2009年11月10日火曜日

佐藤雅美『物書き同心居眠り紋蔵 密約』

 空は、晴れたり曇ったりだが、初冬の感じがしてくる日になった。目覚めた時に寒さを覚える。4時くらいに起き出して、佐藤雅美『物書同心居眠り紋蔵 密約』(1998年 講談社 2001年 講談社文庫)を読んだ。

 この作品は、『物書同心居眠り紋蔵』、『隼小僧異聞』に続く、このシリーズの3作目で、前の2作はまだ読んでいない。しかし、読んでいなくても、主人公の藤木紋蔵の姿がよく描き出されているので、時代小説の捕物帳として、大変面白く読んだし、時代考証も物語の背景としてしっかり生かされているし、おそらく、この作者は古地図も古文書もきちんと読みこなせるのだろうと思われて、なかなかの作品だと思った。

 古地図はともかく古文書は、現代人が見慣れない字の崩し方や用語の使い方もあって、これを読むには相当の慣れを必要とする。しかし、作者は苦も無くこれを読みこなせるのだろうと伺わせる箇所が随所にあって、作法からしても、じっくりと練られた跡がうかがえる。

 物語の主人公藤木紋蔵は、文化・文政年間に南町奉行所で例繰方(判例などを調べる役職)の与力に仕える物書(記録係)の同心であり、本人の意思にかかわらずに所構わず不意に眠りこんでしまう奇病の持ち主で、「居眠り」と呼ばれる人物である。彼がそのような奇病にもかかわらず、閑職とはいえ、物書同心として勤められるのは、彼の人格と才能を認める上役や周囲の人々に支えられているからで、彼自身、様々な事件を彼のやり方で解決していく力をもっている。

 この作品は八話から成り立っているが、それらが連携して、最後に、藤木紋蔵の父が殺された事件の謎を解くという方向へと流れるようにできている。紋蔵は、父の死が一橋家と徳川家斉につながった事件であったことを地道な捜査で知っていくのであり、最後に、時の権力者である一橋家と南町奉行所との間で交わされた「密約」があったことを知るのである。

 藤木家には、すでに北町奉行所に勤めている長男と嫁に行った長女以外に、妻の里と次男の紋次郎、麦、妙の二人の娘の他に、ふとしたことで預かることになった文吉という子どもがいる。

 この文吉についての話が、「第一話 貰いっ子」と「第二話 へのへのもへじ」で、文吉の父遠庄助は、女郎屋の親父をしていた久兵衛を「無礼討ち」にしてしまったのである。藤木紋蔵は、上役に頼まれて、それが「無礼討ち」なのかどうかを調べるのだが、実は、昔、久兵衛が遠藤庄助の金を盗みだし、その怨恨もあったという事情を調べ上げ、遠藤庄助は、情状が酌量されて、罪一等を減じられて遠島になるのである。

 文吉は、藤木紋蔵を頼り、そのまま藤木家にいつくことになる。「紋蔵も里も、文吉が一緒に朝夕箱膳を並べていることに、やがてなんの違和感も抱かなくなった」(文庫版 54ページ)という結びの言葉が、まことにいい。

 圧巻は、その文吉を連れて遠島になる父親を見送りに行く場面で、紋蔵は文吉の手を引いて父親の前に立たせる。

 「遠藤庄助はぴくりとも表情を変えない。文吉もそうで、二人はしばらく睨み合っていて、やがて遠藤庄助は横付けされている小舟に目をやった。
 二人とも感激がないのではない。殺しているのだ。大人の遠藤庄助はともかく、わずか八つの文吉までが見事に感情を殺している。躾の問題だとは思うがそれにしても驚くばかりだった」(文庫版 115ページ)

 とあり、その文吉が、その後で行った料理屋の二階で、肩を震わせて泣くのである。そのくだりは、次のように表現されている。

 「お客さま」
 女が障子の向こうから声をかけ、源次が声を返す。
 「なんだ?」
 女は障子を開けて、声を細める。
 「お子が泣いておられます」
 「あっしが」
 源次が立とうとするのを手で制して、紋蔵は女に聞いた。
 「どこで?」
 「廊下の外れです」
 紋蔵は足音を忍ばせ、廊下を外に向かって角を曲った。
 突き当たりに円窓があり、どうやらそこから大川と海が見渡せるようで、文吉は外を見ながら、肩を激しく上下にゆすっていた。(文庫版 121ページ)

 藤木紋蔵は、情に厚い。「第七話 漆黒の闇」で、料理屋の美人「お裕」に思いを寄せられた時、彼自身も心憎からず思ってはいるが、奥方様のことがご心配でございますか」と言われ、「心配というより、居眠りのわたしを支えてくれたかけがえのない女房だ」という。「お裕」は「悔しい!」と返す。

 この会話にも藤木紋蔵の人柄がにじみ出ている。また、「悔しい!」という「お裕」も粋でいい女である。

 こうしたところが随所にあって、読ませる。

 佐藤雅美は、1994年に『恵比寿屋喜兵衛手控え』で直木賞を受賞し、『物書同心居眠り紋蔵』のシリーズは、1998年にNHKでテレビドラマ化されたとのこと。残念ながら、その頃は西洋哲学書ばかり読んでいて、時代小説にほとんど関心がなかったために、このテレビドラマのことは全く知らなかった。今思えば、おしいことをした。

 今日はこれから大江健三郎についての話をまとめる作業に入ろうと思う。来週の月曜日に話をしなければならないので、レジメも作成する必要があるから。仕事も少したまっているし、図書館にもゆったりと出かけたい。ただ、相変わらず貧しくはあるが、こんな日常も悪くはないと思ったりする。

2009年11月9日月曜日

北原亞以子『夜の明けるまで 深川澪通り木戸番小屋』

 朝は少し雲が覆っていたのだが、今はよく晴れている。押し入れから掛け布団を出して来て陽に干したり、洗面所やトイレに敷いているマットを洗ったりした。身体の不調はいつもの通りではあるが、昨日、大岡山に出かけたりしたので、少々疲れも覚える。

 大岡山は理系のメッカである東京工業大学がある町で、大井町線の駅の前がきれいに整備されているが、商店街は古いままに残されており、時間があればぶらぶらするのもよいかもしれない。ただ、残念がら、大岡山に行く時はいつも予定が詰まっていて素通りするだけである。

 昨日中に北原亞以子『夜の明けるまで 深川澪通り木戸番小屋』(2004年 講談社)を読んでしまおうと思い、夕方に読み終わった。これは、このシリーズの4作目だろうと思うが、深川中島町の澪通りにある木戸番の夫婦、古武士の風貌をもちながらも穏やかな笑兵衛と、肥ってはいるが上品な品格をもち、いつもころころとよく笑う女房のお捨ての中年夫婦の人情に触れ、慰めと励ましを受けていく人々の物語である。

