみに、高島嘉右衛門は、高島易判断でも著名だし、横浜の高島町は彼の名にちなんだ町名である。また原胤昭が設立した原女学校は現在の女子学院の基礎になっている。作品の中では、こうした人々がまさに船出せんとする機運が満ちている。
そういう中で、主人公の久保田宗八郎は、上野戦争で薩摩藩士の残虐極まりない仕打ちを見かねてこの藩士と争い、難を避けて蝦夷(北海道)に逃れたが、帰ってきて、旗本家を継いだ兄が見事に転身して高島嘉右衛門の元で働いていることから、高島嘉右衛門が設立しようとしていたガス灯の工事を見守るという名目で、銀座の戸田欽堂(欽堂は後の名で、三郎四郎)の元に行くことから物語が始まっていくのである。銀座で、主人公は新しい時代の波をかぶることになる。
主人公の中には、旧武家の侍としての矜持が色濃く残っていると同時に、文明開化に浮かれている時代と状況の本質を見極めようとする姿の両方がある。主人公の年齢が30歳と設定されているのも、そうしたことを裏付けるものとなっていて、銀座で新風を身につけた戸田三郎四郎(欽堂)や原胤昭との交流を深めるところも、少し身を引いた姿となっている。彼は彼であろうとする姿が物語に意味を沿えている。
事件は、銀座十時屋の裏手の井戸に、十時屋の隣にあった土佐の自由民権運動の拠点となった「幸福安全社」に出入りする男の死体が浮かんでいたことから始まる。その男は、実は政治的な事柄からではなく、「幸福安全社」の金を使い込んで、博奕の借金で地回りから殺されたのだが、彼を殺した地回りが、政府の高官と繋がっており、その高官が馬車での轢き殺しも、自死に見せかけた女性の殺人も犯していたことがわかっていくのである。久保田宗八郎の隣に住んで交友を結ぶ薩摩出の好漢の巡査は、相手が同じ薩摩出の高官であることから手が出せない。馬車で轢き殺されたのは、久保田宗八郎の叔父でもあった。さて、どうするか。仇討ち禁止令がだされたばかりである。
物語は、常に新しいものと古いものの姿の拮抗の中で展開されていく。登場人物の中にも、主人公が一緒に生活していた古い江戸の気っぷの良さをもつ比呂という女性と新進の風を受けてクリスチャンとなって颯爽と生きる鵜殿綾という利発な娘が、共に主人公に思いを寄せる女性として登場する。両方とも魅力的な女性である。孫を守るために命をかけ馬車に轢き殺された叔父と、その死を立派な侍の死として物語ろうとする孫、律儀な侍としての矜持をもっていたために、手を染めた兎売買に失敗し、娘を残忍に殺された親、何とか時代に乗り切ろうとして立身を夢見てあくせくする車引きとその妻、そうした悲喜こもごもの新しいものと古いものとの混在した姿が人間の姿として描き出されるのである。
明治維新後、維新を推進した人々ではなく、その後の権力を獲得していった人々が、まるで自分が支配者になったかのように錯覚し、横行し、よいものを破壊していった。江戸時代が決して良かったとは思わないが、そこから日本の社会は歪んできたという思いはある。上から下まで権力闘争が激しく勃発してきた。だから、横暴な権力に悩みながらも立ち向かっていく主人公たちの姿に喝采を送りたい。
作品は、明治初期の混乱した状況を見事に描き出したもので、この頃の人々の対応の仕方には学ぶところが多いと思っているから、余計に面白く読めた。
今日はどうも千客万来の日のようで、午前中はフィンランドから来て、日本で2年間働くことになった人が来たり、午後からは近くの改革派の人が来ることになっている。その間に、以前メールマガジンとして出していたS.キルケゴールについて書いたものを整理しようと思っている。よく晴れているので散策にも出たい。
昨日、松井今朝子『銀座開花事件帖』(2005年 新潮社)を面白く読んだ。明治7年(1874年)のいわゆる「文明開化」が進んで行く初期の銀座を舞台にして、旧旗本家の次男を主人公にして、そこで起こった殺人事件や馬車による轢き殺し事件に関わりつつ、その事件の真相を暴いていく「事件帖」仕立てであると同時に、古い時代と新しい時代が拮抗する中で、その様々な人間模様とその中で自分の生き方を模索していく人間の姿を描いたものである。
この小説には、明治期の偉大な実業家のひとりとして数えても良いと思われ、横浜の発展に大きな寄与をした高島嘉右衛門(1832-1914年)、大垣藩主戸田家の四男として生まれ、明治4年(1871年)に岩倉具視らの外交使節団に同行して渡米し、帰国後、洗礼を受けてクリスチャンとなり、銀座に原胤昭と共に銀座にキリスト教書店「十時屋」を設立したり、東京第一長老教会の設立にも尽力を尽くしたり、独立長老教会を設立したりした実業家で民権運動家であり、日本最初の政治小説である『民権講義情海波瀾』を書いた戸田欽堂(1850-1890年)、元南町奉行所与力で、維新後クリスチャンとなって戸田欽堂と共に銀座に「十時屋書店」を開き、民権運動に関わったりして、後に(明治16年)新聞条例違反で投獄された経験から日本初の教誨師となった原胤昭(1853-1942)などが、実に巧みに、それも物語の中心を為す人物として描かれている。
ちなみに、高島嘉右衛門は、高島易判断でも著名だし、横浜の高島町は彼の名にちなんだ町名である。また原胤昭が設立した原女学校は現在の女子学院の基礎になっている。作品の中では、こうした人々がまさに船出せんとする機運が満ちている。
そういう中で、主人公の久保田宗八郎は、上野戦争で薩摩藩士の残虐極まりない仕打ちを見かねてこの藩士と争い、難を避けて蝦夷(北海道)に逃れたが、帰ってきて、旗本家を継いだ兄が見事に転身して高島嘉右衛門の元で働いていることから、高島嘉右衛門が設立しようとしていたガス灯の工事を見守るという名目で、銀座の戸田欽堂(欽堂は後の名で、三郎四郎)の元に行くことから物語が始まっていくのである。銀座で、主人公は新しい時代の波をかぶることになる。
主人公の中には、旧武家の侍としての矜持が色濃く残っていると同時に、文明開化に浮かれている時代と状況の本質を見極めようとする姿の両方がある。主人公の年齢が30歳と設定されているのも、そうしたことを裏付けるものとなっていて、銀座で新風を身につけた戸田三郎四郎(欽堂)や原胤昭との交流を深めるところも、少し身を引いた姿となっている。彼は彼であろうとする姿が物語に意味を沿えている。
事件は、銀座十時屋の裏手の井戸に、十時屋の隣にあった土佐の自由民権運動の拠点となった「幸福安全社」に出入りする男の死体が浮かんでいたことから始まる。その男は、実は政治的な事柄からではなく、「幸福安全社」の金を使い込んで、博奕の借金で地回りから殺されたのだが、彼を殺した地回りが、政府の高官と繋がっており、その高官が馬車での轢き殺しも、自死に見せかけた女性の殺人も犯していたことがわかっていくのである。久保田宗八郎の隣に住んで交友を結ぶ薩摩出の好漢の巡査は、相手が同じ薩摩出の高官であることから手が出せない。馬車で轢き殺されたのは、久保田宗八郎の叔父でもあった。さて、どうするか。仇討ち禁止令がだされたばかりである。
物語は、常に新しいものと古いものの姿の拮抗の中で展開されていく。登場人物の中にも、主人公が一緒に生活していた古い江戸の気っぷの良さをもつ比呂という女性と新進の風を受けてクリスチャンとなって颯爽と生きる鵜殿綾という利発な娘が、共に主人公に思いを寄せる女性として登場する。両方とも魅力的な女性である。孫を守るために命をかけ馬車に轢き殺された叔父と、その死を立派な侍の死として物語ろうとする孫、律儀な侍としての矜持をもっていたために、手を染めた兎売買に失敗し、娘を残忍に殺された親、何とか時代に乗り切ろうとして立身を夢見てあくせくする車引きとその妻、そうした悲喜こもごもの新しいものと古いものとの混在した姿が人間の姿として描き出されるのである。
