2011年11月25日金曜日

火坂雅志『骨董屋征次郎京暦』

霜月も押し詰まってくると、めっきり冬らしくなり、朝晩の冷え込みも激しくなる。都内の会議などで遅く帰宅すると部屋が冷え切り「おお、寒!」と思わず口走ったりする。この2~3日は冬型の気圧配置で晴れてはいるが気温は低い。数日前に、霙か雹がバラバラと降り驚いたりした。

 このところ明治初期を取り扱った作品を続けて読んでいるが、明治維新はすべての価値観の大転換をもたらし、あまり優れてもいない薩長の人たちが現代日本の中途半端な構造をほぼ作ってしまった功罪があるので、これが大きな問題だったと思っているが、それでもまだ、混乱と貧苦にあえぎながらも「志」や「矜持」というのを人が大切にした時代ではあっただろう。日本の社会ということを考えるときには、あのあたりから問い直す必要があるとは思っている。

 そういう中で、同じく明治初期の頃の京都を舞台にした火坂雅志『骨董屋征次郎京暦』(2004年 実業之日本社)を面白く読んだ。前作の『骨董屋征次郎手控』(2001年 実業之日本社)は、幕末のころの京都を背景にしていた。前作を読んだのはいつだろうかと思って調べてみたら、昨年の10月5日で、一年ぶりに続編を読んだことになる。

 「骨董屋征次郎」は、幕末のころ、京都の八坂塔下の夢見坂に骨董屋「遊壷堂」を開いている主人公の柚木征次郎が、骨董の売買に絡むいくつかの事件に関わっていく話で、短編連作の形式が採られながらも、物語が続いていく構成になっている。

 主人公の征次郎は、金沢前田家の武家の息子であったが、父親が藩主の骨董の売買に絡む詐欺事件で自死した後、骨董品の目利きの修行をして、優れた真贋を見抜く力を発揮し、骨董の売買に絡む裏事情を明らかにしていくというものである。骨董は高価なだけに、そこには様々な歴史と事情が渦巻いている。そういう中で、真贋を見抜く目だけが頼りであり、勢い、本物と偽物という問題が浮上してくるのである。征次郎には芸妓の「小染」という恋人がいるが、彼女との結婚に悩みながらも、骨董商売を通して「本物」を目指していくのである。

 本作には「敦盛」、「わくら葉」、「海の音」、「五条坂」、「鴨川」、「仇討ち」、「冴ゆる月」、「夢見坂」の8編が記され、一応の完結編となっている。

 「敦盛」は、征次郎の友人であり、店を持たずに骨董の売買をして稼いでいる兼吉が一人の武士を骨董商売の見習いとして連れてくるところから始まり、武士は佐伯逸馬と名乗り、武士を辞め、両刀をすてて骨董屋になりたいという。彼の骨董品を見る目もかなりなものがあり、征次郎は逸馬を引き受けて骨董商売のあれこれを教えていく。

 だが、佐伯逸馬は、かつて勤王攘夷の志士として、能楽の「敦盛」の面をつけて京都で人を斬りまくった経験を持つ。しかし、志士として活躍したが、新政府になっても報われずに、官吏につくことを餌に新政府に謀反を企てた者の暗殺を引き受けるのである。

 「それで、あんたに夜明けは来たのかい」と問う征次郎に、「いや、、まだ真っ暗闇のなかだ」と答えるくだりが、この時代に置かれた薩長以外の志士たちの現状をよく伝える会話になっている(23ページ)。

 物語は、佐伯逸馬が暗殺者として利用されていることを知った征次郎が、暗殺実行の直前に「変わっていく時世のなかで、苦労しているのはあんただけじゃない」(43ページ)と語って彼を止め、逸馬がその後姿を消したところで終わる。多くの武士が職を失い、世の中が全部ひっくり返った状況の中で、一人の武士の哀れな姿が描き出されて、「確かに、こういう人物も多くいただろう」と思わせられるし、一方で、世の中が変わっても変わらない「本物」を求めていく征次郎の諦念にも似た生き方が光る展開でもある。

 第二話「わくら葉」は、日本の名品の多くが海外に流出し初め、それを扱う「鳥羽ノ市」と称される闇市場が鳥羽にできて、財政難に陥った大名が手放した家宝を「鳥羽ノ市」で取り戻すために征次郎が「鳥羽ノ市」に潜り込み、手放された家宝を買い戻していく話である。「鳥羽ノ市」で競りが行われるが、大名家の家宝は高額で落札され人手に渡ってしまう。落札したのは、生糸で大もうけをした新興の成金で、征次郎は大名家のさらなる依頼でその成金のところに家宝を買い戻しに行く。そして、そこで成金の後妻になっているかつての恋人「美夜」と偶然に出会うのである。

