2010年2月5日金曜日

松井今朝子『一の富 並木拍子郞種取帳』

 冬の晴れた空が広がって、空気が冷ややかに澄んでいる。昨日からどうも少し風邪をひいたようで身体が重くむくんでいる気もするが、昨日、「あざみ野」の山内図書館から借りてきた松井今朝子『一の富 並木拍子郞種取帳』(2001年 角川春樹事務所 2004年 角川文庫)が面白くて、昨夜遅くまで読んでいた。

 これは以前に読んだ『二枚目 並木拍子郞種取帳』のシリーズの第1作目で、作者の最初の「捕物帳」ものになるが、この作品の設定のうまさと無理のなさは以前書いた通りで、この作品は1作目だから、北町奉行所同心の次男で、狂言作家並木五瓶の弟子となって、芝居の種となる話を集めるように言われてそれぞれの事件に関係していく主人公の並木拍子郞、彼を弟子とした狂言作家並木五瓶とその妻、近所の料理茶屋のひとり娘で、拍子郞と恋心を育んでいくちゃきちゃきで男まさりの娘などの登場人物がさりげなく紹介されながら、それぞれの事件を通して、親子や夫婦、あるいは人が大切にしなければならない事柄が描かれていく。

 最初の「阿吽(あうん)」は、瀬戸物問屋の大店の跡取り問題を絡めながら、その大店の女将と主人の腹違いの弟の不義、そしてその二人による主人の毒殺という事件を、芝居の種探しを命じられた並木拍子郞が知り、その事件の解決のために並木五瓶がそれを芝居仕立てにして上演して真相を明らかにしていくというもので、さすがに、登場人物たちの背景や人格を描き出すために少し硬い感じで物語が展開されているが、暗号の謎解きといったミステリー仕立てもあり、また、芝居作者としての伍平の推理や事件に真直ぐに突っ込んでいく主人公の姿が物語の独自性を広げていくようになっている。

 第二話「出合茶屋」は、シリーズの重要な登場人物としての料理茶屋の男まさりのひとり娘「おあさ」が登場し、出合茶屋(今でいうラブホテル)の幽霊騒ぎの真相を確かめるために、並木拍子郞と「おあさ」が客を装ってその出合茶屋に行き、幽霊騒ぎが道ならぬ恋をしたその出合茶屋の娘の仕業であったことを突き止めるという話で、第三話「烏金」は、並木拍子郞の近所の金貸し婆の首つり死体が出たことから、悪態をつかれていた金貸し婆が実はそれほど悪い人間ではないことを知って、それが実は孫娘の亭主による殺人であることを明らかにしていくという話である。

 第四話「急用札の男」は、芝居の急用札(緊急呼び出し)を利用した誘拐事件が発生し、その真相を暴いていくというもので、この事件で犯人に人質にとられた「おさわ」を助けるために並木拍子郞は衆人の前で誘拐犯と大立ち回りをし、犯人を捕えるという出来事が起こる。そして、この時、「おさわ」を見染めた江戸でも指折りの材木問屋の若旦那から結婚を申し込まれるという第五話「一の富」へと繋がっていく。

 表題作でもある「一の富」は、富くじ(宝くじ)の一等賞のことで、講(仲間)を作って富くじを買い、一獲千金を夢見る芝居の木戸番の姿を背景にしながら、結婚の申し込みによって揺れる「おさわ」の女心を描きながら、「人生の一の富」とは何か、を描き出すものである。

 作品にはユーモアもたっぷり盛り込まれている。人生の機微を知る並木五瓶とまじめな性格をもつ並木拍子郞の掛け合い、「おあさ」との掛け合い、伍平夫婦の姿も含蓄に富んでいる。このシリーズとしては三作目の『三世相』という作品が2007年に出ているので、このシリーズは、「一の富」、「二枚目」、「三世相」と数の順番通りに題名がつけられていて、二作目はさらに面白かったので、三作目も充実しているだろうと思われる。

 『一の富』の中では、第三話「烏金」と第五話「一の富」が、それぞれに苦労して生きている人間の心情が丹念に描かれ、しかも人間にとって大切なことをさりげなく示していく作者の人間に対する眼差しが表れていて好きな作品となっている。

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