明治維新後、維新を推進した人々ではなく、その後の権力を獲得していった人々が、まるで自分が支配者になったかのように錯覚し、横行し、よいものを破壊していった。江戸時代が決して良かったとは思わないが、そこから日本の社会は歪んできたという思いはある。上から下まで権力闘争が激しく勃発してきた。だから、横暴な権力に悩みながらも立ち向かっていく主人公たちの姿に喝采を送りたい。
作品は、明治初期の混乱した状況を見事に描き出したもので、この頃の人々の対応の仕方には学ぶところが多いと思っているから、余計に面白く読めた。
今日はどうも千客万来の日のようで、午前中はフィンランドから来て、日本で2年間働くことになった人が来たり、午後からは近くの改革派の人が来ることになっている。その間に、以前メールマガジンとして出していたS.キルケゴールについて書いたものを整理しようと思っている。よく晴れているので散策にも出たい。
2010年2月8日月曜日
松井今朝子『三世相 並木拍子郞種取帳』
時々陰っては来るが、おおむね冬晴れの日となり、少々風邪気味なのだが、朝から「炭酸ソーダ(重槽)」を使って掃除をしたりして「あっ」という間に時間が過ぎてしまった。粉末の「炭酸ソーダ」を薬局で買ってきてお湯で溶きスプレー容器に入れて使うのだが、その威力が本当にすごくて、煙草のヤニがとれて雑巾が真っ黄色になるほどだった。
土曜日の夜と日曜日の夜、松井今朝子『並木拍子郞種取帳』シリーズの三作目となる『三世相(さんぜそう) 並木拍子郞種取帳』(2007年 角川春樹事務所)を金曜日の一作目『一の富』に続いて読んだ。表題作となる「三世相」は第四話に収められているが、「三世相」とは、「干支と易占いに仏教の因縁説を取り交ぜた占術書のことで、概ね迷信と俗説が中心」(148ページ)で、先祖(前世)の因果が現世の人間に現れ、それがまた子孫に現れていくということで、前世・現世・来世の「三世」による占いのことである。
その表題作のほかに四話が収められているが、一つ一つの事件そのものよりも、主人公の並木拍子郞と料理茶屋の娘「おさわ」の関係が、ある種の緊迫した糸となって全体に流れている。並木拍子郞は北町奉行所同心の次男で狂言作家になることを志しているが、同心である兄夫婦に子どもはなく、その兄が自分の実の父親ではないかという出生への疑いもあり、あまり体が丈夫でない兄の家督を継いで武士(同心)として生きる道を迫られているし、他方では、狂言作家として師匠の五瓶や「おさわ」との町屋暮らしも捨てがたい狭間にある。また、「おさわ」は料理茶屋のひとり娘であり、もし拍子郞が武家に戻れば、その関係は断たれてしまう。そういう二人のどうにもならない状況の中で、お互いの思いだけが空回りしていくのである。拍子郞は、なかなか決断できないでいる。この二人の関係がこれからどう展開していくのかが、この三作目の山場となっているのである。
第一話「短い春」は、武家奉公している女が宿下がりして、拍子郞のいる芝居小屋に芝居見物に来て、役者に貸した笄(こうがい-髪止め)が壊れて見つかったのを縁に、拍子郞がその宿下がりしている武家女中のところを訪ねていくという話で、子だくさんの貧しい武家の家に生まれ、家計を助けるために武家女中として奉公に出て自分の運命を毅然として堪えてきた女性の姿が切なく描かれる。
第二話「雨の鼓」は、太物問屋の江戸出店の番頭(支店長)が大阪から連れてきていた妾が殺され、その妾と恋仲で上方から女を追ってきた鼓打ちが、女に惚れてはいるがここままでは自分が深い泥沼にはまり込んでしまうことを思い殺してしまったという事件で、鼓打ちが自分のアリバイ証明として殺人を犯す夜に鼓の音をさせていたということについて、「おあさ」の知恵で、雨水を利用した「鹿威し」を使ったものであることを解き明かしていくものである。身勝手な思いが人を狂わせる。そして、人はその自分の身勝手さから逃れられない。
第三話「子ども屋の女」は、大店の呉服屋の主人が深川の芸者に入れあげているのではないかということを心配した家人と「おあさ」の父親の話を聞いた拍子郞が、芸者の置屋である「子ども屋」の世話をする娘が、実はその主人の娘であることを明らかにしていく話であるが、文化・文政の頃の役者瀬川路考や中山富三郎の芸の話や俳諧の月例会の話、拍子郞の早合点によって呉服屋の主人を強請る芸者の話などが盛り沢山で、善悪合わせ飲む狂言作家並木五瓶の見事な処置などが鮮やかに描かれていく。そして、こういう五瓶のもとにいる拍子郞と「おあさ」が次第に人生の機微を知っていくのである。
第四話「三世相」は、よく当たると言われていた占い師の言葉によって、表面はよい医者といわれていたが家庭内では暴力をふるっていた医者を、その医者の妻の身を案じていた従僕が殺すという事件で、その占い師も、そのことで医者の妻を強請るというおまけまでついて、そうした事件を拍子郞が暴いていくという話である。
人はなぜ占いや予言に頼ろうとするのか。そのことについて、五瓶の女房は「私(わて)らのような阿呆が物事を決めようと思たら、これがええ頼りになりますのや」(148ページ)と言い、前世という信憑性のないものをもちだすことについて、「おあさ」は「人はどんなに踏ん張ってみても、どうにもならないことだってあるんだよ。何もかも自分のせいだといわれたら、立つ瀬がないじゃないか。・・・前世のせいにしたって、なんだっていい。とにかく納得したいんだよ。まったく自分は何故いつもこうついていないんだろう。どうしてこんなふうになっちまったんだろうかと考えてね」(154ページ)と言う。
「頼りなき者」、「寄る辺なき者」として人は生きていかなければならない。占いや最近の「癒し」はその間隙に入り込む。それを信じようとする人間の心情には弱さがあるが、それを行おうとする人間には「ズル」さがある。人の弱みにつけ込む人間はいやらしい。その「いやらしい人間」がマスコミを通してもてはやされる世情とは何なんだろう。近代以後の人間はその「いやらしさ」から解放されているはずであるが、相変わらずの世相があるなぁ、と思ったりする。
第五話「旅芝居」は、「旅まわり(地方巡業)」をすることになった役者のために、その巡業先をしらべに並木拍子郞が下総にまで行く話で、その時に、シリーズの二作目で出てきた「おあさ」に結婚を申し込んだ酒問屋の若旦那が勘当されて銚子にいることを聞いた「おあさ」から、その酒問屋の主人が病に倒れたことを伝えてほしいと頼まれ、拍子郞が銚子で醤油屋に働いている若旦那のもとを探し訪ねていく話である。
若旦那は出生があいまいで、そのことによって酒問屋に後継騒動が起こるのを避けるために自ら勘当を申し入れ、銚子で醤油屋の下働きとして働き、その醤油屋の孫娘と恋仲となり、そこに根を下ろそうとする。しかし、拍子郞と会い、父親の見舞いに行くことを決心する。その二人の姿を見ながら、拍子郞は「おあさ」とのことを思っていく。
はて、さて、並木拍子郞と「おあさ」はどうなるだろうか。その行く末はこれから書かれていくだろう。
初めに書いたように、このシリーズには、まず設定に無理がない。武家でありながら狂言作家を志す主人公の行く末、そして料理茶屋という町屋の娘との恋の行く末、それらが背骨のように走って、それぞれの事件の顛末がそうした人物の要としての拍子郞の師匠である五瓶との絡みで明らかとなり、そこに当時の芝居の状況や世相が反映され、それらが横糸となって物語が織りなされていく。作者の展開の仕方も作を重ねるごとに見事になっていく。続きが待たれるシリーズになっているのが心憎い。とにもかくにも面白く読める作品である。
