2013年12月26日木曜日

野口卓『軍鶏侍』(2)

24日(火)のクリスマスイブの日、大学の講義から急いで戻ってきてイブの礼拝を守り、流石にくたくたに疲れ果てて、その疲れがまだなかなか抜けないでいる。今日から年末年始にかけて大寒波が襲来するという。寒いとなかなか疲れも取れない気がする。

昨日は、お正月の間に読む本を借りに図書館に行ってきた。その図書館で対応してくれた図書館員の人は、眉にしわを寄せて話す癖があるのか、穏やかさとは無縁のところで生きている方のようで、利用者が多いからやむを得ないところがあるとは言え、少し残念な人だった。

閑話休題。野口卓『軍鶏侍』(2011年 祥伝社文庫)の第二話「沈める鐘」は、念願の剣術道場を開くことができた主人公の岩倉源太夫が妻を娶っていく話から始まっていく。

源太夫は若い頃に一度妻帯し、一子を設けたが、結婚してすぐに江戸勤番となり、剣術の修行に明け暮れ、剣術にしか関心がなかった。帰国しても彼の関心は剣術にしかなく、妻と子をほとんど構うことなく、妻もまた、源太夫が軍鶏を飼い始めたことで、鳴き声や鶏糞の匂いで頭痛がすると不機嫌で、家の中は陰気な空気が漂っていた。そして、その妻が病でなくなり、源太夫は亡き妻に対してすまなかったとの後悔の念を抱いていた。

だが、道場を開くにあたって家事を取り仕切る妻女が必要だろうと息子の嫁の兄が縁談話をもってきたのである。そこには家族水入らすで過ごしたいと思っている息子夫婦の意向も働いていて、源太夫の再婚話はあれよあれよという間に進んでいく。相手は「みつ」という二十八歳になる女性だと言う。

「みつ」は、武具方の武藤六助の三女で、十八歳で同じ武具方の立川彦蔵という男に嫁いだが、八年経っても子ができないということで離縁され、実家に戻っていた女性であった。「みつ」の夫であった立川彦三は、「みつ」を離縁してすぐに再婚し、子どもができている。「みつ」は出戻りとして着物を縫ったり近所の娘たちに裁縫を教えたりして生活しているという。心根の優しい控えめな女性であると源太夫は聞かされる。そして、話は電撃的に進み、道場開の三日前に婚儀をするということになっていくのである。

そんなある日、源太夫は下働きの権助と共に、運んでいた馬とともに川の淵に沈んだ鐘の音が今も時折聞こえるという伝説のある沈鐘ヶ淵に夜釣りに出かけ、源太夫は鐘の音を聞く。こうした挿話の挿入は実に巧みで、その鐘の音が源太夫の心の声と重なるようにして描かれていく。

権助は軍鶏の飼育だけでなく釣りについても名人級の知識と技量をもっていて、主従の関係が面白く逆転していくところがある。「ようよう軍鶏がわかってまいりましたな、大旦那さま」と言ったりするのである。

「みつ」との婚儀も滞りなく終わり、剣術道場も三十人ほどの新弟子が集まって開かれた。「みつ」は、真に素晴らしい女性であり、こうして順風満帆に源太夫の再出発が始められた。だが、「みつ」の前夫である立川彦蔵が、彼の妻とその不義の相手を一刀両断にして斬り、出奔したという知らせを受けるのである。

立川彦蔵の後妻となった女は、以前から名う手の遊人で見栄えの良い男と深い仲にあり、その男に上格の家との縁談話が持ち上がったことを機に、その男が彼女を下司である立川彦蔵に彼女を押しつけ、彼女が子を産んだあとに再び寄りが戻っていたのである。立川彦蔵と後妻との間に生まれた子は、実は、その男の子であった。立川彦蔵は随分と忍耐をしていたが、彼の妻とその男が出会い茶屋で抱き合っているところに乗り込んで、二人を斬り殺して逐電したのである。姦婦姦夫の成敗は無罪だが、脱藩は死罪に値する。立川彦蔵は藩随一の剣の使い手であり、岩倉源太夫にその討手の命が下された。

源太夫は討手となることを拒んだが、もうひとり選ばれた討手がその女の弟であり、主命であることを聞かされて、やむなく立川彦蔵の討手として彼と対峙するのである。討手となった弟は狭間鐵之丞で、義兄であった立川彦蔵が優れた人物であると言う。

