昨夜、雨が音もなく降ったようだ。昨日洗濯物を取り込むのを忘れていたら、ぐっしょり濡れて洗濯のやり直しという、いつもの「ぼけ」をやってしまった。仕事の関係で午後から仙台まで行かなければならないし、片づけなければならない仕事もあるので、まだ暗い早朝から起き出していた。
昨夕から夜にかけて出久根達郎『抜け参り薬草旅』(2008年 河出書房新社)を面白いと思いながら一気に読んだ。
「抜け参り」とは、元々は「生かされている」ことを伊勢神宮に感謝する「おかげ参り」とか「お伊勢参り」と呼ばれ、だいたいにおいて江戸時代に60年周期で起こった伊勢神宮への集団参拝のことで、江戸時代には庶民の移動には厳しい規制があったが、伊勢神宮参詣や大山詣のようなことに関してはほとんどが許される風潮があり、特に伊勢神宮の天照大神が商売繁盛の神とされたことから商家では、子どもや奉公人が「お伊勢参り」をしたいと言い出すと、親や主人はこれを止めてはならないと言われていた。また、無断で出かけていっても、伊勢神宮を参詣したという証拠のお札やお守りを持ち帰れば、お咎めなしの無罪放免とされていた。「抜け参り」は、その無断で伊勢神宮へ参詣することを言う。
だいたいにおいて、初期には、「講(お金を出し合い、くじで当選者を決めて、当選した者が集まったお金を使うことができる)」を作ったりして本格的に行われ、参詣者は「白衣」を着ていたそうだが、中期になると仕事場から着の身着のままで行ったりして「おかげでさ、するりとさ、抜けたとさ」と囃子ながら歩いたと言われる。無一文で出かけても沿道の人々が助けるべきという風潮があった。無一文で出かけた子どもが大金をもらって帰ってきたという話もある。
後期の文政から天保にかけての「おかげ参り」では、なぜかひしゃくを持って行き、それを伊勢神宮の外宮北門に置いていくということが流行り、こうしたことが幕末の「ええじゃないか」につながっていく。文政から天保にかけての「おかげ参り」で参詣した者は400万人を越えるというから、これがいかに江戸庶民の間で流行っていたかがわかる。
伊勢神宮の性質が変わったのは明治になってからで、明治天皇が伊勢神宮に行幸したことから庶民の「お伊勢参り」熱がさめ、伊勢神宮は格式の高い神社になってしまった。
ちなみに、わたしが住んでいる所は、「お伊勢参り」と同様に江戸時代に江戸の庶民で流行した「大山詣」に使われた「大山街道」の側で、現在の国道246号線が側を走っている。近くの「荏田(えだ)」という所は大山詣のための宿があった所である。
『抜け参り薬草旅』は、江戸の瀬戸物問屋につとめていた十六歳の少年「洋吉」がその「抜け参り」の旅に出て、箱根近郊で薬草採りをする庄兵衛という人物と出会い、その庄兵衛と一緒に旅をしていくというもので、薬草に詳しく、人知にも経験にも富んだ庄兵衛と共に、特に精力剤や催淫剤(惚れ薬)などを求める人々や事件などに出くわしながら、最後には「おかげ参り」の群衆を利用して幕府転覆を企む由井正雪の子孫である由比家の騒動に巻き込まれながら成長していく話である。
薬草が生えている所は秘中の秘であるから、特に精力剤ともなる薬草などを巡って、薬草採りの上前をはねようとする人物も出てくるし、ないはずの黄色い朝顔の種を欲する強欲者も出てくる。刺青を覚えた絵師が若い女性の肌を狙って「抜け参り」の女性たちを誘拐する事件も起こる。薬と毒は表裏一体だから、その毒を欲する者もある。「抜け参り」を利用して駆け落ちする者や羽目を外す少女もいる。そういう様々な人間の欲の模様が「薬草旅」の色をなしていき、洋吉は庄兵衛の下で人生経験を重ねていくのである。
途中で「抜け参り」の旅を同行することになった「とし」という少女との洋吉の淡い恋もある。そして、最後に、静岡清水の府中で、由比の由比家の子孫が企む「おかげ参り」の群衆を利用した暴動に巻き込まれ、旅絵師に身をやつした幕府お庭番(隠密)や庄兵衛の活躍で助け出されていき、洋吉と「とし」は抜け参りの熱を冷まして、落ち着いていくのである。
物語の展開が細部にわたって無理がないし、庄兵衛の人間観察眼もなかなかのもので、大げさに構えないところがいい。なんといってもこの作品にはユーモアが満ちている。人間の業(ごう)や性(さが)をそのまま受け止めていくユーモアがある。時代小説としては完成度の高い作品だと思う。
作品とは関係ないが、薬草については、いつかもっときちんと学べたらと思ったりする。何といってもそれは人間の知恵の産物であり、歴史である。以前、中国に行ったときに関係文書がないかと思って探したが、こういうのは実際の植物を見て、手にし、乾燥させたりすり潰したりして自分の手で作らないと身につかないと思っている。子どものころヨモギの葉を血止めに使ったことがあるのを思い出した。しかし「生兵法は怪我の元」であるに違いない。
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