土曜日の夜と日曜日の夜、松井今朝子『並木拍子郞種取帳』シリーズの三作目となる『三世相(さんぜそう) 並木拍子郞種取帳』(2007年 角川春樹事務所)を金曜日の一作目『一の富』に続いて読んだ。表題作となる「三世相」は第四話に収められているが、「三世相」とは、「干支と易占いに仏教の因縁説を取り交ぜた占術書のことで、概ね迷信と俗説が中心」(148ページ)で、先祖(前世)の因果が現世の人間に現れ、それがまた子孫に現れていくということで、前世・現世・来世の「三世」による占いのことである。
その表題作のほかに四話が収められているが、一つ一つの事件そのものよりも、主人公の並木拍子郞と料理茶屋の娘「おさわ」の関係が、ある種の緊迫した糸となって全体に流れている。並木拍子郞は北町奉行所同心の次男で狂言作家になることを志しているが、同心である兄夫婦に子どもはなく、その兄が自分の実の父親ではないかという出生への疑いもあり、あまり体が丈夫でない兄の家督を継いで武士(同心)として生きる道を迫られているし、他方では、狂言作家として師匠の五瓶や「おさわ」との町屋暮らしも捨てがたい狭間にある。また、「おさわ」は料理茶屋のひとり娘であり、もし拍子郞が武家に戻れば、その関係は断たれてしまう。そういう二人のどうにもならない状況の中で、お互いの思いだけが空回りしていくのである。拍子郞は、なかなか決断できないでいる。この二人の関係がこれからどう展開していくのかが、この三作目の山場となっているのである。
第一話「短い春」は、武家奉公している女が宿下がりして、拍子郞のいる芝居小屋に芝居見物に来て、役者に貸した笄(こうがい-髪止め)が壊れて見つかったのを縁に、拍子郞がその宿下がりしている武家女中のところを訪ねていくという話で、子だくさんの貧しい武家の家に生まれ、家計を助けるために武家女中として奉公に出て自分の運命を毅然として堪えてきた女性の姿が切なく描かれる。
第二話「雨の鼓」は、太物問屋の江戸出店の番頭(支店長)が大阪から連れてきていた妾が殺され、その妾と恋仲で上方から女を追ってきた鼓打ちが、女に惚れてはいるがここままでは自分が深い泥沼にはまり込んでしまうことを思い殺してしまったという事件で、鼓打ちが自分のアリバイ証明として殺人を犯す夜に鼓の音をさせていたということについて、「おあさ」の知恵で、雨水を利用した「鹿威し」を使ったものであることを解き明かしていくものである。身勝手な思いが人を狂わせる。そして、人はその自分の身勝手さから逃れられない。
第三話「子ども屋の女」は、大店の呉服屋の主人が深川の芸者に入れあげているのではないかということを心配した家人と「おあさ」の父親の話を聞いた拍子郞が、芸者の置屋である「子ども屋」の世話をする娘が、実はその主人の娘であることを明らかにしていく話であるが、文化・文政の頃の役者瀬川路考や中山富三郎の芸の話や俳諧の月例会の話、拍子郞の早合点によって呉服屋の主人を強請る芸者の話などが盛り沢山で、善悪合わせ飲む狂言作家並木五瓶の見事な処置などが鮮やかに描かれていく。そして、こういう五瓶のもとにいる拍子郞と「おあさ」が次第に人生の機微を知っていくのである。
第四話「三世相」は、よく当たると言われていた占い師の言葉によって、表面はよい医者といわれていたが家庭内では暴力をふるっていた医者を、その医者の妻の身を案じていた従僕が殺すという事件で、その占い師も、そのことで医者の妻を強請るというおまけまでついて、そうした事件を拍子郞が暴いていくという話である。
人はなぜ占いや予言に頼ろうとするのか。そのことについて、五瓶の女房は「私(わて)らのような阿呆が物事を決めようと思たら、これがええ頼りになりますのや」(148ページ)と言い、前世という信憑性のないものをもちだすことについて、「おあさ」は「人はどんなに踏ん張ってみても、どうにもならないことだってあるんだよ。何もかも自分のせいだといわれたら、立つ瀬がないじゃないか。・・・前世のせいにしたって、なんだっていい。とにかく納得したいんだよ。まったく自分は何故いつもこうついていないんだろう。どうしてこんなふうになっちまったんだろうかと考えてね」(154ページ)と言う。
「頼りなき者」、「寄る辺なき者」として人は生きていかなければならない。占いや最近の「癒し」はその間隙に入り込む。それを信じようとする人間の心情には弱さがあるが、それを行おうとする人間には「ズル」さがある。人の弱みにつけ込む人間はいやらしい。その「いやらしい人間」がマスコミを通してもてはやされる世情とは何なんだろう。近代以後の人間はその「いやらしさ」から解放されているはずであるが、相変わらずの世相があるなぁ、と思ったりする。
第五話「旅芝居」は、「旅まわり(地方巡業)」をすることになった役者のために、その巡業先をしらべに並木拍子郞が下総にまで行く話で、その時に、シリーズの二作目で出てきた「おあさ」に結婚を申し込んだ酒問屋の若旦那が勘当されて銚子にいることを聞いた「おあさ」から、その酒問屋の主人が病に倒れたことを伝えてほしいと頼まれ、拍子郞が銚子で醤油屋に働いている若旦那のもとを探し訪ねていく話である。
若旦那は出生があいまいで、そのことによって酒問屋に後継騒動が起こるのを避けるために自ら勘当を申し入れ、銚子で醤油屋の下働きとして働き、その醤油屋の孫娘と恋仲となり、そこに根を下ろそうとする。しかし、拍子郞と会い、父親の見舞いに行くことを決心する。その二人の姿を見ながら、拍子郞は「おあさ」とのことを思っていく。
はて、さて、並木拍子郞と「おあさ」はどうなるだろうか。その行く末はこれから書かれていくだろう。
初めに書いたように、このシリーズには、まず設定に無理がない。武家でありながら狂言作家を志す主人公の行く末、そして料理茶屋という町屋の娘との恋の行く末、それらが背骨のように走って、それぞれの事件の顛末がそうした人物の要としての拍子郞の師匠である五瓶との絡みで明らかとなり、そこに当時の芝居の状況や世相が反映され、それらが横糸となって物語が織りなされていく。作者の展開の仕方も作を重ねるごとに見事になっていく。続きが待たれるシリーズになっているのが心憎い。とにもかくにも面白く読める作品である。
2010年2月5日金曜日
松井今朝子『一の富 並木拍子郞種取帳』
冬の晴れた空が広がって、空気が冷ややかに澄んでいる。昨日からどうも少し風邪をひいたようで身体が重くむくんでいる気もするが、昨日、「あざみ野」の山内図書館から借りてきた松井今朝子『一の富 並木拍子郞種取帳』(2001年 角川春樹事務所 2004年 角川文庫)が面白くて、昨夜遅くまで読んでいた。
これは以前に読んだ『二枚目 並木拍子郞種取帳』のシリーズの第1作目で、作者の最初の「捕物帳」ものになるが、この作品の設定のうまさと無理のなさは以前書いた通りで、この作品は1作目だから、北町奉行所同心の次男で、狂言作家並木五瓶の弟子となって、芝居の種となる話を集めるように言われてそれぞれの事件に関係していく主人公の並木拍子郞、彼を弟子とした狂言作家並木五瓶とその妻、近所の料理茶屋のひとり娘で、拍子郞と恋心を育んでいくちゃきちゃきで男まさりの娘などの登場人物がさりげなく紹介されながら、それぞれの事件を通して、親子や夫婦、あるいは人が大切にしなければならない事柄が描かれていく。
