朝方は晴れ間も見えていたが、今は、空がどんよりと曇り、雨模様で湿度も高い。気象庁の予報によれば、この天気も今日までで、明日からは夏日になるらしい。いささか疲れを覚えて月曜日の朝を迎えたこともあり、身体が重い。もっとも、年齢を重ねてくると身体が軽いという感覚は失われるのかもしれない。
そんな中で、どこかスカットした気分を持ちたいと鳥羽亮『剣客同心』(2006年 角川春樹事務所)を読んでいた。これは後にシリーズ化されているものの第一作目の作品であるが、2004年から2006年にかけていくつかの新聞に掲載された作品で、新聞小説らしく話の展開が丁寧でゆっくりと進められている分、主人公の長月隼人の人物像や彼が陥った苦境と、それをはねのけていく姿がよくわかって気楽に面白く読める一冊になっている。
物語の発端は、南町奉行所の隠密廻り同心をしていた長月隼人の父親が、商家の手代と娘の相対死(心中事件)に何か大きな裏があるのではないかと探索していた途中で、何者かに斬り殺されるという事件である。長月隼人は、ようやく見習い同心として出仕したばかりであった。
父親の惨殺事件は、上役の同心や吟味与力の手によって、あっさり辻斬り事件として処理されたし、続いて起こった別の町人と娘の死も、あっさりと相対死(心中)として片付けられ、父親の仇を討とうとして犯人を探索していた長月隼人にも上からの弾圧がかかり、嫌がらせも始まっていく。
こういう中で、孤立しながらも長月隼人は父親を殺した犯人と事柄の真相の探索を黙々と始めていくのである。彼を助けるのは、父親がときおり手先として使っていた八吉で、やがて、父親を殺したのが陸奥国高津藩(架空)の使い手であることがわかり、高津藩には、権力闘争が起こっており、それが跡目相続の問題とも絡んで内紛が起こっていることが分かっていく。藩を牛耳る一方の家老は、自分の娘を藩主の側女とし、そのあいだに生まれた子を後継にして藩政を牛耳ろうと幕閣にまで賄賂の手を伸ばしていたのである。
また、その家老を使って藩の御用商人の座を狙い、大奥の女中を使って事柄を優位に運ぼうとした商人が家老と結託して、大奥女中に色男を提供してその秘密を握り、供された色男たちを口封じのために相対死に見せかけて殺していたことが分かっていく。
事件を相対死や辻斬りとして封じ込めようとした奉行所の与力や同心は、その商人から大量の賄賂をもらっていたのである。
事柄は大名家や幕閣までも含まれた大事件であり、奉行所の与力や同心も関わっているので、主人公の長月隼人は薄氷を踏む思いで、幾度かの弾圧や脅しにあいながらも、事件を探り、真相に肉薄していくのである。主人公の長月隼人は、十七歳で見習い同心となり、やがて高積み見廻り同心になるが、上役の画策で無役の同心に格下げされていく。それでもまだ二十歳前後の青年なのだが、このあたりの主人公の活躍は老練の域で描かれているのが気にはなるが、事件の真相に肉薄していく展開は丁寧である。
そして、事件を画策した商人と家老が、再び大奥女中を招いて饗宴をはろうとした時、家老を正そうとする高津藩の藩士たちと協力して、父親を斬殺した凄腕の男と対峙し、これをかろうじて退け、事件に関わった商人を捕縛し、終結を迎えるのである。高津藩を牛耳ろうとした家老の企みも発覚し、改易となり、商人も処刑され、長月隼人は無役の同心から定町廻り同心となる。
これが本書の大筋であるが、主人公が苦しみながらも事件の真相にひとつひとつたどり着いていく姿が描き出され、また、千葉周作なども登場しての剣の技についての展開もあって、捕物帳ものだけでなく剣術小説としても楽しめるものになっている。そして、傲慢な者、欲深い者は、いずれは滅びの道をたどるという展開は、「水戸黄門の印籠」のように安心して読めるものになっている。加えて、主人公に長月隼人は決して清廉潔白な正義の士ではなく、必要とあれば死をも厭わない人物であり、「情」に流されるということもない。後のシリーズでは、彼は「八丁堀の鬼」と渾名されることになる。
個人的に、あまり剣客物と呼ばれる作品は触手が動かないのだが、これまでも鳥羽亮の作品をいくつか読んできて、本書もまた作者らしい作品で、作者の代表作の一つと言えるかもしれないと思いながら読み終えた。
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