 この『夜の明けるまで』は、「第一話 女のしごと」、「第二話 初恋」、「第三話 こぼれた水」、「第四話 いのち」、「第五話 夜の明けるまで」、「第六話 絆」、「第七話 奈落の底」、「第八話 ぐず」の八話から成り立っているが、いずれも、木戸番夫婦の何気ない温かみを頼りにしている人たちの話で、第一話は、下練馬で貧しい雑貨屋の娘として生まれ、江戸に出てきて料理屋で働き、気楽な生活をすることを望んでいた「おもよ」が、友人で身勝手な「お艶」の開店した店で働くことになるが、「お艶」ばかりが大事にされたりして、次第に自分の存在感を失っていく。しかし、木戸番小屋のお捨てとの何気ない会話の中で、日々の暮らしの中で生きていくことこそ意味があることをじんわりと知っていく、という話である。

 「第二話 初恋」は、木戸番小屋に始終顔を出す差配の弥太右衛門の「いろは長屋」に越してきた労咳の亭主「年松」と明らかに武家育ちとわかる妻の「紫野」の話で、「紫野」は、16歳の時、かつて自分の生家の窮状を救うために300両で真綿問屋甲州屋広太郎のもとへ嫁いだが、広太郎の女遊びの激しさと舅、姑の仕打ち、「金で買われた嫁」という店の者の冷たい視線や仕打ちなどに耐えきれず、自分の下駄の鼻緒をすげてくれた職人の「年松」の優しさに触れて、彼のもとへ逃げだした女である。

 年松は、ついに労咳で死ぬが、復縁を迫る甲州屋や兄や周囲の者の反対を押し切って、「紫野」は、そのまま「いろは長屋」に住むことを決意する。

 「第三話 こぼれた水」は、美男とはほど遠い顔つきをした釘鉄問屋近江屋山左衛門が木戸番小屋の近くに越してきた美人でしっかり者の「お京」と浮気をしているのではないかと案じた女房の「お加世」が、さんざん迷った末に、「お前さんの女房はわたしです」といって立ち直る話である。

 「第四話 いのち」は、火事で前途ある若侍から命を助けられた五十四歳で遊女の繕い物をして暮らしていた「おせい」が、自分を助けて死んでしまった前途ある若侍に比べて、年寄りで何のとりえもない自分が助けられたことを悔やみ、また周囲からもそう言われたりして、木戸番小屋に身を寄せて介抱されることになり、お捨ての働きで救われていく、という話である。

 「第五話 夜の明けるまで」は、木戸番小屋の前にある自身番で書き役をしている貧しい太九郎が、五つになる子どもを抱えて仕立物をしている貧しい「おいと」と夫婦になりたいと願うが、「おいと」は、前の亭主をはじめとするこれまでの人々の表裏のある姿をいやというほど見せられて、しかも、前の亭主の女癖の悪い舅が自分の部屋に入って来たりして、離縁してきた女だった。太九一は「おいと」と夫婦約束をするが、太九郎が病気で寝込んだ時に、同じ長屋に住む「おまち」を嫁にと世話をする人が「おまち」を看病にやったりしたのを知って、誰も信じられないと閉じこもってしまう。

 しかし、外に出た時、木戸番の笑兵衛と出会い、太九郎が絶えずうわごとで「おいとさん、佐吉(子ども)」と名前を呼び続けていたことを聞かされ、「自分が一人でねじくれていた」ことに気がつく。笑兵衛は、おいとと佐吉を木戸番小屋へ誘う。

 「第六話 絆」は、木戸番小屋へ時々顔を出す駒右衛門が、昔自分が捨てた子どもが一緒に暮らしてもいいといってくれたことにまつわる話で、駒右衛門は、昔、材木問屋を営んで羽振りが良く、その時茶屋女を囲って「おるい」という子どもを産ませていた。しかし、商売がうまくいかなくなり、その女と子どもを捨てた。借金も増え、女房も母親も死に、残った家作で細々と暮らしをすることになった。そんな時、かつて捨てた「おるい」が亭主と共にやって来て、一緒に暮らすことを提案したのである。
だが、「おるい」の心情は、かつて自分たち親子を捨て、そのために母親を亡くし、体まで売ってきたことに対する復讐だった。駒右衛門は、それを知りつつ、自分の唯一の生計である家作を「おるい」に譲り、これから「おるい」が暮らしていければ、それでいい、と言う。「おるい」は、その父親の心情に打たれて、家作を手に入れて逃げようとする亭主の刃から父親を守る。

 「第七話 奈落の底」は、蕎麦屋の和田屋の女房に恨みを抱く幼友達の「おたつ」が、その仕返しをしようと企むが失敗する話である。「おたつ」は、かつてどうしてもお金が必要になって、昔馴染みの和田屋の女房を訪ねるが、相手にしてもらえなかったことを逆恨みして、まじめな荷揚げ人足をしている三郎助をつかって和田屋でひと騒動起こそうとするが、三郎助は、和田屋にも「おたつ」にも迷惑をかけたくないと思って失敗する。なじる「おたつ」に三郎助は言う。

 「ついこの間まで、女の人の中では、木戸番小屋のお捨てさんが一番好きだったんだけど、今はあの、おたつさんが一番好きだ」
 俺は、一文なしで江戸へ出てきた、と三郎助は言った。眠る場所を探しているうちに道に迷い、空腹に耐えきれなくなって蹲った。目の前に町木戸があったことと、恰幅の良い男がその木戸の前に立っていたことのほかは、霞がかかってしまったように記憶が消えている。
・・・・・・・・
 すでに床についていたお捨が、わざわざ七輪に火を起こして粥をつくり、まだ明かりのついていた炭屋からたまごをもらってきてくれたのだそうだ。
 「見ず知らずの人間のため一所懸命になってくれる人もいるもんだ、そう思いました。ほかにはいねえだろうと思っていたんだけれど、おたつさんがいた」(209ページ)

 「弥太右衛門さんから笑兵衛さんとお捨さんの話を聞いた時、俺あ、ほんとうに嬉しかった。だって、お捨さんは眠っていたのに起きてくれて、七輪で粥をつくってくれたんですよ。はじめて人にかまってもらえたと思ったら、涙が出た」(211ページ)

 この話を聞いて、「おたつ」も思い返す。

 「第八話 ぐず」は、鰹節問屋の大須賀屋林三郎の女房だった「おすず」は、亭主の林三郎の女遊びが激しく、舅も姑もそれを鼓舞するような家で暮らすことが耐えらず、暴力も振るわれていた中で、台所の隅で泣いていた時、出入りの指物師与吉に「御気分でもわるいのですか」と声をかけられたのを機に与吉と深い仲になってしまい、婚家を離縁されてしまい、深川熊井町でひとりで絵草子屋を営んで、時折、木戸番小屋の夫婦を訪ねる生活をしている。

 彼女は、離縁され実家に戻された時、二度と与吉にあってはならないと彼女の面倒をみる兄から釘を刺されていた。しかし、家を飛び出すつもりでいた。与吉は、昼過ぎまで待ち、夕暮れまで待ち、さらに夜更けまで「おすず」を待っていた。だが、「おすず」は迷い、ついに飛び出さずに、兄の世話で絵草子屋を営むことになったのである。