最初の「阿吽(あうん)」は、瀬戸物問屋の大店の跡取り問題を絡めながら、その大店の女将と主人の腹違いの弟の不義、そしてその二人による主人の毒殺という事件を、芝居の種探しを命じられた並木拍子郞が知り、その事件の解決のために並木五瓶がそれを芝居仕立てにして上演して真相を明らかにしていくというもので、さすがに、登場人物たちの背景や人格を描き出すために少し硬い感じで物語が展開されているが、暗号の謎解きといったミステリー仕立てもあり、また、芝居作者としての伍平の推理や事件に真直ぐに突っ込んでいく主人公の姿が物語の独自性を広げていくようになっている。
第二話「出合茶屋」は、シリーズの重要な登場人物としての料理茶屋の男まさりのひとり娘「おあさ」が登場し、出合茶屋(今でいうラブホテル)の幽霊騒ぎの真相を確かめるために、並木拍子郞と「おあさ」が客を装ってその出合茶屋に行き、幽霊騒ぎが道ならぬ恋をしたその出合茶屋の娘の仕業であったことを突き止めるという話で、第三話「烏金」は、並木拍子郞の近所の金貸し婆の首つり死体が出たことから、悪態をつかれていた金貸し婆が実はそれほど悪い人間ではないことを知って、それが実は孫娘の亭主による殺人であることを明らかにしていくという話である。
第四話「急用札の男」は、芝居の急用札(緊急呼び出し)を利用した誘拐事件が発生し、その真相を暴いていくというもので、この事件で犯人に人質にとられた「おさわ」を助けるために並木拍子郞は衆人の前で誘拐犯と大立ち回りをし、犯人を捕えるという出来事が起こる。そして、この時、「おさわ」を見染めた江戸でも指折りの材木問屋の若旦那から結婚を申し込まれるという第五話「一の富」へと繋がっていく。
表題作でもある「一の富」は、富くじ(宝くじ)の一等賞のことで、講(仲間)を作って富くじを買い、一獲千金を夢見る芝居の木戸番の姿を背景にしながら、結婚の申し込みによって揺れる「おさわ」の女心を描きながら、「人生の一の富」とは何か、を描き出すものである。
作品にはユーモアもたっぷり盛り込まれている。人生の機微を知る並木五瓶とまじめな性格をもつ並木拍子郞の掛け合い、「おあさ」との掛け合い、伍平夫婦の姿も含蓄に富んでいる。このシリーズとしては三作目の『三世相』という作品が2007年に出ているので、このシリーズは、「一の富」、「二枚目」、「三世相」と数の順番通りに題名がつけられていて、二作目はさらに面白かったので、三作目も充実しているだろうと思われる。
『一の富』の中では、第三話「烏金」と第五話「一の富」が、それぞれに苦労して生きている人間の心情が丹念に描かれ、しかも人間にとって大切なことをさりげなく示していく作者の人間に対する眼差しが表れていて好きな作品となっている。
これは以前に読んだ『二枚目 並木拍子郞種取帳』のシリーズの第1作目で、作者の最初の「捕物帳」ものになるが、この作品の設定のうまさと無理のなさは以前書いた通りで、この作品は1作目だから、北町奉行所同心の次男で、狂言作家並木五瓶の弟子となって、芝居の種となる話を集めるように言われてそれぞれの事件に関係していく主人公の並木拍子郞、彼を弟子とした狂言作家並木五瓶とその妻、近所の料理茶屋のひとり娘で、拍子郞と恋心を育んでいくちゃきちゃきで男まさりの娘などの登場人物がさりげなく紹介されながら、それぞれの事件を通して、親子や夫婦、あるいは人が大切にしなければならない事柄が描かれていく。
最初の「阿吽(あうん)」は、瀬戸物問屋の大店の跡取り問題を絡めながら、その大店の女将と主人の腹違いの弟の不義、そしてその二人による主人の毒殺という事件を、芝居の種探しを命じられた並木拍子郞が知り、その事件の解決のために並木五瓶がそれを芝居仕立てにして上演して真相を明らかにしていくというもので、さすがに、登場人物たちの背景や人格を描き出すために少し硬い感じで物語が展開されているが、暗号の謎解きといったミステリー仕立てもあり、また、芝居作者としての伍平の推理や事件に真直ぐに突っ込んでいく主人公の姿が物語の独自性を広げていくようになっている。
第二話「出合茶屋」は、シリーズの重要な登場人物としての料理茶屋の男まさりのひとり娘「おあさ」が登場し、出合茶屋(今でいうラブホテル)の幽霊騒ぎの真相を確かめるために、並木拍子郞と「おあさ」が客を装ってその出合茶屋に行き、幽霊騒ぎが道ならぬ恋をしたその出合茶屋の娘の仕業であったことを突き止めるという話で、第三話「烏金」は、並木拍子郞の近所の金貸し婆の首つり死体が出たことから、悪態をつかれていた金貸し婆が実はそれほど悪い人間ではないことを知って、それが実は孫娘の亭主による殺人であることを明らかにしていくという話である。
第四話「急用札の男」は、芝居の急用札(緊急呼び出し)を利用した誘拐事件が発生し、その真相を暴いていくというもので、この事件で犯人に人質にとられた「おさわ」を助けるために並木拍子郞は衆人の前で誘拐犯と大立ち回りをし、犯人を捕えるという出来事が起こる。そして、この時、「おさわ」を見染めた江戸でも指折りの材木問屋の若旦那から結婚を申し込まれるという第五話「一の富」へと繋がっていく。
表題作でもある「一の富」は、富くじ(宝くじ)の一等賞のことで、講(仲間)を作って富くじを買い、一獲千金を夢見る芝居の木戸番の姿を背景にしながら、結婚の申し込みによって揺れる「おさわ」の女心を描きながら、「人生の一の富」とは何か、を描き出すものである。
作品にはユーモアもたっぷり盛り込まれている。人生の機微を知る並木五瓶とまじめな性格をもつ並木拍子郞の掛け合い、「おあさ」との掛け合い、伍平夫婦の姿も含蓄に富んでいる。このシリーズとしては三作目の『三世相』という作品が2007年に出ているので、このシリーズは、「一の富」、「二枚目」、「三世相」と数の順番通りに題名がつけられていて、二作目はさらに面白かったので、三作目も充実しているだろうと思われる。
『一の富』の中では、第三話「烏金」と第五話「一の富」が、それぞれに苦労して生きている人間の心情が丹念に描かれ、しかも人間にとって大切なことをさりげなく示していく作者の人間に対する眼差しが表れていて好きな作品となっている。
2010年1月22日金曜日
松井今朝子『二枚目 並木拍子郞種取帳』(2)
予報どおり少し寒い日になった。西高東低の冬型の気圧配置に戻り、寒気団が南下してきているようだ。朝は薄雲りだったが、午後からは晴れてきた。少し詰まっていた仕事を朝から初めて、一段落ついたところでこれを記している。
昨夜、モーツアルトの「小夜曲」や「ピアノソナタ」を聴きながら松井今朝子『二枚目 並木拍子郞種取帳』を読んだ。モーツアルトの曲は、一つ一つが完全にまとまっていて、仰々しくなく、軽いピアノの音が安らぎを与えてくれるとつくづく思う。
『二枚目 並木拍子郞種取帳』の第二話「二枚目」は、芝居の「二枚目」、つまり芝居小屋の右から二枚目の看板にかけられる役者のことで、「二枚目が専ら演じるのは女にもてる色男だが、自身はあくまでも主役ではなく女形の相手役に過ぎない」(73ページ)役者で、その二枚目の役者があまり売れない「三枚目(道化役)」の友人二人にたかられ、強請られ、あげくの果てに人殺しの芝居まで演じられて人を殺したと思いこみ、それを種にまた強請られるという出来事を、事情を調べた並木拍子郞から聞いた五瓶が見事に解決していくという話である。
第三話「見出人(みだしにん)」は、拍子郞と共に五瓶の家に出入りするちゃきちゃきの江戸っ子の料理茶屋の娘のかつて婿養子にするのではないかと言われていた料理人が、女房を殺したかどで捕縛され、その男への思いも少し残っていた娘から真相の究明を依頼された並木拍子郞が五瓶の助言もあってその事件と関わり、料理人が恩人としていた料理茶屋のどら息子がその女房にちょっかいを出し、女房と関係を持ち、女房が関係の冷えた亭主と別れようとすると、今度は邪魔に感じて殺人にまで発展して行ったことを突きとめていく話である。
