2010年2月10日水曜日

佐藤雅美『老博奕打ち 物書同心居眠り紋蔵』(1)

 昨日の天気は、この時季としては異常なほどの高温で、生暖かい風が吹いて春の陽気となったが、今日は曇った空から冷たい風が吹き下ろしている。朝から気ぜわしい感じで幕が開け、しようと思っていたことができないままに時が過ぎていく。わたしの今の日常はこんな日が多いのだが、いつになっても慣れないなぁ、と思ったりもする。

 昨夜から、佐藤雅美『老博奕打ち 物書同心居眠り紋蔵』(2001年 講談社)を読んでいる。これはこのシリーズの5作目で、以前に『密約』と『白い息』を読んでおり、面白く読んでいるシリーズである。

 南町奉行所の例繰方同心を務める藤木紋蔵は、当然居眠りに陥るという奇病のため「居眠り紋蔵」と呼ばれているが、過去の判例(例繰方はその判例を調べて事件の判決を導く)に関する知識と推理力は抜群で、その知識と観察眼を用いて事件を解決していく人物で、奇病のためにいつ首になってもおかしくない状況を戦々恐々としながらも卓越した推理を発揮していく。

 『老博奕打ち』には「早とちり」、「老博奕打ち」、「金吾の口約束」、「春間近し」、「握られた弱み」、「呪われた小僧」、「烈女お久万」、「伝六と鰻切手」の8編が収められている。

 第一話「早とちり」は、やり手の薬種問屋「奈良屋」の家の出格子が規定以上だったのをとがめられ、藤木紋蔵が親しくしている料理屋の包丁人頭から何とかならないかと依頼されて、過去の事例から無理だと言いつつも気になって調べた藤木紋蔵が、その家の近くで起きた殺人事件と薬種問屋への脅迫事件との関連で、薬種問屋が広東人参の盗品買いをしていたことを突きとめていく話である。

 第二話「老博奕打ち」は、藤木紋蔵が親しくしている「六尺手回り(口入屋-就職斡旋)」の頭「捨吉」から、捨吉が尊敬している老博奕打ちが殺しを示唆したかどで北町奉行所に捕えられ、老博奕打ちはそんな人間ではないから冤罪だと訴えられ、紋蔵が事件の真相を探っていくと、捕えた北町奉行所の出世頭の同心と悪知恵を働かせていた大名家の弟が結託して私腹を肥やすために仕組んだことが分かり、冤罪を晴らすが、放免された老博奕打ちが自分をはめた北町奉行所同心と大名家の弟に怨みを晴らしていくという話である。

 第三話「金吾の口約束」は、襲われて怪我をしたと訴えた事件で、訴えられた相手が自分のアリバイを話せないということになり、それを調べることになった紋蔵が、実はアリバイを証明しない男が大名家の不始末(当主の三男が女中に手をつけ、捨てた)を種に大名家を強請っていたことを突きとめ、それを明らかにしていくが町奉行はそれを老中水野出羽守に伝え、事件を暴露せずに大名家の弱みを握っていくことになったということ結末となる。ここには、その事件のほかに安い地酒にブランド銘酒のラベルを貼って荒稼ぎをしていた事件を紋蔵の観察から察した同僚の同心「金吾」が、酒問屋組合からの礼金のために解決していくという事件も描かれており、金吾は紋蔵にお礼をすると口約束するという話もあって、第三話の表題となっている。

 作者の佐藤雅美は、どの作品でも実際の生活のレベルから物語を進めるので、当時の同心たちが貧しい扶持(給料)の中で、付け届けなどによって生活を成り立たせていた実情をいかんなく記し、それが物語を展開させていく。「金吾の口約束」もそうした背景が巧みに取り入れられている。

 第四話「春間近し」は、70歳を越える掏摸(すり)の元締めを逮捕し、これを石抱き(石を抱かせて自白させる)にすることを問い合わせた吟味与力に対して秀才の目付が知識をひけらかせて中止にし、捕えられた男も掏摸の元締めなどではないということになって、吟味与力は責任を取って職を辞そうとするのが話の骨格である。しかし、藤木紋蔵の名推理で、逮捕された男は本当に掏摸の元締めであることが判明する。彼を捕えた同心の責任を取って辞めようとした吟味与力は意地を通してやめようとするが、紋蔵の上役で紋蔵のよき理解者である峰屋鉄五郎の情のある説得を受け入れていくのである。

 ここには「人を生かす」という姿勢をもつ紋蔵の理解者の峰屋鉄五郎と紋蔵の姿がよく描かれている。

 第五話「握られた弱み」は、美人で有名な糸屋の娘が惚れて関係した鳶職の男が喧嘩で相手を傷つけた罪で投獄され、その罪を減じるために放火をするが(火事の時に一時囚人は釈放され、戻って来ると罪が減じられた)、6歳の子どもに目撃される。その目撃の信憑性をめぐって議論が起こったりするが、証言した6歳の子どもとその父親の行状が暴かれ、娘は無罪となり、鳶職の男も冤罪だということが分かる。しかし、実際は6歳の子どもの証言どおり娘は放火しており、その子どもに弱みを握られて娘は過ごさなければならないという結末となる。

 昨夜はここまでしか読んでいないが、この時代の判例集などをよく調べて、その実情が反映されており、それらが生活者の目を通して語られているので、読んでいて「なるほど」と思うところもあり、また、主人公の人柄も、観察眼や推理力は鋭く、真直ぐに事件に関わってはいくが、物事に拘泥しないさっぱりとしたところがあって、事件の顛末もあっさりと描かれるので、読んでいて面白い。

 このシリーズは全部で9作品あるので、ほかの作品も一読したいと思っている。

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