 それから十五年の月日が流れた。元の亭主の林三郎が「おすず」の実家の金を目当てに復縁を迫ってきた。しかし、彼女はそれを受けつけない。彼女は後悔していた。なぜ、与吉の元へ行かなかったのだろうか、と。その心情が、次の文章ににじみ出ている。

 「おすずは爪を噛みながら、はこべや車前草が生えている空き地をみた」(232ページ)

 「爪を噛み、空き地をみる」まことに巧みな描写である。

 元の亭主に復縁を迫られ、今度こそは間違えないと思って、「おすず」は与吉を探すことを決意し、あちらこちらを訪ねて探しだす。

 与吉は、もう、髪に白いものが混じり、昔の面影はない。「おすず」は、羽目板の陰からその様子を見る。そして、そこから思い切って訪ねるのである。

 「おすずが羽目板の陰から出ると、その気配に与吉が顔を上げた。おすずは、障子に手をかけて、蹲ってしまいそうな軀をささえた。与吉の顔が、わずかにゆがんだ。
 「おすずさんか」
 「上がっても、いい?」
 もう立ってはいられない。上がらせてもらえなければ、出入り口で蹲って泣き出しそうだった。
 「待っていたんだ、ずっと」(238-239ページ)

 まったく泣かせる場面である。ただひたむきに、ひたむきに生きようとする人間の姿が描かれる。それが、自分の欲と保身のために策略を練る元の亭主と対比されて描かれるところがいい。

 策略を練り、計略を立てて、野心をもち、人生の設計をし、成功を求めて、うまくごまかしながら生きることよりも、単純で、素朴で、ひたむきであることの方が、はるかに価値がある。この作品は、それをしみじみと覚えさせてくれる。

 ただ、同じシリーズでも、『夜の明けるまで』は、たとえば前に書いた『燈ともし頃』よりも、木戸番夫婦の笑兵衛とお捨との関わりの描き方が少なく、木戸番夫婦の姿を描き出すと言うよりも、その周辺で生きる人々に焦点が当てられているために、せっかくの木戸番夫婦の姿が迫力をもって見えにくいということがあるように思える。そのために、それらの人々が木戸番夫婦によって励まされていくリアリティが「第七話 奈落の底」以外の作品にはあまり感じられなくなっている。その点が、木戸番夫婦のあり方に心を打たれているわたしのような人間には、少し物足りなく感じられるのである。

 とは言え、このシリーズが傑作であることは間違いない。構成も、筆運びも、真に見事であり、心情が込められる情景の描き方も素晴らしい。

 昨日、山内図書館に行くつもりでいたが、今日もついに時間がとれずに、明日、たぶん天気が崩れるかもしれないが、出かけることにする。コーヒーも切れてきたので買ってきたい。明日は、都内で一つ予定があるのだが、どうも気が進まない。都内に出るのはほんとうに億劫になっている。

2009年11月7日土曜日

北原亞以子『その夜の雪』

 目覚めた時は雲が薄く広がって、少し肌寒く感じたが、午後からは秋空が広がるのだろう。予報では、晴天であった。

 今日は立冬で、これからは初冬というのがふさわしいのかもしれない。人間の気持ちが重くなる季節の始まりではある。

 昨夜、「焼きサバを上にのせたお寿司」という珍しいお寿司をいただいた。生の新鮮なサバかシメサバが上に乗っている「サバ寿司」は、何度も食べたことはあるが、これは初めてだったのでとても美味しくいただくことができた。戴き物で、東急の袋に入っていたので、東急青葉台店で売っているものだろう。今度自分で買いに行ってみようと思う。

 昨夜、北原亞以子『その夜の雪』(1994年 新潮社 1997年 新潮文庫)を読んだ。ここには、「うさぎ」、「その夜の雪」、「吹きだまり」、「橋を渡って」、「夜鷹蕎麦十六文」、「侘助」、「束の間の話」と題する短編が七編おさめられている。このうちの表題作ともなっている「その夜の雪」は、『慶次郎縁側日記』としてシリーズ化されるものの最初のくだりで、「仏の慶次郎」と呼ばれた人情同心慶次郎が、その愛娘の三千代を失ってしまう時の話である。三千代はふとしたことで暴漢に襲われ、自ら死を遂げ、親ひとり子ひとりで暮らし、ようやく婚約も整って引退を控えていた慶次郎はその犯人を追い、これを探しだすが、ついに、その振り上げた刀をおとすことができなかった。そんな慶次郎の姿を見事な構成と文体で描き出したものである。このシリーズは、以前、ほとんど読んでいたが、改めて北原亞以子の構成の巧みさと飾らないが、しかしじんわりと人間を感じさせる文章を感じた。『その夜の雪』に収められている作品には無理がない。無理がないくらいに何度も練られたものであるだろう。

 「うさぎ」は、男を作って乳飲み子を捨てた元の女房が江戸へ戻って来て、独りで苦労して育てた愛娘が、その母親と会い、母親の方へ気持ちを傾けていくことを知って、孤独を感じ続ける摺り師の峯吉が、ふとしたことで子どもを産めずに離縁されて孤独を噛みしめている縄暖簾(居酒屋で、時には売春もした)で働いている女「お俊」と出会い(「お俊」は、孤独に耐えきれずに子どもをかどわかそうとした)、その「お俊」がうさぎを飼い始めることを知る、という話である。

 何の変哲もない話であるが、孤独を噛みしめて生きなければならない人間の心情が、「うさぎを飼う」ことに巧みに表わされている。「うさぎ」は、淋しさで死ぬこともあると聞いたことがある。本当かどうかは別にして、わたしにも、それがよくわかる。

 「吹きだまり」は、左官の日傭取り(日雇人足)の貧しい暮らしをしている作蔵が爪に火を灯すようにして貯めた金をもって、温泉宿で有名な「春江亭」という料理屋に古金問屋の若旦那と称して行き、そこで働いている女中の「おみち」の窮状を知って、そのためた金を差し出す、という話である。この話の終わりが次のように結んである。

 「俺も二十五か」
 呟いた言葉が部屋に響いた。
 作蔵は、両手で自分の肩を抱いた。寒くてならなかった。
 「お待たせしました」
 酒を持ってきたらしいおみちの声が、ひっそりと聞こえた。(文庫版 139ページ)

 こういう結末は、本当に泣かせる。そして、再び元の貧乏暮らしに戻らなければならない作蔵の姿が目に浮かぶ。ひっそりと、寒さに肩を震わせながら、人は生きていかなければならない。北原亞以子は、そういう人間を慈しむのだろう。市井ものの時代小説の良さが、ここに凝縮されている。
 
 「橋を渡って」は、深川佐賀町の干鰯問屋の妻「おりき」が、夫の浮気を知り、忍耐して耐えようとするが、「お前のことは有難いと思っているよ。でも、女にかまけていたら、わたしが駄目になっちまう・・・」(文庫版 161-162ページ)という言葉を聞き、自分がとるに足りないものとして扱われていることを実感して、その家を密かに出て、口入れ屋(仕事斡旋所)に向かう、という話である。この作品は構成が巧みで、「おりき」の弟夫婦の浮気事件と「おりき」夫の浮気が対比的に語られることによって、いっそう「おりき」の孤独が浮かび上がる。