並木拍子郞は複雑な思いでその事件を解明していくし、料理茶屋の娘の複雑な思いもあるし、外から見れば浮気性のどうしようもない料理人の女房と料理人の思いも単純には割り切れない。そういう割り切れなさが人の思いにはいつもつきまとうが、その姿が事件の解明の過程で明らかに示されていく。
第四話「宴のあと始末」は、芝居小屋で見合いをした米屋の娘が忽然と姿を消した事件に並木拍子郞が関わり、実は見合いの相手であった炭屋の息子と恋仲であった女中の兄が妹を思って、「神隠し」を装って起こした事件であったことを解明していく話で、真相を知っても拍子郞は関わりのあった人々のことを思ってそれを暴露しない。こうした姿で、主人公の並木拍子郞の姿が描き出されていく作品である。
第五話「恋じまい」は、これまで名推量を見せていた狂言作家の並木五瓶自身が、昔溺れこんだ妓楼の女と再会し、再び彼女と逢瀬を重ねていたが、その女が「心中」を装って殺され、その事件に江戸の両替商の悪辣な為替操作が関係していることを拍子郞がつきとめていく話で、五瓶と彼の気さくな女房との関係も壊れかけ、拍子郞はその女房のためにも真相をはっきりさせようとする。
五瓶は、女房も、その殺された女も共に本気で惚れてしもうた、と言う。「どっちの気持ちも真実で、嘘はない。ええ歳をして、愚かな真似をと思うであろうが、老い先短いこの歳になると、他人を好きになるのがだんだんむずかしうなる。そやからこそまた、惚れるという気持ちがわかいときよりもなお大切になる」(271ページ)と言う。女房はそんな亭主を殺したいと思うほど惚れている。そして、関係はぎくしゃくする。
しかし、これは作者が女性だから言わせる言葉ではないかと思う。老いれば、人を好きになるのが難しくなるのは男も女も変わらないにしても。
ともあれ、師走の煤払いの日、五瓶は女から来た手紙を焼き、五瓶の女房も立ち直り、すべての「煤」を払う。そして、すべてを包み込むように綿雪が降り積もっていく。
これらの作品の話の展開のどこにも無理がなく、そして生身の人間の姿が描かれている。文章の切れの良さではなく、構成のうまさが光るし、描かれている人物も生き生きとしている。なかなか読ませる時代推理小説だと思う。小説は、人間が描かれなければ意味がない。深い人間への洞察が具体的な姿として現れる人物像を形成するのは難しい。
しかし、江戸時代の歌舞伎・狂言作者と、武家の出であるがその弟子となる風変りな主人公として探偵役が設定されているこの作品には、人間の情も細やかで、事件の背後にある人の暗さも、共に丁寧に、しかも重くなく描かれているので、真に「うまい」作品なのである。
昨夜、モーツアルトの「小夜曲」や「ピアノソナタ」を聴きながら松井今朝子『二枚目 並木拍子郞種取帳』を読んだ。モーツアルトの曲は、一つ一つが完全にまとまっていて、仰々しくなく、軽いピアノの音が安らぎを与えてくれるとつくづく思う。
『二枚目 並木拍子郞種取帳』の第二話「二枚目」は、芝居の「二枚目」、つまり芝居小屋の右から二枚目の看板にかけられる役者のことで、「二枚目が専ら演じるのは女にもてる色男だが、自身はあくまでも主役ではなく女形の相手役に過ぎない」(73ページ)役者で、その二枚目の役者があまり売れない「三枚目(道化役)」の友人二人にたかられ、強請られ、あげくの果てに人殺しの芝居まで演じられて人を殺したと思いこみ、それを種にまた強請られるという出来事を、事情を調べた並木拍子郞から聞いた五瓶が見事に解決していくという話である。
第三話「見出人(みだしにん)」は、拍子郞と共に五瓶の家に出入りするちゃきちゃきの江戸っ子の料理茶屋の娘のかつて婿養子にするのではないかと言われていた料理人が、女房を殺したかどで捕縛され、その男への思いも少し残っていた娘から真相の究明を依頼された並木拍子郞が五瓶の助言もあってその事件と関わり、料理人が恩人としていた料理茶屋のどら息子がその女房にちょっかいを出し、女房と関係を持ち、女房が関係の冷えた亭主と別れようとすると、今度は邪魔に感じて殺人にまで発展して行ったことを突きとめていく話である。
並木拍子郞は複雑な思いでその事件を解明していくし、料理茶屋の娘の複雑な思いもあるし、外から見れば浮気性のどうしようもない料理人の女房と料理人の思いも単純には割り切れない。そういう割り切れなさが人の思いにはいつもつきまとうが、その姿が事件の解明の過程で明らかに示されていく。
第四話「宴のあと始末」は、芝居小屋で見合いをした米屋の娘が忽然と姿を消した事件に並木拍子郞が関わり、実は見合いの相手であった炭屋の息子と恋仲であった女中の兄が妹を思って、「神隠し」を装って起こした事件であったことを解明していく話で、真相を知っても拍子郞は関わりのあった人々のことを思ってそれを暴露しない。こうした姿で、主人公の並木拍子郞の姿が描き出されていく作品である。
第五話「恋じまい」は、これまで名推量を見せていた狂言作家の並木五瓶自身が、昔溺れこんだ妓楼の女と再会し、再び彼女と逢瀬を重ねていたが、その女が「心中」を装って殺され、その事件に江戸の両替商の悪辣な為替操作が関係していることを拍子郞がつきとめていく話で、五瓶と彼の気さくな女房との関係も壊れかけ、拍子郞はその女房のためにも真相をはっきりさせようとする。
五瓶は、女房も、その殺された女も共に本気で惚れてしもうた、と言う。「どっちの気持ちも真実で、嘘はない。ええ歳をして、愚かな真似をと思うであろうが、老い先短いこの歳になると、他人を好きになるのがだんだんむずかしうなる。そやからこそまた、惚れるという気持ちがわかいときよりもなお大切になる」(271ページ)と言う。女房はそんな亭主を殺したいと思うほど惚れている。そして、関係はぎくしゃくする。
しかし、これは作者が女性だから言わせる言葉ではないかと思う。老いれば、人を好きになるのが難しくなるのは男も女も変わらないにしても。
ともあれ、師走の煤払いの日、五瓶は女から来た手紙を焼き、五瓶の女房も立ち直り、すべての「煤」を払う。そして、すべてを包み込むように綿雪が降り積もっていく。
これらの作品の話の展開のどこにも無理がなく、そして生身の人間の姿が描かれている。文章の切れの良さではなく、構成のうまさが光るし、描かれている人物も生き生きとしている。なかなか読ませる時代推理小説だと思う。小説は、人間が描かれなければ意味がない。深い人間への洞察が具体的な姿として現れる人物像を形成するのは難しい。
しかし、江戸時代の歌舞伎・狂言作者と、武家の出であるがその弟子となる風変りな主人公として探偵役が設定されているこの作品には、人間の情も細やかで、事件の背後にある人の暗さも、共に丁寧に、しかも重くなく描かれているので、真に「うまい」作品なのである。
2010年1月21日木曜日
松井今朝子『二枚目 並木拍子郞種取帳』(1)
大寒の昨日から15度を越える温かい日が続いているが、今日は重い雲が広がっている。明日からまた寒くなるらしい。節分までは寒いかもしれない。春を思わせる暖かい日は嬉しいが、気温の変化が極端になっている。昨夜、遅くまで仕事をしていたせいか、今朝は眠い。「春眠」といけばいいのだが、そうもいかないだろう。
