2010年10月14日木曜日

山本一力『あかね空』

 どんよりとした曇り空が垂れ込めている。月曜日に引いた風邪が本格化し、2日ばかり伏せていた。伏せていたといっても、仕事もあるし、会議もあるので養生というのではなく、気怠さを覚える身体で過ごしていたというだけではある。

 山本一力の『だいこん』を読んだあたりで、この作家の2002年度直木賞受賞作である『あかね空』(2001年 文藝春秋社)をじっくり読んでみようと思って読み始めたら、以前に読んでいたことを思い出し、再読の形になった。

 『あかね空』は、貧農の家で生まれ、「穀潰し」として京都の豆腐屋に奉公に出された「永吉」という男が、給金を貯めて江戸に出てきて、深川で豆腐屋をはじめて苦労を重ね、それが軌道に乗っていくまでの親子二代にわたる豆腐屋の成功物語である。しかし、ここには夫婦の問題、父と子、母と娘などの親子の問題、兄弟の問題、周囲の温かい助けが起こってくる状況などが、それぞれの人間の姿で描き出されるので、単なる成功物語ではない。

 「永吉」が作る京風の豆腐は、江戸では受け入れられない。しかし、永吉は心をこめて自分の豆腐を作り続ける。そういう永吉に、やがて彼の妻となる同じ長屋の「おふみ」が手助けをし、本来は商売敵である豆腐のぼて振り(行商)や、同じ豆腐屋をしている老夫妻が影から手助けをし、永代寺に豆腐を収める道が開かれていく。豆腐屋の老夫妻は、若いころに4歳のになる自分の子どもを誘拐され、永吉に我が子の姿を見る思いがしていたのである。その誘拐された子どもも、成長して地回りの親分となり、後で重要な役割を果たしていく筋書きが組まれている。

 だが、彼のことを妬み、彼の店を潰そうとする人間も出てくる。同業の平田屋庄六という豆腐屋があの手この手を使って永吉が営む「京や」を潰そうとし、乗っ取りを企む。
 やがて永吉とおふみとの間に子どもが生まれるが、ふとしたことでその子を傷つけやけどを負わせてしまう。母親のおふみは必死になって看病し、その子栄太郎を大事にすることを願かけて誓う。だが、店も忙しいし、次の子が生まれ、栄太郎にかまってやれなくなった時に、彼女の父親が事故で死んでしまう。その次の娘が生まれた時には彼女の母親が大八車に轢かれて死んでしまうという不幸に見舞われ、彼女は、三人の子どものうち栄太郎一人だけを特別に可愛がる意固地な母親になっていく。

 父親の永吉は、そんな女房を見て、反対に次男と娘を可愛がる。こうして家族がばらばらになっていく。やがて成長した栄太郎は、永吉の「京や」の乗っ取りを企む平田屋庄六の企みで、女と博奕で身を持ち崩していき、「京や」を守る次男と娘との間で確執が耐えなくなる。

 やがて永吉も呆気なく死に、おふみも死ぬ。そのおふみの葬儀のことでも、兄弟妹がもめ、わだかまりができる。そして、葬儀が終わった夜に、「京や」の乗っ取りを企む平田屋庄六が、むかし栄太郎がした借金の証文を手に乗り込んでくる。だが、そこで地回りの親分となっているかつての老夫婦の子どもが、見事に平田屋庄六の上をいく方法で、この一家を助けていくのである。

 地回りの親分となっている傳蔵が最後に言う。「うちらを相手に、銭やら知恵やら力比べをするのは、よした方がいいぜ。堅気衆がおれたちに勝てるたったひとつの道は、身内が固まることよ。崩れるときは、かならず内側から崩れるもんだ。身内のなかが脆けりゃあ、ひとたまりもないぜ」(363ぺーじ)

 こうして一件が落着して、「京や」を継いだ次男の悟郎と彼の妻の「すみ」が八幡宮にお参りしたとき、「八幡様にお参りしたとき、同じことをお願いできる夫婦でいような」と語りかける場面で、物語の幕が閉じられる。

 話の中で、これは成功物語であるから、できすぎと思われるところが多々あるが、人の機敏に触れていく展開がなされて、そういう意味では、こういう「助け」が起こると本当にいいだろうな、と思わせるものになっている。もちろん、現実には、こういう「助け」はほとんど起こらない。

 考えてみるまでもなく、山本一力という作家の作品には、『だいこん』を初めてとしてのこういう成功物語を骨子に据えた物語の展開が多いような気がする。もちろん、それらはただの成功物語ではないが、小説が夢やロマンを表すものでもあるとすれば、こういう一代記のようなものも悪くはない。それが小料理屋であったり豆腐屋であったりするというのもいい。人はそれぞれの場所でそれぞれの仕方で自分の居場所を作らなければならないのだから。

 今日も少し微熱が続いているような気がする。このところ毎年風邪に悩まされるようになってしまった。体力、気力共に衰え始めているのだろう。ただ、微熱のままで一日を過ごすというのも、不快ではあるが悪いことではない。

 このブログを立ち上げてから一年の歳月が過ぎたことに、ふと気づいた。

2 件のコメント:

  1. 力の入ったコメントを楽しみに毎日チェックしています。読書するばかりでなく、これだけのコメントをこまめに書かれる筆者は、どんな生活をしておられるのか、とても心配です。(仕事をしている間があるのかと)
    これからも期待しています。

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  2. コメント、ありがとうございました。ぼちぼちに書いているのですが、読んでくださり嬉しく思います。

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