 人は、自らの孤独を自ら噛みしめながら生きていかなければならない。それは当り前のことかもしれないが、その当り前のことが「とてつもなく淋しくつらく」感じられる時がある。ここに収められている短編は、その淋しさとつらさを謳ったものである。

 「夜鷹蕎麦十六文」は、噺家で、初代志ん生(もっとも、文末の作者注で、初代志ん生は設定されている時代には他界していたが、あえて、登場させたとある)の前座を務める「かん生」が、自ら真打ちにはなれないことを自覚しながら、一時は、自分の芸も粋を心ざす思いも理解せずに、ねんねこ袢纏を着こんで赤ん坊を背負い、がっしりした大きな軀をした野暮を絵にかいたような女房「おちか」ではなく、粋な深川芸者で彼を贔屓にしている「染八」に魅かれていき、初代志ん生の芸には到底及ばないことを知って、慰めを求めて染八のところにも行ったりするが、「おちか」の思いに打たれていくという話である。

 粋な生活を求めて勝手気ままな暮らしをして留守をしている間に、女房の「おちか」は、生活のために茶飯屋で働かなければならなくなり、大家の喜右衛門に口説かれる。「あの亭主は何だね。まともな噺は喋れやしない。生涯、前座で終わっちまうよ」(文庫版 196ページ)と喜右衛門は「おちか」に言い、「あんな男にひっついていたら苦労するばかりだよ。わたしは、それを心配しているんだ」(文庫版 197ページ)と言う。しかし、「おちか」は、本当に貧乏して水ばかり飲まなければならなかった時に、「亭主は、草履を質に入れて、そのお金でわたしに夜鷹蕎麦を食べさせてくれたんだ」「女房に十六文の夜鷹蕎麦を二杯食べさせて、自分は空き腹を抱えて寄席へ行って、高座に上がったとたん、目をまわすばかがどこにいます。裸足で寄席へ出かけて、足に霜焼けをこしらえてくるとんまが、どこにいます」「これはりくつじゃありませんよ。大家さん、わたしゃ、あのとんまが好きでしょうがないんです」と言う(文庫版 198-199ページ)

 これを聞いて、「かん生」は、「あたしも、色が黒くって、男みたような軀つきの、野暮な女が好きだったんだ。ええ、あたしゃ野暮が大好きだよ。粋が何だってんだ、人情噺がどうしたってんだ」(文庫版 199ページ)と思う。そして、「かん生は、用水桶の陰りからそっと立ち上がった。空き腹のまま家に戻り、おちかの帰りを待つつもりだった」(文庫版 199ページ)で物語がくくられる。

 これは、読めば読むほど優れた短編だと思う。主人公の「かん生」と初代志ん生の対比も見事で、「かん生」という二流で終わらなければならない人間の悲哀がにじみ出ているし、粋だが功利的な深川芸者の染八と生活に追われている野暮な「おちか」の対比も見事で、そして、苦労を共にすることができる男女の思いも見事に描かれている。

 そして、「かん生」のような人間にはたくさん出会うし、自分自身もそうかもしれないと思ったりする。しかし、わたし自身は、残念ながら、本当に残念ながら、「おちか」のような女性には出会ったことはない。「おちか」は、自分の子どものおしめを代えるために平然と大店の店先を借りたりもする。彼女の内情の豊かさが、彼女を一所懸命な素直な女として現わされている。だから、この短編がよけいに身にしみる。以前、「自分が好きな人が世界で一番美しい人ですよ」と言われたことがあるが、本当にそうだと思う。

 こういう男と女の姿を、飾らない、しかしよく練られた文体で、しかも構成の見事さで描き出すこの作品は、真に優れた市井物の小説である、とつくづく思う。

 「侘助」の主人公杢助は、以前は日本橋の呉服問屋の手代としてまじめに一所懸命陰日向なく働いていたが、札付きの遊び人で他の男の子を身ごもっている「おそめ」を、古着屋を出してもらえるという条件でもらい、なんとか頑張ってきたが、その「おそめ」が以前の男と駆け落ちをし、自分の店でも存在感をなくし、すべてを捨てて、死んだようになって「物もらい」として生活をしている。その杢助のところに、以前の自分の店で働いていた「おげん」という女がころがりこんでくる。「おげん」は、自分は娘夫婦に世話になって幸せに暮らしていると言うが、実は親戚や知り合いの家に泊まっては、その家から金銭を盗んで暮らしていた孤独でさびしい境遇だった。杢助は、自分の「物もらい」としての生活もたちゆかなくなることを知りつつも、そして、「おげん」が自分のなけなしで貯めた小金を取ろうとしたことも知りつつ、その「おげん」と共に暮らすことにする。

 「おげんが池のほとりを指さした。見ると、松にかこまれた小さな椿が薄赤い花を咲かせている。
 杢助は、ひっそりと咲く花を眺め、泣いているらしいおげんの肩を眺めた。丸くて、厚みのある肩だった」(文庫版 233ページ)

 と描かれている光景がたまらない。こういう感性が、本当にすごいなぁ、と思う。

 「束の間の話」は、鼈甲細工の職人である息子夫婦と暮らしていた「おしま」が、その息子夫婦が嫁の実家ばかりを大切にするのに嫌気がさして、その家を出て、ひとり暮らしを始め、ついに高熱を出して寝込んだ時、同じように息子から馬鹿にされて一文の金もなくなった源七が盗みに入って、その「おしま」を看病し、人と人とが触れ合って生きることのありがたさと喜びを知っていく、という話である。

 この短編も構成がすばらしく、ひとりぼっちになった「おしま」の後悔や、息子に頼ろうとする母親の心情やわがまま、そして、ひとり暮らしで病んだ時のわびしさが描かれ、同じ貧乏長屋に住む隣の夫婦の喧嘩が挿入され、その姿が見事に描き出されている。

 この『その夜の雪』に収録されている短編は、その構成が見事である。無理のない仕方でそれぞれの人物の生活と生きる姿が描き出されている。「ゲラ刷りが真っ赤になる」と言われたそうだが、真に納得である。

 なんだかんだと気ぜわしい日常が続いているが、寂寞感が大きくなるとともに、怠け心が大きくなってきているのを覚えてしまう。自分を叱咤しなければ動けないのかもしれない。

2009年11月6日金曜日

諸田玲子『月を吐く』

 空気が晩秋の爽やかさに満たされている。しかし、さわやかな空気とは別に、相変わらず、往来する車の音はやかましい。車と言えば、先日、とうとうわたしの車が動かなくなり、バッテリーの交換をしたりして、ようやく走るには走るようにはなった。もう19年以上も前の古い車で、エコカー減税というのもあるし、走行距離も20万キロメートルを越えているので、そろそろ変え時ではあるが、せめてあと1年くらいはもってほしい。