一昨日から松井今朝子『二枚目 並木拍子郞種取帳』(2003年 角川春樹事務所)を読んでいる。この作者の作品で最初に読んだのが江戸時代の戯作者十返舎一九の前半生を描いた『そろそろ旅に』(2008年 講談社)で、江戸で戯作者となるまでに変転の多かった十返舎一九の姿が比較的シリアスな面も含めて描かれており、十返舎一九の苦悩もよく読みとれたので、そういう作風だろうと思っていたが、『二枚目 並木拍子郞種取帳』は軽妙な語り口(文体)で、この作者のまったく違った力量を知ることができる作品である。
この作品には前作『一の富 並木拍子郞種取帳』(2001年 角川春樹事務所)があり、本作でも前作をにおわせる記述があるが、前作を読まなくても十分に面白い短編連作になっている。何よりも、主人公並木拍子郞の設定に無理がなく、並木拍子郞は、本名を筧兵四郎(かけい ひょうしろう)という北町奉行所の与力の次男であるが、歌舞伎と狂言の人気作者並木五瓶(なみき ごへい)に弟子入りし、狂言作者を目指す青年で、市井の噂話や事件を拾い集めて芝居の「種」にすることを師匠から命じられ、様々な事件に関与して行くという設定になっている。
奉行所の与力の次男ということで事件への好奇心も旺盛で、彼が調べてきた事件を、さながらロッキングチェアー探偵よろしく師匠の五瓶の名推理と共に奔走して解決していくという筋立てで、五瓶と拍子郞は、さながら推理者と実地検証者のような名コンビとして事件の解決にあたる推理小説の形で物語が展開されている。
また、歌舞伎や狂言については、作者は専門的な知識を持っており、それが芝居の作者としての五瓶の姿や生活に反映されているので、当時の芝居の置かれた状況を背景として、人物が生き生きとしており、彼の家族や拍子郞が少し思いを寄せている料理茶屋のひとり娘のちゃきちゃきとした江戸っ子気質、並木拍子郞とその娘の恋の行方など伏線もあって、構成のしっかりした作品になっている。
平易な文体で、しかも読ませる作品は、何よりも作品の構成がしっかりしていないとつまらないものになってしまいがちだが、この作品には全体に無理がないように人物の設定がはじめからされており、しっかりした構成の中で物語が展開されているので、まことに「うまい」という言葉がぴったりするような作品になっているように思われる。
第一話「輪廻の家」は、さりげなく登場人物たちの紹介を織り込みながら、老舗の材木問屋の数代に渡る「祟り」をめぐって、「家という重荷を背負わされた」(63ページ)母と娘の葛藤を描いたもので、人の心の奥底に潜むどろどろとした思いが軽妙な筆使いで描かれていく。並木拍子郞は五瓶の推理と共にそれを明らかにしていく。そして、それが明らかになることによって、「祟り」の中に置かれていた材木問屋の家族が解放されていくのである。もちろんここには、早くに夫を亡くした母の悲しみや淋しさ、出来の良い婿をもらった娘への思い、娘婿に対する思い、そして夫婦のあり方などが巧みに描き出されている。そして、読後感の清涼さもきちんと織り込まれている。
昨夜はなんとなく疲れを覚えていたのか、面白いのだが、この第一話までしか読むことができなかった。この人の作品は、歌舞伎などのかなりの専門的な知識を必要とする作品が多く、手を伸ばしにくかったのだが、それはわたしの勝手な先入観だった。今夜また続きを読んでみよう。
一昨日から松井今朝子『二枚目 並木拍子郞種取帳』(2003年 角川春樹事務所)を読んでいる。この作者の作品で最初に読んだのが江戸時代の戯作者十返舎一九の前半生を描いた『そろそろ旅に』(2008年 講談社)で、江戸で戯作者となるまでに変転の多かった十返舎一九の姿が比較的シリアスな面も含めて描かれており、十返舎一九の苦悩もよく読みとれたので、そういう作風だろうと思っていたが、『二枚目 並木拍子郞種取帳』は軽妙な語り口(文体)で、この作者のまったく違った力量を知ることができる作品である。
この作品には前作『一の富 並木拍子郞種取帳』(2001年 角川春樹事務所)があり、本作でも前作をにおわせる記述があるが、前作を読まなくても十分に面白い短編連作になっている。何よりも、主人公並木拍子郞の設定に無理がなく、並木拍子郞は、本名を筧兵四郎(かけい ひょうしろう)という北町奉行所の与力の次男であるが、歌舞伎と狂言の人気作者並木五瓶(なみき ごへい)に弟子入りし、狂言作者を目指す青年で、市井の噂話や事件を拾い集めて芝居の「種」にすることを師匠から命じられ、様々な事件に関与して行くという設定になっている。
奉行所の与力の次男ということで事件への好奇心も旺盛で、彼が調べてきた事件を、さながらロッキングチェアー探偵よろしく師匠の五瓶の名推理と共に奔走して解決していくという筋立てで、五瓶と拍子郞は、さながら推理者と実地検証者のような名コンビとして事件の解決にあたる推理小説の形で物語が展開されている。
また、歌舞伎や狂言については、作者は専門的な知識を持っており、それが芝居の作者としての五瓶の姿や生活に反映されているので、当時の芝居の置かれた状況を背景として、人物が生き生きとしており、彼の家族や拍子郞が少し思いを寄せている料理茶屋のひとり娘のちゃきちゃきとした江戸っ子気質、並木拍子郞とその娘の恋の行方など伏線もあって、構成のしっかりした作品になっている。
平易な文体で、しかも読ませる作品は、何よりも作品の構成がしっかりしていないとつまらないものになってしまいがちだが、この作品には全体に無理がないように人物の設定がはじめからされており、しっかりした構成の中で物語が展開されているので、まことに「うまい」という言葉がぴったりするような作品になっているように思われる。
第一話「輪廻の家」は、さりげなく登場人物たちの紹介を織り込みながら、老舗の材木問屋の数代に渡る「祟り」をめぐって、「家という重荷を背負わされた」(63ページ)母と娘の葛藤を描いたもので、人の心の奥底に潜むどろどろとした思いが軽妙な筆使いで描かれていく。並木拍子郞は五瓶の推理と共にそれを明らかにしていく。そして、それが明らかになることによって、「祟り」の中に置かれていた材木問屋の家族が解放されていくのである。もちろんここには、早くに夫を亡くした母の悲しみや淋しさ、出来の良い婿をもらった娘への思い、娘婿に対する思い、そして夫婦のあり方などが巧みに描き出されている。そして、読後感の清涼さもきちんと織り込まれている。
昨夜はなんとなく疲れを覚えていたのか、面白いのだが、この第一話までしか読むことができなかった。この人の作品は、歌舞伎などのかなりの専門的な知識を必要とする作品が多く、手を伸ばしにくかったのだが、それはわたしの勝手な先入観だった。今夜また続きを読んでみよう。
2010年1月4日月曜日
松井今朝子『そろそろ旅に』(2)
朝はまだら模様の灰色の雲に覆われて、まさに冬の重い空を感じさせたが、午後からは晴れてきた。年末に使った布団を干したり、カバーを洗濯したり、掃除をしたりしていると午後3時になってしまった。
昨夜はK氏宅にお招きを受けて、本当に楽しい時を過ごすことができた。K氏はロシア文学を専攻された後、ある電機会社に勤めておられて、高橋和巳や埴谷雄高、ドストエフスキーなどを愛読されて、わたしと読書傾向が似ているので、話をしていてとても楽しいし、ジャズマンでもある。奥様のUさんは英語を教えられるかたわらヴァイオリニストでもあるし、双子の姉弟のSちゃんとSTくんも、いまどき珍しい好少年少女で、Sちゃんはヴァイオリンが堪能で、中学校でオーケストラをやっており、STくんは囲碁と合気道を学んでいる。昨夜はジャズで演奏されたバッハなども聴かせてもらった。
