2010年11月4日木曜日

出久根達郎『御留山騒乱』

 天気図を見ると高気圧に覆われて晴れそうだったので、朝から洗濯をし、寝具を干しておこうと思っていたのに、朝のうちは雲が重く垂れ込めていた。でも、西の空に蒼空が見え始めているで大丈夫だろう。

 このブログに、仕事や睡眠時間を案じてくださるコメントが読者の方から寄せられていて嬉しい限りで、もともと乱読の忘備禄のようなものとして書いているものが書物選びの参考になっているというのも望外のことだと感謝している。睡眠時間は確かに短いかも知れないが、無理をしているという思いはなく、ブログは可能な限り続けたい。

 働かないで生活ができるほどの余裕もなく、貧乏暇なしのような暮らしぶりで糊口をしのいでいるわけなのだし、仕事はできることをできるだけするようにしているが、お金には元々縁が薄く、子どものころに母親から「武士は食わねど高楊枝」で、痩我慢をして生きて行くことを教えられたことが染みついているのか、働けば何とかなるという楽天主義なのか、あれば嬉しく、なければ耐えるだけのことと思って暮らしている。

 仕事には評価や成果というものがつきもので、目に見えるほどの成果は上げていないだろうとは思う。成果や評価が高いことにこしたことはないが、ただ、成果にはいろいろな要因があり、良くても悪くても自分ができることをする以外にはなく、批判も甘んじて受ける覚悟があって、他者の評価というものも、それが良くても悪くても、それでどうということはない。自分の人生を成果や評価で計るつもりもさらさらないし、人の生は、いつも未完で終わるし、終わってもいいと思っている。

 それはともかく、昨日は爽やかに晴れた祭日で、忙しいのは結構忙しかったのだが、夕方から夜にかけて時間が空いて、出久根達郎『御留山騒乱』(2009年 実業之日本社)を面白く読んだ。物語は、この作者らしくユーモアに満ちている。

 これは、天保元年(1830年)に伊勢神宮に参詣する「お蔭参り」が流行した年、信濃(長野県)の上田から小諸を経て追分に至る山中の「御留山」で起こった藩の内紛に絡む騒動に巻き込まれた青年僧を引き回し役にして騒動の顛末を物語ったもので、「御留山」というのは、狩猟や立ち入りが禁じられた山のことをいう。

 このあたりは、鎌倉時代から戦国時代にかけて浦野氏という地方豪族が支配していたらしいし、越後(新潟)の上杉家と甲斐(甲府)の武田家の戦場であり、上田は真田幸村でおなじみのところだが、江戸時代には幕府の直轄地や旗本の支配地などが複雑に入り組んで、天保のころに誰の支配地になっていたのかは失念した。しかし、将軍献上のための山茗荷(ヤマミョウガ・・食用のミョウガとは少し異なって、夏の終わりに黒い実をつけ、精力剤としても用いられたらしいが、よく知らない)や松茸、夏の氷などの産地で、特に、冬に作った氷を氷室(ひむろ)に保存し、それを夏に出すことでよく知られていた。

 物語でも、将軍献上用の氷を作り、それを氷室に保存するための山が「御留山」とされ、献上によって上がる権勢と莫大な利益で私腹を肥やすことに絡んでの騒動が記されている。

 物語は、寺の息子で仏門修行に出された秀全という青年僧が、修業先の寺の住職の衆道(男色)癖と寺での生活に嫌気が差し、「お蔭参り」を利用して京に行こうと、修行寺から逃げ出し、浦野(現在は上田市浦野)の宿に着くところから始まる。秀全は読心術を身につけていたが、浦野の宿で、賭場でいかさまを見破った平助という男の仲間として土地の地回りに捕らわれ、監禁されてしまう。平助は、不思議な男で、薬草などにも詳しく度胸も知恵もあるが、実は、藩の将軍献上品を巡る不正を隠密裡に調べる役人であり、土地の地回りが不正に一役買っているのを調べていたのであった。

 監禁された秀全と平助は、地回りの養女となっていた「おまつ」という娘に助けられる。「おまつ」は地回りの養女であったが、山中で暮らしており、嵐と名乗る男といい仲になり、その嵐が行方不明になっていたために、山中を逃げる平助らと同行することにしたのである。嵐という男は、実は平助の同僚で、不正の探索を命じられたが、行くへ不明となり、平助はその嵐を探すために来ていたのであった。

 探し出した嵐は山中で「宝」を発見したと言う。その宝とは、強壮薬である五石散の材料となる黒水石であった。ちなみに、「水石」とは、もともと自然に出来た文様や形で鑑賞に堪える石のことで、黒色がもっともよいとされているが、五石散の材料となるものは、鍾乳石や硫黄、白石英、紫石英、赤石脂(黄土)であり、五石散は、麻薬のような幻覚や興奮を起こすもので、ここで語られている「黒水石」が何なのかはわからない。物語の展開とはあまり関係のないことではあるが。

 その黒水石は立ち入りが禁じられている「御留山」の近くにあるという。その近くの山中で、彼らは山中で人知れず暮らしている「山あがりの衆」という人々と出会う。仲間が御留山の氷室を守る役人に捕まったという。嵐は宝である黒水石を掘り出すためにも彼らの助けを必要としたので、彼らの仲間救出に手助けすることにして、御留山に向かう。

 御留山では、将軍献上のための氷が作られ、氷室が据えられていた。氷の中に入れて氷柱花とする花も栽培され、折り紙も作られていた。ところが、彼らがこの御留山に来たとき、大地震が起こり、氷を作るための湧き水が涸れ、紙細工の娘も氷室を守る役人に捕らえられて行くへがわからなくなるのである。監禁されているという「山あがりの衆」の仲間や行くへ不明の娘の居場所を突きとめるために右往左往する。彼らは氷室の中に捕まったりするが、何とかそこを脱出したりするのである。そして、氷を作る池のそこに大金が隠されていることを知ったりして、献上氷を利用して不正を働いていた氷室の役人の不正が暴かれていく。

 監禁されているという「山あがり衆」の仲間は、実は、嫉妬に駆られて裏切りを働いたのであり、平助や嵐に不正探索を命じた家老自身が、不正の張本人であったりするどんでん返しがある。権勢を巡っての陰謀が隠されていたのである。

 こうした騒動の末に、秀全は、この不正を暴くのに功績があって正式に認められた「山あがり衆」が建立するという寺の住職になっていく。

 物語は、大変面白いし、強壮剤という人間の欲を最もよく表している材料が使われてユーモラスに描かれている。ただ、後半の展開が急ピッチで進められ、その分、登場人物たちが雑多になっているので、ちょっと残念な気がしないでもない。藩の内紛ということや氷室の役人の姿、山あがり衆といったものは、もう少しじっくり人間というものを描く上で掘り下げられ、広げられても良かったのではないかと思ったりもする。

 明日は会議で都内まで出かけなければならない。往復の電車の中で読みさしの本が読み終えられたらいいが、と思っている。

2 件のコメント:

  1. 出久根さんの本はずいぶん読みましたが、いぶし銀のような面白さや落語のような面白さの本、どちらかというと華々しさが少ないように感じました。この「御留山騒乱」は、表題の通りなんだかはっちゃかめっちゃかのようで、随分賑やかそうですね。さっそく、どこからか調達してきす。

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  2. コメント、ありがとうございます。
    「落語のような面白さ」というのは、言い得て妙ですね。
    作品に「てらい」がないので、本当に面白いと思っています。

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