 昨日から引き続いて諸田玲子『月を吐く』(2001年 集英社 2003年 集英社文庫)を読んでいるが、なかなか進まない。この作品は、先の『お鳥見女房』とは全く傾向を異にした歴史上の人物を取り上げた比較的シリアスな作品であり、歴史小説の体を取りつつ、ひとりの女性の生涯を描いたものである。

 なかなか読み進まない理由の一つは、もちろん、これが大きいのだが、こちらの体調が思わしくなく、集中力も想像力も欠いているからであるが、もう一つには、ここで取り上げられている人物に対して、元々あまり関心がわかなかったということにもよる。

 作中の人物は、「築山殿」と呼ばれた徳川家康の正室「瀬名」で、彼女の幼少期から死に至るまでが描かれている。「瀬名」は、今川義元の姪で、その重臣関口刑部少輔親永(ちかなが)の娘であり、歴史的には、今川家の人質となっていた松平元康(徳川家康)と政略結婚させられ、嫡男竹千代(後の信康)と亀姫を産むが、徳川家内部の勢力争いもあって、信康は、武田家と内通した疑いをかけられ、織田信長の命によって、家康は信康と瀬名を殺害したのである。

 諸田玲子は、この瀬名を描くにあたって、彼女が幼少のころから恋い慕っていた高橋広親(ひろちか)なる人物を登場させ、時代と状況に翻弄されながらも自らの恋心を胸の奥に秘めて生き、そして、最後に、家康によって殺されたのではなく、替え玉を立てられて生き伸び、広親の生まれ育った吐月峰の比久尼屋敷で生涯を終えたという筋立てにしている。そして、家康の母「於大(おだい)」と元康の嫁で、織田信長の娘であった「五徳姫」との嫁姑関係が、それぞれの勢力争いと軋轢を展開する中で、なんとか自分の居場所を確保しようと悪戦苦闘する女性として描いている。

 男であれ女であれ、あるいは小さな家の中であれ組織や国家の中であれ、勢力争いをする者には、同じように勢力争いをする者たちが集まってくる。徳川家康自身がその最たる者である以上、彼のまわりには常に醜い勢力争いがつきまとう。諸田玲子は、「瀬名」は言うまでもなく、家康にしてもその母「於大」にしても、比較的好意的に描いているが、その実態には権謀術策が限りなく展開される。人間の歴史がこうして織りなされてきたことは事実である。

 ただ、今川義元、織田信長、徳川家康といった戦国時代後半の群雄割拠した時代の中で、それぞれの場で権謀術策が、小さくはお家騒動から大きくは国取りに至るまで展開される状況下で、自分の愛を胸に秘めながらも生きた一人の女性として「瀬名」を描き出し、歴史的通説とは異なったロマンの成就を描き出そうとしているのが、この作品であるだろうと思う。

 前にも書いたと思うが、諸田玲子は、人間が、欲望と絶望をもち、願いと諦めをもち、どうすることもできない状況に生きなければならない姿を赤裸々にするし、この作品も、「築山殿」と呼ばれた徳川家康の正室「瀬名」の姿を通して、彼女の周囲にいた人々を含めて、そうした姿を赤裸々に描いたものである。

 作品は歴史的考証も変わらずしっかりしているし、広親をめぐる人間関係も物語の綾をなすものとして興味深い。今川家が崩壊していく過程も、それなりの重みがある。ただ、個人的な好みからいえば、たとえそれがどんなに小さなものであれ、勢力争いし、保身を図る人間は心底嫌いである。歴史と人生が状況に翻弄されるものであれ、いわゆる「政治」からは縁遠いところにいたいと思っていたし、思い続けるわたしにとって、こうした人間は、理解しても理解したくない。歴史小説は、そうした個人の好みに依存しているところが大きいので、題材の選択が難しいのだろうと思う。

 諸田玲子には、家康の周辺の人物を取り扱った作品がいくつかあるが、たぶん、彼女が静岡県の出身であることも、その理由にあるのかもしれないと思ったりもする。

 今日は、仕事もたまっていることだし、それを少しかたづけて、今夜は北原亞以子の作品を読もう。

2009年11月5日木曜日

諸田玲子『お鳥見女房』

 予報では、今日あたりからまた気温が少し戻るということだったが、晴れたり曇ったりの肌寒い日になった。思えば、もう霜月なのだから当然かもしれない。

 昨日の夕方、仕事上の郵便物を出すついでに「あざみ野」まで出かけ、コーヒー豆や薬局で日用品を買ってきた。日用品を買うのは、わたしのような人間とっては、どれがいいかわからずに一苦労である。

 一昨日、大根を葉ごといただいたので、今日は、その大根の葉の炒めものでも作ろうかと思う。このところ少し仕事が立て込んでいるので、肉体が養生を強要しているが、昨夜、諸田玲子『お鳥見女房』(2001年 新潮社 2005年 新潮文庫)を読んだ。この作品はシリーズになっていて、先にこのシリーズの『蛍の行方』、『鷹姫さま』、『狐狸の恋』などを読んでいたので、このシリーズの第1作目である本作品を読んだときは、フィルムが巻き戻されるようなフィードバックの思いがした。このシリーズの作品は、とにかく、面白く、そして、温かい。諸田玲子の他のシリアスな著作とは異なって、文体自体もふっくらしている。

 物語は、天保の改革(天保12-14 1841-1843年)を行った水野忠邦(1794-1851年)が老中となっていることから、おそらく、天保年間のこととして設定され、将軍家の鷹狩に際して、その鷹の餌となる鳥の棲息状況を調べる役職である「お鳥見」を代々務める矢島家の人々の姿を中心に描かれるが、「お鳥見」としての夫の仕事や子どもたちの成長、そして矢島家にかかわった人々を温かく見守る主婦「珠世」の姿が生き生きと描かれる。

 珠世は、「格子縞の小袖に柿色の昼夜帯をしめ、髪を地味な島田髷に結っている。小柄で華奢なのにふくよかな印象があるのは、丸みを帯びた体つきのせいだ。丸顔に明るい目許、ふっくらとした唇。珠世はよく笑う。笑うと両頬にくっきりとえくぼが刻まれる。そのせいで歳より若く見えるが、二十三を頭に四人の子持ちである」(文庫版10-11ページ)と描かれる。

 この矢島家には、婿養子として入った夫の伴之助、見習い役として出仕している嫡男の久太郎、剣の修行に励む次男の久之助、次女の君江、隠居している父の久右衛門の六人が暮らし、雑司ケ谷にある七十坪ほどの役宅には、時折、すでに旗本に嫁いでいる長女の幸江が子どもの新太郎をつれて遊びに来る。

 矢島家は八十俵五人扶持で、十八両の伝馬金(役職手当)が出、嫡男久太郎にも十人扶持、十八両の伝馬金が出ているので、日々の暮らしには困らないだろうが、決して豊かではない。しかし、「お鳥見」は、表の仕事とは別に、幕府の密偵としての裏の仕事もあり、やがて、夫の伴之助がその裏の仕事で沼津へ行き、行くえ不明になるという出来事を抱えることになる。