わたしも囲碁が好きなので、昨夜はさっそく哲志くんと一局囲んだりした。御家族と話をしていると、時間の経つのも忘れるくらい楽しくて、気がつくと10時を廻ってしまっていた。遅くまでご迷惑だったかもしれないが、心底楽しかった。
帰宅して松井今朝子『そろそろ旅に』を読んだが、少し酔っていたのと眠いのとで、あまり進まなかった。ただ、非常に面白いと思ったのは、十返舎一九が次第に浄瑠璃の世界に関心を持ち始めて、武家奉公を止めようとするくだりで、その描き方に作者の文学への思いも反映されているように思えたことである。
「田沼から白河候の治世に移り、岩瀬(武家奉公の同僚で遊び好き)が江戸に去って、小田切家(十返舎一九が務める大阪町奉行)の勤めがだんだん窮屈となるにつれて、与七郎(十返舎一九)はともすれば異国(浄瑠璃の世界)への誘いに心を強く揺さぶられてしまうのである」(146ページ)と、その心情が述べられている。そして、「世の中の手本となるような立派な武士は願い下げだ。商いに手を染めたら、きっと儲けるより損がいくだろう。何がしたいといえば、そこら中をうろうろと歩きまわって、時にぼんやり景色を眺める。行き交う人とののんびり馬鹿話をして、時に気が向けば筆を取る。毎日あくせくと働かずに暮らせて、美しい女房が側にいてくれたらもうそれで何も申し分ない」(148-149ページ)と語られる。
こうした十返舎一九の心情は、彼が格式ばった武家を嫌い、自由人でありたいと願った姿として描き出されるものであろう。作品の中では、彼を家臣にしていた大坂町奉行の小田切直年はこうした十返舎一九の心情をよく理解して、彼のもとを去ることを快くゆるしていく人物として描かれている。
実際のところ、小田切直年は、江戸北町奉行所の名奉行のひとりに数えられ、彼が大坂町奉行だったのは1783-1792年で、一説では十返舎一九の実の父親ではないかとの説もあるが、確証はなく、本作品でもその説は取り入れられていないが、十返舎一九の夢見るような気ままな性格をよく理解する人物であったとは言えるかもしれない。
十返舎一九は、その小田切家のゆるしを得て、やがて大阪の材木商の入婿となるが、かといって材木商としての働きにも熱が入らずに、人形浄瑠璃の作者として『木下陰狭間合戦』の一部を執筆するようになるのである。作者が描く十返舎一九像は、どこまでも才能豊かであるが物事にこだわらずに、洒落て生きていく人間である。
彼が、入婿となった材木商から離縁されていくくだりは、これから読むところである。少し薬局に行ったり買い物をしたりしなければならないので、今日のところはここまでにしておこう。明日から三日間は都内で会議である。
昨夜はK氏宅にお招きを受けて、本当に楽しい時を過ごすことができた。K氏はロシア文学を専攻された後、ある電機会社に勤めておられて、高橋和巳や埴谷雄高、ドストエフスキーなどを愛読されて、わたしと読書傾向が似ているので、話をしていてとても楽しいし、ジャズマンでもある。奥様のUさんは英語を教えられるかたわらヴァイオリニストでもあるし、双子の姉弟のSちゃんとSTくんも、いまどき珍しい好少年少女で、Sちゃんはヴァイオリンが堪能で、中学校でオーケストラをやっており、STくんは囲碁と合気道を学んでいる。昨夜はジャズで演奏されたバッハなども聴かせてもらった。
わたしも囲碁が好きなので、昨夜はさっそく哲志くんと一局囲んだりした。御家族と話をしていると、時間の経つのも忘れるくらい楽しくて、気がつくと10時を廻ってしまっていた。遅くまでご迷惑だったかもしれないが、心底楽しかった。
帰宅して松井今朝子『そろそろ旅に』を読んだが、少し酔っていたのと眠いのとで、あまり進まなかった。ただ、非常に面白いと思ったのは、十返舎一九が次第に浄瑠璃の世界に関心を持ち始めて、武家奉公を止めようとするくだりで、その描き方に作者の文学への思いも反映されているように思えたことである。
「田沼から白河候の治世に移り、岩瀬(武家奉公の同僚で遊び好き)が江戸に去って、小田切家(十返舎一九が務める大阪町奉行)の勤めがだんだん窮屈となるにつれて、与七郎(十返舎一九)はともすれば異国(浄瑠璃の世界)への誘いに心を強く揺さぶられてしまうのである」(146ページ)と、その心情が述べられている。そして、「世の中の手本となるような立派な武士は願い下げだ。商いに手を染めたら、きっと儲けるより損がいくだろう。何がしたいといえば、そこら中をうろうろと歩きまわって、時にぼんやり景色を眺める。行き交う人とののんびり馬鹿話をして、時に気が向けば筆を取る。毎日あくせくと働かずに暮らせて、美しい女房が側にいてくれたらもうそれで何も申し分ない」(148-149ページ)と語られる。
こうした十返舎一九の心情は、彼が格式ばった武家を嫌い、自由人でありたいと願った姿として描き出されるものであろう。作品の中では、彼を家臣にしていた大坂町奉行の小田切直年はこうした十返舎一九の心情をよく理解して、彼のもとを去ることを快くゆるしていく人物として描かれている。
実際のところ、小田切直年は、江戸北町奉行所の名奉行のひとりに数えられ、彼が大坂町奉行だったのは1783-1792年で、一説では十返舎一九の実の父親ではないかとの説もあるが、確証はなく、本作品でもその説は取り入れられていないが、十返舎一九の夢見るような気ままな性格をよく理解する人物であったとは言えるかもしれない。
十返舎一九は、その小田切家のゆるしを得て、やがて大阪の材木商の入婿となるが、かといって材木商としての働きにも熱が入らずに、人形浄瑠璃の作者として『木下陰狭間合戦』の一部を執筆するようになるのである。作者が描く十返舎一九像は、どこまでも才能豊かであるが物事にこだわらずに、洒落て生きていく人間である。
彼が、入婿となった材木商から離縁されていくくだりは、これから読むところである。少し薬局に行ったり買い物をしたりしなければならないので、今日のところはここまでにしておこう。明日から三日間は都内で会議である。
2010年1月2日土曜日
松井今朝子『そろそろ旅に』(1)
新しい年が冷厳の風と共に始まった。日本海側と西日本は大雪の荒れた天気となったが、こちらはよく晴れて、そのぶんひどく寒くなっている。穏やかだが厳しい年明けである。社会全体もそんな気がする。
個人的には、年末に娘たちが神戸から来てくれたり、大好きな『のだめカンタービレ』のアニメ版全話が大晦日から元旦にかけてBSフジテレビで放映されたり、片づけてしまわなければならない仕事に追われたりして、結構楽しんだが、心のどこかに社会と人々に対する「やりきれなさ」があって、「如何せん」と思い続けてはいる。昨日の午後は、年賀状をくださった方々のひとりひとりを思い浮かべながら、年賀状を出されなくなった人たちはどうされているのだろう、と思ったりしていた。
大晦日から元旦にかけて、松井今朝子『そろそろ旅に』(2008年 講談社)を読んでいる。
松井今朝子という人の作品は初めて読むのだが、書物の奥付によれば、1953年京都府生まれで、歌舞伎の脚色や評論などをし、1997年に『東州しゃらくさし』で作家としてデビューし、2007年に『吉原手引草』で第137回直木賞を受賞した作家らしい。自身のブログもあって、それを読んでみると、三軒茶屋にあるレストランの名前がたくさん出てくるので、もしかしたらこの近くの三軒茶屋に住んでおられるような気もする。
『そろそろ旅に』は、江戸時代後期に文筆活動を展開し、『東海道中膝栗毛』で著名な十返舎一九(1765-1831年)を取り扱った作品で、十返舎一九は、本名重田貞一(しげた さだかつ)、幼名市丸、通称与七、幾五郎などがあり、本書では重田与七郎とされている。
