2012年9月21日金曜日

葉室麟『散り椿』(3)


 ようやく秋の気配が漂いはじめた感がある。今年は夏が異様に暑かったので、少しでも爽やかになってくると、なんだかほっとする。ふと思い返して日付を見たら、この読書ノートも三年を過ぎて、四年目に入ったことになる。文字数は百万字を超えてしまったし、三百冊以上の小説について記してきた。それにしては、いつまでたっても文章が上手にならないなあ、と改めて思ったりする。昔から一文が長かったので、わたしにとっては短くてキレのある文章というのは難しいものである。

 それはともかく、葉室麟『散り椿』(2012年 角川書店)の続きであるが、舞台となっている扇野藩の藩内情勢が次第にはっきりしてくる。これまでのことは、ほとんど藩政の実権を握ってきた家老の石田玄蕃が画策してきたことであり、それに藩主の庶兄の行部家成が絡み、藩主の交代を機に後継者問題へと発展していこうとしているのである。こうした「お家騒動」はよくあることであるが、その動きの中で、瓜生新兵衛、榊原采女、坂下源之進、篠原三左衛門といったかつての一刀流道場で「四天王」と言われた友人たちが、なまじ優秀であっただけに次々と犠牲となっていったのである。

 坂下藤吾が藩の隠し目付である「蜻蛉組」に入れられた後、互いに想いを寄せ合って許嫁となっていた「美鈴」の父でもある篠原三右衛門が訪ねて来て、「美鈴」との破談を申し出る。そして、「蜻蛉組」に入れられるのは、単に隠し目付として探索をするだけではなく、相互に監視をされるということであり、藤吾が「蜻蛉組」に入れられたのは、彼と帰郷している瓜生新兵衛の動きを監視するためだと告げられる。そればかりでなく、榊原采女の父親を殺したのが藤吾の父親の坂下源之進であったことを告げるのである。

 榊原采女の父親の不正が明らかになれば自分に累が及ぶことを恐れた家老の石田玄蕃が、一刀流の道場主を通じ、坂下源之進と篠原三右衛門に暗殺を命じ、結局、源之進だけがそれを実行したと、篠原三右衛門は告白するのである。そして、それが明るみに出るのを防ぐための口封じとして源之進は自害に追い込まれたのである。「蜻蛉組」が動き出せば、そのことはやがて明るみに出るだろうから、「美鈴」との縁談は無かったことにして欲しいと言うのである。こうして二人の縁談は破談となる。

 しかし、藤吾はまだ諦めないと新兵衛に言う。榊原采女も父親を殺されたことで藤吾を恨んだりしないだろうと新兵衛は答える。なぜなら、藤吾は采女が想いを寄せ続けてきた「篠」の甥だからだと語る。そして、「篠」も、采女からの書状を大切に保管していたことやその最後の願いから、采女に想いを残していたと新兵衛は思っている。新兵衛は、愛する亡き妻の心が他の男にあるのを知りながら、妻の最後の願いを叶えようと国許に戻ってきた。「なにゆえ、そのようなことができるのだろう。ひとを愛おしむとは、自分の想いを胸にしまい、相手の想いを叶えることなのか。『わたしには、あなたというひとがわかりません』」(122ページ)と藤吾は言う。

 そうしているうちに、藩内の情勢が急激に変化していく。藩主の交代と国入りが迫ってきたためでもあるが、まず、新藩主となる政家が親政を敷くための手始めとして郡奉行と進めていた水路造りを推進していた村の庄屋が何者かに襲われて殺されるという事件が起こった。村々の意向を取りまとめていた庄屋が殺されたことで水路造りが頓挫する恐れがあった。藩の実権を握り続けるために藩主の親政に反対している家老の石田玄蕃がしくんだのである。そして、石田玄蕃と結託していた紙問屋も、すべての罪を自分に押しつけられて葬り去られるのではないかと恐れ、「鬼の新兵衛」と言われるほどの剣の腕をもつ瓜生新兵衛を用心棒に雇うのである。事態は切迫していくのである。

 瓜生新兵衛は、榊原采女の父親を殺したのが藤吾の父親である坂下源之進であるといった篠原三右衛門の言葉には裏があると思っていた。それを用心棒として雇われることで探ろうとするのである。源之進の妻であった里美も、源之進には人を斬ったような痕跡はなかったと言う。事件の真相は、まだ藪の中なのである。そして、藤吾は親しくしていた庄屋を殺したのが石田玄蕃の手の者であることを推測し、たとえ自分の立場が悪くなってもその犯人を捕らえると庄屋の女房に約束して、自分の道を決めていく。藤吾の父親は石田玄蕃に利用されたあげくに命を落とした。そして庄屋も殺された。もはや石田玄蕃の下で働くことはできない。かといって父親は榊原采女の父親を殺したことが事実なら、榊原采女の下で働くこともできない。両方から責められ、孤立無援となる。だが、それもやむを得ないと腹を決めていくのである。藤吾は、紙問屋の用心棒になるといった瓜生新兵衛を信用できないが、彼に任せるしか道はないかもしれないと思い始めるのである。

 そして、藤吾との破談を知った「美鈴」が藤吾を訪ねてくる。そして、「美鈴」は待ちたいと藤吾に告げる。藤吾は、その「美鈴」を見て、何があっても彼女を妻とし、そのためには何でもしようと決心する。「私闘のために刀を抜いてはならぬ」と教えた父が榊原采女の父親を暗殺したとはどうしても思えなかった。「美鈴」の父親である篠原三右衛門は何かを勘違いしているのかもしれない。それを明らかにしようと思うのである。藤吾は孤立無援のかなでひとりで立つことができる人間へと次第に変わってきていたのである。

 家老の石田玄蕃は次々と手を打ってくる。新藩主となる政家を支えていこうとする郡奉行の罷免を持ち出したり、榊原采女の弱点を探り出そうとしたりする。榊原采女の弱点は、不正を働いた父親にあり、その父親を殺したのが、実は采女自身ではないかと探りを入れていると言うのである。石田玄蕃は采女の父親殺しを命じたが、実行したのが誰かは知らなかった。玄蕃が放った暗殺者なら、いまさら玄蕃が実行者を探る必要なない。采女の父親は一刀流の四天王のひとりと見られている。采女の父親が殺されたとき、瓜生新兵衛は藩外にいた。篠原三右衛門と坂下源之進は玄蕃から暗殺を命じられていた。この三人でないとすれば、残るのは榊原采女だけである。采女を父親殺しで告発して、その力を奪おうと石田玄蕃は考えているのである。

 裏の裏の裏、そうした展開がなされて、事態の進展を探るだけでも相当面白く描かれているのだが、肝心なのは、新兵衛の妻であった「篠」の心である。そして、若い坂下藤吾もまた愛する「美鈴」とのことで、はからずも瓜生新兵衛と同じような道を歩む者となっていくのである。真実に愛する者のために生きるものは、真実に愛する道を同じように生きていく。それは真っ直ぐな道である。自分が何を大切にするか、葉室麟の作品はそれを問いながら進んでいく。そして、真実はいつも感動的である。続きは、また次回に。

0 件のコメント:

コメントを投稿