 この矢島家に、ほんのわずかなかかわりから、浪々の身に身を落としている石塚源太夫と五人の子供たち(源太郎、源次郎、里、秋、雪)が居候することになり、また、源太夫を父の敵とする女剣士沢井多津も同居することになり、都合十三名が暮らすことになる。家計は逼迫していく。しかし、それを受け入れる珠世の姿が次のように記される。

 「珠世は苦笑した。今さら迷惑もないものである。すでに五カ月余り、源太夫父子は矢島家に居座り、米、味噌、醤油、ことごとく空にした上に、家のなかを我がもの顔に飛びまわっている。
 もっとも、それを迷惑と厭う気持ちはなかった。米や味噌なら、なくなれば買い足せばいい。だが、人と人とのつながりは途切れればそれで終わり。その儚さを思えばこそ、せっかく結ばれた縁は大切に育まねばと思う」(文庫版 117ページ)

 珠世自身が、石塚家の五人の子供たちのくったくのなさや素直さ、信頼を寄せる心に救われていく。そして、石塚源太夫と彼を敵とする沢井多津の心も、矢島家で珠世と暮らすうちに和み、ついに二人は夫婦となる。

 「どしゃぶりでも、お内儀のそばにおれば雨がかからぬ。冬も火桶がいらぬ。年中笑いが絶えぬそうな。ほれほれ、ことにそのえくぼは絶品。まこと天女のごときお方じゃと…」(文庫版 231ページ)と源太夫は仕官口をもってきた松前藩の工藤伊三衛門に語ったとある。

 果し合いで父を殺した源太夫と真剣勝負だけを考えていた多津は、心が騒ぎ、怯えつつ矢島家に帰ってきた時に、「多津ねえちゃーん」、「お帰りーっ」と源太夫の子どもたちに迎えられた時、「門前で遊んでいた里と秋が手を振りながら駆けて来た。自分を待っていてくれる人がいるというのは、なんと心温まるものか」と実感していく。そして、次第に、大らかで屈託がなく、心やさしい源太夫にひかれていく。石塚源太夫は神道無念流の達人であるが、多津に斬られる覚悟をしている。

 こういう何でもない、しかし大切な温もりが、珠世を中心にした矢島家に満ちているのである。珠世は多津の背中をさすりながら、
 「己の心を偽ると、後々まで悔むことになりますよ」(258ページ)と言う。

 しかし、密命を帯びて沼津へ行った夫伴之助の行くえ不明が次第に深刻な影を矢島家に落としていくことになる。ついに、次男の久之助が、その父を探しに沼津へと出奔する。そして、多津との結婚を決め、ようやくにして松前藩に仕官が決まっていた石塚源太夫も、その仕官の口を辞退し、久之助の後を追って、伴之助の救出に向かうことになる。出立に際し、源太夫は珠世に言う。
 「お内儀。これまでの御厚情、生涯忘れぬ」

 「これまでの御厚情、生涯忘れぬ」という、この短い言葉には、石塚源太夫の万感の思いが込められた重みがあります。そういう経過が綴られているのである。「生涯忘れぬ」と言われても、現実的にはいつの間にか忘れられることがたくさんあり、現代の饒舌が言葉を羽毛のように軽く、塵や埃のように舞い落ちては散っていくものにしてしまっている感があるが、ここで語られている言葉は、人生のすべてをかけたような重い意味ある言葉となっている。『お鳥見女房』の言葉は、さらりと書いてあるようでも、そうした重みのある深い言葉が成り立つ人間関係が描かれている。

 こうした人間模様が、実に無理なく、描かれていく。この作品のおしまいのところで、諸田玲子は珠世の心情を次のように書いている。

 「楽しいことがあれば、辛いこともある。荷車の両輪のようにどちらも切り離せぬものなら、笑いながら引っ張ってゆくだけの気概を持ちたい」(文庫版 347ページ)

 そういう人間の姿を諸田玲子はこの作品で描き出そうとしているのだろうと思う。「おもしろうて、やがてせつなき」である。

2009年11月4日水曜日

藤原緋沙子『遠花火 見届け人秋月伊織事件帖』(2)、『春疾風 見届け人秋月伊織事件帖』

 昨夜、少々疲れを覚えていたが、藤原緋沙子『遠花火』を読み終え、同じシリーズの『春疾風 見届け人秋月伊織事件帖』(2006年 講談社 講談社文庫)を読み終えた。

 『遠花火』の第二話「麦笛」は、八州回りの役人野島金之助の私腹を肥やす奸計によって売り飛ばされた深川芸者の美濃吉と彼女に惚れていた呉服商「中村屋」の次男甚之助が殺され、その事件を、秋月伊織を中心にした「見届け人」たちが解決していく物語である。

 その事件の探索の過程で、殺された美濃吉を雇っていた深川の料理茶屋尾花屋の女将に、秋月伊織が次のように言って、美濃吉の背後関係を聞き出す場面がある。

 「女将、ここで働く女子たちは、皆女将のその心一つを頼りにして働いているのではないか」(136ページ)

 料理茶屋の女将は、この言葉で、美濃吉の背後にいた野島金之助について話すのである。「心ひとつを頼りにして働く」あるいは「生きる」というこの関係は、時代小説の中では主従関係であれ何であれ、深い信頼に基づいた関係として取り上げられるテーマである。ドイツ語のゲマイン・シャフト(Gemeinschaft)という言葉を、ふと、思い起こす。言うまでもなく、悪事を企む野島金之助とその仲間たちはゲゼル・シャフト(Gesellschaft)で生きる人間たちであり、見届け人たちはゲマイン・シャフトで生きる人間たちである。このシリーズは、そうした「心で生きる人々」の物語でもある。だから、面白い。

 第三話「草を摘む人」は、出世と金にしか目がなく、領地の百姓を絞れるだけ絞り取っていた北信濃の代官桑山修理の奥方美世が、そのあまりの非道ぶりから逃げだし、秀蓮尼と名を変え密かに暮していたが、夫の修理の出世の目論見と保身から命を狙われるようになった事件に「見届け人」たちが関わる話である。

 第四話「夕顔」は、周防国(山口県)岩城藩の勘定組頭矢島貞蔵の計略によって、不義密通者とされ江戸へ逃げてきて朗々の生活を送り、病んで死の床にある小野木啓之助と、その小野木を助けるために遊里の中でも場末の裾継(すそつぎ)に「あやめ」という名で身を売っていた松乃を女敵打ちであるはずの元夫の本田永四郎が身請けをするという話から、勘定組頭矢島貞蔵が賄賂を強要していた紙問屋の「和泉屋」徳兵衛を殺すという事件に絡んで、見届け人たちが矢島貞蔵の悪事を暴いていくという話である。

 松乃は、不義密通者とされ江戸へ逃げてきたが、わびしい江戸の長屋住まいの中で、元夫への心を待ち続け、思い出の夕顔を育てている。元夫の本田永四郎も、松乃が好きだったという夕顔の花を育てている。そういう姿が描かれているが、「夕顔」というのが、わびしく、悲しく、つつましやかでよい。