十返舎一九自身がけっこう波乱の生涯を送った人で、武士の子として生まれ、江戸や大坂で武家奉公したが、武士をやめて、大阪では義太夫語りの家に寄食したり、志野流の香道を学んだり、材木商に入り婿したりしているし(この材木商では離縁されている)、江戸では黄表紙本の出版元として著名な蔦屋重三郎の家に寄食したり、地本問屋(現:出版社)の会所(現:組合事務所のような所)に住んだりしている。二度目の結婚も放蕩のために離縁され、三度目の結婚で一女をもうけている。
彼は、年に20部近くになる新作を発表するなど精力的な文筆活動を展開するが、46歳の時に眼病を患い、58歳で中風にかかり、67歳で貧苦のうちに死去している。彼の辞世の句が「此世をば どりやおいとまに せん香と ともにつひには 灰左様なら」(この世をば、どりゃあ おいとませんこうと ともについには はい、さようなら)というのは著名で、わたしも自分の論文でこの句を使ったりしたことがある。
松井今朝子『そろそろ旅に』は、この十返舎一九が郷里の駿河(静岡県)から大阪に出て武家奉公するところから物語が始まり、やがて材木商と知り合って志野流の香道を学び、その材木商に入り婿していく姿が描かれていく。
松井今朝子が描く武家としての十返舎一九は、結構「かっこいい」武士として描かれている。彼は、「無辺流槍術」(今は棒術として知られる)の名手であり、あまり身分なども気にせずに気さくで、困った者を見捨てることもできない人情ある人物で、材木商と知り合ったのもその娘の難儀を槍の立ち回りに寄って助けたことに寄るものであり、勤め先の武家でも、物事にこだわることなく振る舞う。
こういう十返舎一九の姿は、「少しかっこう良すぎる」ような気もするが、作者は、すっきりと彼を面白く描きたいと思っているのかもしれない。松井今朝子の他の作品も読んでいないし、この作品もまだ途中だが、この作品の文体に艶はない。もちろん、時代や社会背景についてなどの歴史的考察はきちんとしているが、十返舎一九が優れた能力の持ち主すぎるような気がするのである。
この作品の「エピローグ」に、
「生涯に渡って少なくとも十七回以上の旅をした記録が残る一九は、どこに行ってもその土地にすんなり溶け込めたであろうことが想像に難くない。
若いときから、好奇心の赴くままに、どこへ行こうが、何をしようが、だれと一緒に暮らそうが、そのつどそこに馴染んでいるかに見せながら、時が来れば何もかもさらりと捨てておさらばできた男は、いうなれば永遠の旅人だったのだろう」(477ページ)
とあるので、執着心なく生き抜けた人物として描きたかったのだろうと思われる。
しかし、まだ全体を読了していないので、何とも言えないが、段々と面白くなっていく作品ではある。
それにしても、年明け早々にしなければならない仕事を4年の任期で引き受けてしまっているので、身動きが取れない。友人のT牧師から「温泉にでも行きませんか」と誘われたがどうにもならない。お正月は温泉に限る、とは思うが、雑煮でも作って食べることにしよう。
個人的には、年末に娘たちが神戸から来てくれたり、大好きな『のだめカンタービレ』のアニメ版全話が大晦日から元旦にかけてBSフジテレビで放映されたり、片づけてしまわなければならない仕事に追われたりして、結構楽しんだが、心のどこかに社会と人々に対する「やりきれなさ」があって、「如何せん」と思い続けてはいる。昨日の午後は、年賀状をくださった方々のひとりひとりを思い浮かべながら、年賀状を出されなくなった人たちはどうされているのだろう、と思ったりしていた。
大晦日から元旦にかけて、松井今朝子『そろそろ旅に』(2008年 講談社)を読んでいる。
松井今朝子という人の作品は初めて読むのだが、書物の奥付によれば、1953年京都府生まれで、歌舞伎の脚色や評論などをし、1997年に『東州しゃらくさし』で作家としてデビューし、2007年に『吉原手引草』で第137回直木賞を受賞した作家らしい。自身のブログもあって、それを読んでみると、三軒茶屋にあるレストランの名前がたくさん出てくるので、もしかしたらこの近くの三軒茶屋に住んでおられるような気もする。
『そろそろ旅に』は、江戸時代後期に文筆活動を展開し、『東海道中膝栗毛』で著名な十返舎一九(1765-1831年)を取り扱った作品で、十返舎一九は、本名重田貞一(しげた さだかつ)、幼名市丸、通称与七、幾五郎などがあり、本書では重田与七郎とされている。
十返舎一九自身がけっこう波乱の生涯を送った人で、武士の子として生まれ、江戸や大坂で武家奉公したが、武士をやめて、大阪では義太夫語りの家に寄食したり、志野流の香道を学んだり、材木商に入り婿したりしているし(この材木商では離縁されている)、江戸では黄表紙本の出版元として著名な蔦屋重三郎の家に寄食したり、地本問屋(現:出版社)の会所(現:組合事務所のような所)に住んだりしている。二度目の結婚も放蕩のために離縁され、三度目の結婚で一女をもうけている。
彼は、年に20部近くになる新作を発表するなど精力的な文筆活動を展開するが、46歳の時に眼病を患い、58歳で中風にかかり、67歳で貧苦のうちに死去している。彼の辞世の句が「此世をば どりやおいとまに せん香と ともにつひには 灰左様なら」(この世をば、どりゃあ おいとませんこうと ともについには はい、さようなら)というのは著名で、わたしも自分の論文でこの句を使ったりしたことがある。
松井今朝子『そろそろ旅に』は、この十返舎一九が郷里の駿河(静岡県)から大阪に出て武家奉公するところから物語が始まり、やがて材木商と知り合って志野流の香道を学び、その材木商に入り婿していく姿が描かれていく。
松井今朝子が描く武家としての十返舎一九は、結構「かっこいい」武士として描かれている。彼は、「無辺流槍術」(今は棒術として知られる)の名手であり、あまり身分なども気にせずに気さくで、困った者を見捨てることもできない人情ある人物で、材木商と知り合ったのもその娘の難儀を槍の立ち回りに寄って助けたことに寄るものであり、勤め先の武家でも、物事にこだわることなく振る舞う。
こういう十返舎一九の姿は、「少しかっこう良すぎる」ような気もするが、作者は、すっきりと彼を面白く描きたいと思っているのかもしれない。松井今朝子の他の作品も読んでいないし、この作品もまだ途中だが、この作品の文体に艶はない。もちろん、時代や社会背景についてなどの歴史的考察はきちんとしているが、十返舎一九が優れた能力の持ち主すぎるような気がするのである。
この作品の「エピローグ」に、
「生涯に渡って少なくとも十七回以上の旅をした記録が残る一九は、どこに行ってもその土地にすんなり溶け込めたであろうことが想像に難くない。
若いときから、好奇心の赴くままに、どこへ行こうが、何をしようが、だれと一緒に暮らそうが、そのつどそこに馴染んでいるかに見せながら、時が来れば何もかもさらりと捨てておさらばできた男は、いうなれば永遠の旅人だったのだろう」(477ページ)
とあるので、執着心なく生き抜けた人物として描きたかったのだろうと思われる。
しかし、まだ全体を読了していないので、何とも言えないが、段々と面白くなっていく作品ではある。
それにしても、年明け早々にしなければならない仕事を4年の任期で引き受けてしまっているので、身動きが取れない。友人のT牧師から「温泉にでも行きませんか」と誘われたがどうにもならない。お正月は温泉に限る、とは思うが、雑煮でも作って食べることにしよう。
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