 「美夜」は、征次郎が夢見坂の骨董屋「遊壷堂」の店を出したばかりの時に、夫婦約束までした恋人であった。だが、彼を裏切り、役者修業の若者と駆け落ちした女性だった。彼女は駆け落ちした男ととはすぐに別れ、神戸の異人館に働きに出たところを成金に見そめられて後妻となったのである。

 「美夜」は、「許して、征次郎さん」、「あのときは、私が悪かった。じつのない男のうわべだけの言葉にだまされて・・・。いま、私がこんな辛い思いをしているのは、あなたを裏切った報いです」と言って征次郎にすがりつくのである(72ページ)。そして、彼女の夫が留守をしているときに有馬温泉に誘い、征次郎も思わず彼女と一緒に有馬温泉に行ってしまう。

 だが、すんでの所で、温泉宿の庭にさいていた白萩を見て、恋人の「小染」と萩を見に行く約束を思い起こして征次郎は帰っていく。「小染」は征次郎の帰りを赤だしの味噌汁などを作って待ち続けていた。「美夜」は、その後、成金の屋敷に仕えていた若い男と駆け落ちしたという。征次郎は「小染」への想いを改めて心に刻んでいくのである。

 男を、あたかも誠実を装いながら自分の道具として手玉に取る魔性のような女性、女を平然と利用して裏切るうわべだけの男性、そんな男女の薄幸を感じる物語である。「美夜」のような女性は、どんな男と一緒になっても充実感とは無縁のところで生きるのだろうと思ったりもする。すんでの所で引き返した征次郎は、「小染」との深く満たされた愛情の中を生きていくことになる。

 第三話「海の音」は、没落した越前三国の豪商の骨董品を買いつけに、征次郎と兼吉が三国まで出かけて行き、そこで高価な骨董品を手放して金に換えたいという芸妓の「夕霧太夫」に出会う話である。「夕霧」は、芸妓ではあるが美貌と教養を兼ね備え、特に優れた俳句を詠んだ。かつては越後長岡藩の家老の娘だったという。

 越後長岡藩は、戊辰戦争の時に、独立を志した極めて優れた家老の河井継之助に率いられて西洋化を行い、薩長軍と戦ったが、敗れ、そのために長岡城下は焼け野原となった。その時の家老の一人であった「夕霧」の父親は人々から憎まれ、残された家族は長岡にいづらくなって、「夕霧」は病の母親の薬を買うために身を売ったのである。

 彼女には旧長岡藩士の惚れた男がいて、客が貢いだ高価な骨董品を売って金を作り、その男に貢いでいたのである。男は、蝦夷地(北海道)で立ち上げることになっている鉄道馬車会社の代表にしてやると騙されて夕霧が作った金を使っていたのである。

 そのことを知った征次郎は、「夕霧」と夕霧が惚れた男、そして彼を騙した男たちが繰り広げていた愁嘆場に駆けつけて「夕霧」と彼女の惚れている男を助けていくのである。

 これも第一話「敦盛」と同じように、変動した社会に取り残された男の焦りのようなものを描いた作品で、特に、生き残った旧長岡藩士たちは内外共に辛苦を抱えなければならなかったから、新しい社会の中で焦る男の心情は哀れで、その男に心底惚れ込んでいる「夕霧」の心だけが光る物語であり、「変わらない本物」をもとうとする征次郎の姿が刻まれるような物語である。

 第四話「五条坂」は、贋作を作る男の哀れを描いた物語である。優れた陶芸の技量を持ちながらも、贋作作りに利用され、「贋作も本物だ」と言い張り、家族を捨ててそれに邁進した男が、やがて自分の娘のために再び贋作作りに利用されるが、娘は健気に生きており、そんな金で幸せは買えないと言い切る話で、物語の結末で、贋作作りの娘の貧しくても真実を求める姿に触れながら、「真物は、たとえ技がつたなくとも、必ず人の心に響く物だ」(163ページ)という言葉が光っている。

 人にしろ、物にしろ、真偽の判断というのは、実は本当に難しいと、わたしもつくづく思う。ただ、人の心に響く物が本物というのは、真実だと思う。どんな華美な装いも、どんなに由緒があろうとも、あるいはどんなに優れて見えようとも、偽物は心に響かない。そして、どんなに外見がみすぼらしくて、知識も教養もなく、誇るべきものが何もないように見えようとも、本物は本物だけがもつ響きをもつ。わたしもそう思う。だが、虚偽に満ちた現代社会の中で本物に出会うことは難しくなった。