 いずれの話も、物語の構成がしっかりしているし、意識的にひとつひとつの関連が配置されているので、見届け人の一人である土屋弦之助の浮気話やその妻多加の悋気、長吉夫婦の姿、秋月伊織に密かに思いを寄せるお藤などのエピソードも盛られていて面白く読んだ。

 『春疾風 見届け人秋月伊織事件帖』は、このシリーズの3作目ではないかと思うが、先の『遠花火』よりもさらに文章が練られていて、すっきりしている。これも四話構成で、第一話「寒紅」は、両国の団子屋で売り子をしている「お波」と、播磨国(兵庫県)小原藩での内紛で浪人し、筆作りをしている原田淳一郎、原田淳一郎の元上司で、これもうらぶれた浪々の生活を強いられ、余命いくばくもない病んだ妻の薬代に窮し、ついには強盗の手先として雇われた栗原平助などの、どうすることもできない状況の中で苦闘しなければならない人間の姿を描き出し、江戸で起こった残虐な強盗殺人事件を「見届け人」たちが解決していく話である。

 「お波」は、かつて、「寒紅」という高価な紅を万引きし、それを原田淳一郎に助けられ、それから彼を慕い、彼のために生きようとしている女性であるが、強盗のひとりであった弥太郎の仲間と間違えられて金で雇われた栗原平助に斬り殺される。栗原平助は、妻のために原田淳一郎から十両の金を借り、その返済のために強盗の手先として雇われる。原田淳一郎は、新しく作ることを依頼された筆の材料費のためにその十両をもらっていたのだが、かつての上役の窮状を見かねてその金を差し出す。しかし、筆作りの話が取りやめになり、その十両を返却しなければならない。

 「悲しみの因果」というものがあるとしたら、この三人は、その金のために「悲しみの因果」の中にある。だから、作者の目は、登場人物に対して限りなく優しい。

 第二話「薄氷」は、あくどい商売をする酒屋「伊勢屋」のために店を潰された「越後屋」の嘉助が汗と泥にまみれた浮浪の生活の後、寺の墓地で凍死するという悲惨な出来事に出くわした秋月伊織が、伊勢屋で起こっていた放火事件を調べることになり、伊勢屋につぶされた越後屋に育てられ、実子のように可愛がられた捨子の与之助が放火犯であることを知る。秋月伊織たち見届け人は、なんとか与之助を助けようとするが、与之助は、ついに、放火犯として捕えられてしまう、という話である。

 与之助が自分を可愛がって育ててくれた嘉助の恨みを晴らそうと嘉平が眠る墓地で最後の決意をする場面で、次のような描写がある。

 「与之助は、つとめて平然としていつものように水汲み場に向かった。
 水汲み場には二尺四方ほどの石船が据えてあり、水はこの石船から桶に取り分けて墓地まで運ぶ。
 -おや・・・。
 石船に柄杓を差し入れようとして、与之助は微かな抵抗にあってその手を止めた。
 覗き込むと、うっすらと膜が張っている。
 薄氷だった。
 与之助は手をひっこめた。
 長い時間をかけてようやく張り付いた透明なその膜は、自分が越後屋で積み上げてきた商人としての何か、目に見えない希望というものを形にすれば、この薄氷のようなものではなかったかと、ふと思ったのである。
 与之助が築き上げてきたものは、越後屋が潰れるまでは、鋼のように固くて確かなものだと思っていた。
 ところがそれは、一瞬にして粉々になるような、頼りない代物だったのである。
 失意のうちにも一度は心を奮い立たせて、その残片を拾い集めてみたこともあった。だがそれは、もうけっしてもとの形に戻すことはできないのだという現実を、与之助は放浪の暮らしを通じて思い知らされたのである。
 いかに自分が、主の嘉助から温情を注いでもらっていたのかという事も、改めて知ったのであった。
 そんな自分の人生と重なる薄氷を、壊してしまうことが恐ろしくて与之助はふと、柄杓をひっこめたのである。
 だが、それも一瞬のこと、与之助は柄杓の頭でこつんと氷をつっついた。
 そこだけ穴をあければいい。遠慮がちに角を当てたが、氷はしゃりしゃりと音を立てて辺り一面割れてしまった。」(137-138ページ)

 この描写は、まことに見事であろう。物語全体が、ここに凝縮されている。そして、与之助の人生全体も。

 第三話「悲恋桜」は、かつて好き放題の乱暴を働いていた旗本真野鉄太郎を中心とする取り巻き連中が、無銭飲食で酔った勢いで、通りがかりの御小姓組の長田兵吉とその妻女、母に狼藉を働き、その事件によって江戸上追放になったのだが、いつの間にか江戸にもどり、再び、女をかどわかしては監禁して客を取らせるという悪事を働いていたのを「見届け人」たちが暴いていくという話である。

 母親と妻女に乱暴を働かれた長田兵吉も、妻女を守れぬ武士にあるまじき腰抜けとして改易(解雇)されていた。妻女の「かね」は、乱暴された者として世間からも実家からも冷たくあしらわれ、兵吉との間にできていた子菊之助を生んで、かつての長田家の中間だった友七のもとに身を寄せ、兵吉への思いを胸に暮らしている。兵吉は、何とか仇を討ち、汚名を返上したいと思って浪々の暮らしをしている。

 そういう事柄に、秋月伊織らが関わり、伊織は、及び腰ながらも極悪非道な真野鉄太郎に向かっていく兵吉に武士としての汚名を返上させる手助けをし、兵吉は、見事にそれを果たすが、自らも斬られて死ぬ。武家の力の倫理が規定する社会の中で、力のない者がどうすることもできないような苦境に追い込まれ、世間から冷たくされている者たちの姿がそこに織り込まれている。桜は、「かね」が夫への思いを重ねるために植えた木であり、死地に赴く夫の兵吉が妻と子へ残す思いである。その桜が、降るように散っていく。

 表題作ともなっている第四話「春疾風」は、貧しさゆえに場末の最下層の遊女屋である裾継に身を売らなければならなかった上野国(群馬県)の百姓の娘「おちよ」を探している幼馴染で元許嫁の畳職人伍助と出会った秋月伊織が、重税のために貧苦にあえいで、ついに岩花代官の勝本治兵衛を越訴(直接幕府に訴える)のために江戸へ来た「おちよ」の兄で伍助の親友でもあった与助らを助け、これを阻止しようと企む代官一味と戦い、その願いを手助けするという話である。

 この物語にも、裾継という場末の遊女屋で生きていかなければならないつらさと悲しみを背負っているが、そこを生き抜こうとする遊女の「おふく」という女性が登場するし、飢饉や干ばつに加えて重税であえぐ百姓たちの姿も描かれる。「見届け人」たちは、それらの心情にさりげなく触れていく。

 主人公の秋月伊織は幕府御目付役をしている秋月忠朗の実弟であり、越訴の手助けをすることは、その兄もただでは済まないことになる。しかし、伊織は、目の前で困窮している与助や伍助を見捨てることができず、兄に勘当を申し入れ、絶縁してから、彼らを助ける。伊織にとって、それは自分の生活を失うことである。しかし、伊織は、さらりとそれをやってのける。そこが、時代小説の面白いところ。伊織はこの出来事をきっかけに裏店の長屋住まいをすることになるが、伊織に思いを寄せているお藤は張り切る。

