2012年1月11日水曜日

井川香四郎『冬の蝶 梟与力吟味帳』

この2~3日は日だまりのありがたさを感じることもあったが、今日辺りからまた等圧線の間隔が狭まる冬型の気圧配置となり、寒さが一段と厳しく感じられてくるとのこと。山のような仕事を横目にしながら、今日も比較的のんきに過ごしている。心の中では、仕事にそろそろ限界を感じているが、今年は「脳天気」一本槍で行こうと思っている。

 そういう気分にぴったりな井川香四郎『冬の蝶 梟与力吟味帳』(2006年 講談社文庫)を読んだ。これはこのシリーズの1作目で、前に4作目の『花詞』を読んでいた。1作目だから、闇に潜む悪を捕らえるところから梟与力と言われる主人公の藤堂逸馬が町人から町奉行所の与力になっていくところやそれぞれの登場人物の背景が描かれているのかと思ったら、そうではなく、すでに正義感の強い爽やかな与力としての活躍を始めており、幼馴染みの友人で剣の腕も立つが無類の女好きである武田信三郎が寺社奉行配下の吟味物調役をしているし、計算がうまいが小心者であることから「パチ助」と渾名されている毛利源之丞は奥右筆(書記官)仕置係(後には勘定吟味役になっている)である。

 物語は、この「パチ助」こと毛利源之丞が奥右筆頭から人件費の削減のために友人の藤堂逸馬か武田信三郎のどちらかを首にするように命じられて、悩むところから始まり、友情と保身の間で悩むが、その悩み方がいかにも脳天気らしいところから描かれている。

 藤堂逸馬と武田信三郎、毛利源之丞は、「一風堂」という自由闊達な気風をもつ寺子屋の同門で、仙人と呼ばれる宮宅又兵衛は、その思想性が南町奉行の鳥居耀蔵からにらまれている人物である。だが、彼ら三人は、その仙人を尊敬し、経営が危機に瀕している「一風堂」にために何とかしたいと思っているのである。

 本書には第一話「仰げば尊し」、第二話「泥に咲く花」、第三話「幻の女」、第四話「冬の蝶」の四話が連作の形で収められており、第一話「仰げば尊し」は、その「一風堂」にまつわる話で、火盗改めに追われた男が逃げ込み、それがかつては乱を起こした大塩平八郎とも繋がりのある男で、農民のために米蔵を開いたことで改易されたが、その農民たちの姿に絶望し、なにもかもが嫌になって盗賊の仲間に入っていた男であったのである。

 「一風堂」の主である仙人は彼を庇うが、盗賊の一人が殺されたことから殺人犯として捕らえられる。しかし、藤堂逸馬がその事件に不信を抱き、盗賊を裏で操って私腹を肥やしていた火盗改めの犯罪を暴いていくのである。

 ここには他者のために苦労するが報われずに絶望した人間に対して真っ直ぐな気持ちをもって生きる藤堂逸馬の爽やかな姿が描かれているが、腕も立ち、頭脳も明晰で、人柄も大らかであるという主人公だからこそで、痛快さもここまでくれば立派なものだと思ったりする。

 第二話「泥に咲く花」は、「一風堂」の手伝いの口を求めてやってきた明るい「茜」という娘と同じような境遇にある寺子屋の女師匠が殺された事件の真相を探っていく話で、殺された女師匠の父親が病で倒れたときに見捨てた医者が、父親の恨みを晴らそうとした女師匠を五月蠅く思って殺してしまった事件の顛末である。金持ちしか相手にせず、しかも病が重いと騙して薬種問屋と結託して大金を巻き上げていた医者の悪事が暴かれていく。悪は、だいたいにおいてこういう典型的な姿は取らずに巧妙なのだが、なぜかこうした痛快時代小説では善悪がはっきりしている。まあ、それも気楽に読めていいのだが。

 第三話「幻の女」は、言いがかりをつけられた娘を助けようとした男が、相手が死んでしまったために捕らえられ、その事件の吟味を藤堂逸馬が担当することになり、その事件に裏に隠されていた寺社の勧進札(寺社の修復のための寄進)を使った詐欺を暴き、寺社奉行配下の大検使(寺社を検査する役)がその勧進札の詐欺の黒幕であることを明白にしていく話である。

 藤堂逸馬は、この犯罪がもみ消されないように鳥居耀蔵をうまく使って犯罪を暴いていくが、ここで、「一風堂」で働くことになり、みんなからも気に入られている「茜」が、実は鳥居耀蔵の密命を帯びて「一風堂」の主である宮宅又兵衛を内偵している女性であることが明らかにされる。「茜」は、鳥居耀蔵の密命を受けているが、藤堂逸馬や彼の友人たち、仙人と呼ばれる宮宅又兵衛などの人柄に触れることで、鳥居耀蔵に疑問を持ち始めている。

 第四話「冬の蝶」は、遊女を殺した罪で死罪判決を受けた男が、処刑される前に藤堂逸馬に会いたいと願い出で、ひとりの女性のその後がどうなったかを知りたいと言い出す。処刑を数日後に控えて、その申し出に疑問を感じた藤堂逸馬が、その事件を調べ直し、その事件の裏に、何人かの侍たちが金蔓となる商人たちを狙って利権をちらつかせては金を奪っていくという悪事が潜んでいたことを明白にし、死罪判決を受けた男の冤罪を晴らしていくというものである。

 前に読んだ『花詞』の時にも記したかも知れないが、こういう主人公たちや物語、事件の展開は、実に気楽に読めていい。爽やかでまっすぐさが売り物の主人公たちは、「読み物」として面白い。気楽に読めるからといって気楽に書かれているわけではなく、あちらこちらの歴史考証はきちんと踏まえられており、現代の問題に対する姿勢もそれとなく描かれ、一言で言えば、安心して楽しめるものになっているのである。娯楽時代小説なのである。

 そして、少し疲れた時などは、こういう「読み物」がいいような気がしないでもないから、面白く読める一冊ではあった。

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