2011年9月28日水曜日

千野隆司『主税助捕物暦 玄武斃し』

 日毎に秋の深まりを感じる日々になっている。日中の爽やかさと朝夕の冷え込みが漸次に訪れ、虫たちの恋の羽音も次第に少なくなってきた。秋桜が風に揺れる様は何とも優しい。

 26-27日と外出の少し気ぜわしい日々だったのだが、ようやく今日から2~3日はいつもの日々に戻り、ゆっくりした気分でパソコンの前に坐ることができるようになった。この間に、千野隆司『主税助捕物暦 玄武斃し』(2010年 双葉文庫)を読んでいたので記しておくことにする。

 これは、このシリーズの八作目の作品で、二作目の『天狗斬り』(2005年 双葉文庫)と四作目の『虎狼舞い』(2007年 双葉文庫)を前に読んで、飛び飛びの読書となったが、浮気をして夫婦関係が破綻しそうになった主人公の北町奉行所定町廻り同心である楓山主税助が、様々な事件の探索をしながら夫婦関係をどのようにして修復していくのかも綴られて味わいのある内容になっていた。本作では、その夫婦関係は修復され、妻とひとり娘との暮らしは平穏を保たれている。

 筆者の筆力と物語の構成力は、書き下ろしとは思えないほどの緻密さがあって、本書でも、「背中にひびを切らす」と言われるほど歩きまわって事件の探索する定町廻り同心である楓山主税助が、さらに事件の核心に迫るために丁寧に一歩ずつ探索していく過程が綿密に記されていく。

 事件は、米問屋の主が何者かによって袈裟懸けに斬り殺されるところから始まり、それを見ていた主税助の手下である冬次の身重の女房が目撃し、続いて同じような手口で旗本の息子が殺され、また別の旗本が狙われていくという連続殺人事件である。

 主税助は、目撃者である冬次の女房を守るため、事件の真相に迫ろうとするが、殺された米問屋の主と次の殺された旗本家の息子や他の旗本家との繋がりがわからず、あれこれと探索を重ねていく。その謎解きの過程が一歩一歩記されていくのである。そして、ようやくにして、彼らが数年前の甲府勤番の折にある不正事件を告発し、その告発された者の子息が犯人で、逆恨みによる殺人だとわかっていく。犯人の子息は、双子で、互いにアリバイを立証したりして巧妙に立ち回るし、剣の腕も相当の凄腕だった。主税助は、緊迫した状況下で、この双子の兄弟と対峙していくのである。

 本書の大まかな筋立ては以上のようなことなのだが、それらが人間の微妙な心情の動きと共に描き出されているので、物語が何とも言えない妙味のあるものとなっている。たとえば、主税助の手下で、事件を目撃した身重の女房を必死で守ろうとする冬次について、次のような一文がある。

 「親兄弟のない天涯孤独の身の上で、ぐれて町の嫌われ者だったときには、しょせん冷たい目でしか見られなかった。いないものとして遇されることなど珍しくもなかった。そういう暮らしと比べれば、(恋女房をもらい、子どもが生まれるという今の暮らしは)天と地ほどの違いがある」(58ページ。括弧内はわたしの解釈)
 
 こういう冬次についての描写があって、冬次がいかに必死で女房を守ろうとしているのか、女房の尻に敷かれながらもそれを喜ぶ冬次の人柄などが十分に伝わるように描かれている。そういう人間に対する視点のようなものが作者の優れたところだろうと思う。

 そして、主税助の生命を賭けた闘いで事件が解決し、冬次の女房が無事に出産の準備に入り、それを主税助や女房、ひとり娘などが祝うところで物語が終結する。主税助とその女房、冬次とその女房の二組の夫婦の姿が中心となり物語が展開されるので、読後感が単なる時代小説以上のものがあるのである。最近の時代小説の捕物帳物、あるいは同心物の良いところが、この作品でも十分にある作品だった。

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