 第五話「鴨川」は、明治5年(1872年)に京都で開かれた日本最初の博覧会であった京都博覧会を題材に、その裏で国宝である正倉院御物の外国人相手の不正取引が行われているのではないかと、京都でかつて岡っ引きをしていた文太親分が調べに来たのを機に、日本の歴史と美の集約でもあるような正倉院宝物殿の宝を安易に金儲けのために流出させるようなことがあってはならないと思い、征次郎がその裏取引を暴いて阻止しようとする話である。

 しかし、そこには明治政府の財政難を打開するための政府高官が絡んでおり、その裏取引が新政府そのものの謀略であることがわかり、岡っ引きの文太は殺されて遺体が鴨川に浮かべられた。だが、文太は岡っ引きの意地を見せて、売り渡されそうになった正倉院の宝物を取り戻して、征次郎に託していたことがわかるのである。そして、その年の夏、明治政府は正倉院を調査し、目録を作成し、以後はその流出が止まった、というものである。

 第六話「仇討ち」は、明治4年(1871年)に廃藩置県が行われて旧藩がなくなったにも関わらず、殺された父親の仇を討つために諸国を巡っていた兄妹が、生活費のために家宝の陣羽織を征次郎の骨董屋「遊壷堂」に売りに来たところから始まり、征次郎がこの兄妹の仇討ち事件に関わっていく話である。

 兄妹が仇と狙う相手は、「小染」も世話になったことがある腕利きの医者で、5~6歳の男の子がおり、彼が兄妹の父親を殺したのは、維新前に藩の御典医として力を持っていた彼を彼らの父親が闇討ちしようとしたのを防いだためだった。だが、兄妹は、意地で仇討ちをするという。そして、いよいよ果たし合いとなり、医者はもう自分が殺されてもいいと思っていたが、彼の息子がそこに飛び込んでくるのである。征次郎はその場に駆けつけ、父親を庇おうとする子どもを前に、仇討ちが無限に続く愚かなことだと兄妹にさとすのである。仇討ちをしても、帰るべき藩はもうない。明治政府が仇討ち禁止令を出す明治6年(1873年)の前の出来事である。

 第七話「冴ゆる月」は、国宝である正倉院の宝物の流出事件で流出したといわれる「三十六歌仙絵」に絡む儲け話で一儲けした兼吉が、警固方(警察)に捕縛された事件の顛末を描いたものである。兼吉の儲け話と捕縛には裏があり、兼吉を救い出そうと征次郎は奔走する。そこに征次郎の父親を自決に追い込んだかつての江戸幕府の密偵であった猪熊玉堂が絡んでおり、京都の香具師を束ねる元締めなども絡んでくる。この第七話では、兼吉を直接罠に嵌めた香具師の元締めの片腕とも呼ばれる男を征次郎が見つけ出して捕らえ、警固方につきだしたことで兼吉の疑いが晴れて、兼吉が釈放されるところで終わるが、この事件は次の第八話「夢見坂」に繋がっていく。

 従って、第八話「夢見坂」は、第七話で語られた事件が尾を引いていく展開で、その事件に、実は京都府参事(次官クラス)と猪熊玉堂、そして香具師の元締めが京都府振興策の推進のための賄賂の捻出が絡んでいることが明らかにされるのである。事件の核心に近づいていた征次郎を葬り去ろうと、恋人の「小染」が人質として誘拐される。そして、征次郎は「小染」を助けるために単身でその罠の中に飛び込んみ、命をかけて「小染」を守ろうとするのである。

 だが、あわやこれまでというところで、濡れ手で粟を企み傲慢な京都府参事に比べ、愛する者のために命を張る征次郎の男気に打たれた香具師の元締めが思いを返して、征次郎と「小染」は助かるのである。そして、長い間、自分と夫婦になれば「小染」は苦労するのではないかと結婚を逡巡していた征次郎は、「何があっても、おれはこの夢見坂で生きていくよ」と語り、「征さんの行く道なら、私もついていきます」と「小染」が答えて、二人は夫婦になって行くところで完結するのである。

 激動し、猫の目のようにくるくると変わっていく社会の中で、変わろうとしても変わることができずに旧態に生きる者や時代に翻弄されていく者、巧妙に立ち回ろうとする者、そうした人間模様の中で、「真物」を見つけようとし、本物を目利きしていく骨董屋の姿を通して、「本物であること」を目指す人間の姿がこの作品で描かれているのである。

 作者には戦国武将たちを取り扱った作品が多くあるが、いずれも「本物をめざす」という視点は共通しているのかも知れない。個人的に骨董の世界とは無縁であるが、いいものを見極めるような目はもちたい。眼力や聞き分ける力、感じ取る力を養うためには、可能な限り本物に接していくことが肝心で、「いいものを見、いいことを聞き、よい香りをかいで、本物の人と交わり、美しい言葉を語り、感性を養っていく」そういうことに人生を使いたいと改めて思ったりした。

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