 『春疾風』は、『遠花火』以上に、作者の温かい目を感じる作品である。どうにもならない悲しみの中に追い込まれる人間の姿も、深く織り込まれている。『春疾風』を読んで、このシリーズの他のものも読みたくなった。

 今日は、資源ゴミの回収日になっているので、少し早起きをして、たまっている新聞紙や段ボールを整理して出したり、洗濯をしていた。気温はまだ低く、寒さを感じるがよく晴れている。気ぜわしい一日になりそうだが、仕事は仕事。

2009年11月3日火曜日

森真沙子『日本橋物語5 旅立ちの鐘』、藤原緋沙子『遠花火 見届け人秋月伊織事件帖』(1)

 昨日から寒気が南下してきて寒い日になった。多くのところで初雪が観察され、木枯らし1号も吹いたという。今日は、よく晴れているが風が冷たく寒い日になった。朝から忙しい日になりそうだ。昨夜、無理やりだらだらと食べ続けたので、体重が一気に2キログラムも増えてしまった。自制心のなさ、この上もないところではある。

 昨夜、眠れぬままに、八月に九州からこちらに来る飛行機の中で読もうと思って空港の売店で買い求めた森真沙子『日本橋物語5 旅立ちの鐘』(2009年 二見書房 二見時代小説文庫)を読む。

 この本は、『日本橋物語』というシリーズになっていて、日本橋で染物などを扱う店の美貌の女主人「お瑛」を主人公にして、そこで起こる様々な事件を解決していくミステリー仕立ての話で、『旅立ちの鐘』は、それぞれの時を刻む鐘の音が響く頃の事件が展開されるものである。

 ただ、残念なことに、この書物だけでは、主人公と彼女を取り巻く人々の人物像がはっきりしないし、事件も解決方法も込み入ったものではない。「お瑛」の店で働く番頭の市兵衛は、冷静で有能な番頭であり、棒術の免許皆伝の腕前という設定になって、いわば理想的な男性となっているが、この本の中ではその姿が浮かび上がらない。同居している義母の「お豊」は「寝たっきり」という設定であるが、これも、経験豊富で知識や心情の豊かな老女性という印象以外に、「寝たっきり」であることの悲しみや苦労も、それを看護しなければならないはずの「お瑛」の姿も浮かび上がってこない。

 もう一つ残念なことは、各章が「時の順」に並べられているのだが、そこに現在の時制での時間が括弧で示されていることである。江戸時代の時制は、夜明けと日暮れをそれぞれ「明け六つ」、「暮れ六つ」としてその間をほぼ2時間くらいずつに区切っていたし、従って、江戸の「六つ」と京都の「六つ」は、ほぼ1時間ぐらいの違いがあって、一概に、現在時間で何時というわけにはいかないことぐらいは、時代小説を書く人間なら誰でも知っていることである。それをわざわざ現在の標準時間で表記するのは何故だろうか、とつまらぬことを思ったりする。また、「スタスタとずいぶん早くお歩きだね」(224ページ)などの会話も、その多くが極めて現代的な言葉使いで書かれている。

 もちろん、娯楽小説として、物語の展開がきちんと進めばそれでいい、と言ってしまえばそれまでだが、時代考証も含めて、人物にも、もう少し思想性が欲しいところである。

 続いて、藤原緋沙子『遠花火 見届け人秋月伊織事件帖』(2005年 講談社 講談社文庫)を読んでいるが、なかなか進まない。これを読もうと思ったのは、この作者が小松左京の「創翔塾」という創作教室の出身とあったからで、小松左京(1931年-)は、日本を代表するSF作家であるが、高橋和巳(1931-1971年)の友人であり、なじみのあるところでは『復活の日』(1964年 早川書房)や『日本沈没』(1973年 光文社カッパ・ノベルス)などを面白く読んでいた。

 この小松左京の創作教室の出身なら、かなりしっかりした時代考証と社会検証の中で物語が進行していくだろうと思った次第である。

 物語は、今の神田見附あたりにかかっていた筋違橋から北に向かって伸びる御成道と呼ばれる道筋にある「だるま屋」という本屋の主人の「吉蔵」が、今でいう情報屋のような仕事をしており、この情報の真偽を確かめる「見届け人」として旗本の次男である秋月伊織や元目明しの長吉、浪人の土屋弦之助、吉蔵の姪のお藤などを中心にして事件の探索を行い、一つの事件ごとに一話が完結していくという筋立てとなっている。

 それにしても、最近の時代小説はこうした構成を取っているものが多い。おそらく、テレビドラマの制作の手法が大きな影響を与えているのかもしれない。テレビドラマは、時間内でひとつのエピソードが完結するように作られているのだから、それを意識して小説を構成する作風があるのかもしれない。したがって、登場人物の細かな心理描写もあまり必要とされないし、人生そのものを描き出すような長くて味のある小説も少なくなっている。ただ、この作品がそうだというのではない。この作品は、構成がしっかりしているので読みやすいし、人物の描写や会話も巧みである。

 とりわけ、同じような物語構成を先駆けた平岩弓枝(1932年―)の『御宿かわせみ』(1974年から始まって、現在なおも明治編が執筆中)や藤沢周平(1927-1997年)の多くの作品、池波正太郎(1923-1990年)などの作品は、一つ一つのエピソードを山場にもちながら、全体としても深い味わいがある。

 この作品は、まだ、読書の途中の段階であるし、一慨の批評などはあまり意味をもたないが、文体は洗練されてリズミカルであり、読みやすい。表題作ともなっている第一話「遠花火」は、女に騙された「あばた」顔の田舎侍柏木七十郎の話である。自己嫌悪の日々を送っていた柏木七十郎は、魂胆をもって言い寄って来た「おかね」という女に騙され、身の破滅に追い込まれる。見届け人たちがその事実を暴いていくのである。

 この話の結末部分に次のような一文がある。(吉蔵が伊織に事情を話す場面として)

 「柏木様は江戸にご出立の折に、庭に蜜柑の苗木を植えてこられたのだそうです。その蜜柑の木に実がなる頃には国に戻って来るとおふくろさまに約束していたようでございます。ところが一年が二年になり、二年が三年になり、定府の勤めになってしまって、蜜柑の苗木のことはすっかり忘れていたようです。それが、今度のお手紙ではその蜜柑に花が咲いたと書いてあったそうです。・・・・狭山様(柏木の友人)のお話では、柏木様のおふくろさまは歳のせいで目がよく見えなくなっているそうなのですが、そんなおふくろさまが蜜柑だけは枯らしてはならないと、手探りで水遣りをしてきたんじゃないかと、そう申されておりました。」(92ページ)

 こういう設定と会話が、わたしを懇情に喜ばせてくれる。柏木の母は義母である。時代小説は人間のよさを素朴に引き出す。この作品は、この最後の言葉で成功しているのかもしれない。ともあれ、続きを読もう。夕方出かけなければなrないので、電車の中で読む時間はたっぷりとれるだろう。