源太夫は立川彦蔵に好ましさを感じながら、彦蔵の出身地である貧農に彼がいるような気がしてそこに向かい、静謐さと威厳を身にまといながらも死を覚悟した立川彦蔵と会うのである。彦蔵の妻は、彦蔵が出会い茶屋に踏み込んだとき、相手の男に「その男を斬って」と夫を「その男」呼ばわりして叫んだと言う。源太夫は闘いを回避しようとするが、彦蔵は、もはや死を覚悟しているという。こうして、源太夫と彦蔵は死闘を繰り広げることになる。源太夫は満身創痍となりながらも、なんとかその闘いに勝つ。だが、源太夫は深く心に痛みを覚えていく。

満身創痍の源太夫を「みつ」と権助が介護する。権助の手際はよく、源太夫は次第に回復していくが、立川彦蔵の残された一子(彦蔵との血の繋がりはな位が)の三歳になる市蔵を養子にして育てたいと「みつ」に申し出、「みつ」はそれを快諾するのである。死闘をした立川彦蔵の亡骸も懇ろに弔う。こうしたところに、岩倉源太夫という主人公の度量の大きさと思いやりの深さがにじみ出て、また、「みつ」の大きさと愛情の大きさも描かれ、この夫婦が、人としての温かみのある夫婦であることが記されていくのである。そして、石女として離婚された「みつ」が懐妊する。源太夫にとって、彼の孫よりも若い子が誕生することになるのである。

そのとき、源太夫は、なぜ自分に沈鐘ヶ淵の鐘の音が聞こえ、側にいた権助には聞こえなかったかを悟る。源太夫はこの一年の間に、やむを得ない事情があったとは言え、刺客となった旧友と妻の前夫を斬り、強く後悔をした。それによって源太夫は死という負の方へ向いてしまっていたが、権助は生という正の方へ目を向けていた。だからだと思うのである。そして、とことこと歩いてくる市蔵を両腕で抱えて青空に向かって高々と差し上げる権助の姿に人の歩み方を学んでいくのである。

第二話の最後の情景としてその権助の姿が記されて、これも秀逸の作品としての終わり方をしている。

第三話「夏の終わり」は、一人の青年が自らの殻を破って脱皮していく成長譚である。物語が始まる前に、下働きの権助が軍鶏の餌となる雀を捕える場面があり、「生き物にはそれぞれに習い性というのがありまして」(147ページ)という言葉があり、この言葉がこれから展開される一人の青年の脱皮へと大きく関係していくことになるという、真に巧みな技法が使われている。

物語の中心となるのは、岩倉源太夫の友人で藩の学問所の教授方をしている池田盤晴が源太夫に剣術の修行を依頼した頑固で他の者ともうまくつきあえない不器用な教え子の十歳になる大村圭二郎である。

大村圭二郎は、徒士組頭の大村庄兵衛の次男だったが、父親の庄兵衛が切腹をしなければならない事件が起き、お家断絶はまぬがれたが家禄を四分の一に減らされ、屋敷も組屋敷に移され、家督を継いだ兄は、それでも真面目に仕事に励んでいたが、圭二郎はその衝撃に耐えられずに歪んできていたのである。寡黙でほとんど口をきかず、表情が異常に乏しい少年だった。圭二郎は十一歳になったが、変わらないままであった。父の非業の死は少年の心に重い影を落としていた。

その圭二郎を源太夫も妻のみつも案じるが、みつは「誰か見守ってくれる人がいることを知ることが励みになる」と言う。そして、圭二郎は藤が淵と呼ばれる淵に巨大な鯉がいることを見つけ、この鯉を捕まえることで自分を変えようとしていく。その手助けを博識の権助がしていくのである。権助は周到な準備を幾日も重ねて忍耐強く待つことを教える。圭二郎はその権助の指示に従い、ついに鯉を釣り上げる日がやって来る。彼は、横殴りに降りつける雨に打たれながら鯉と格闘していくが、釣り上げる寸前で老練な鯉に糸を切られてしまう。しかし、権助は、「これでよかったのだ」と言う。

周到な準備を長い時間かけての失敗。だが、この出来事が圭二郎を一変させる。道場の床拭き掃除もし、熱心に稽古もするようになり、腕も上がり、皆から一目置かれるようになっていくのである。少年が脱皮して青年となる。権助はそれを見守るのである。こういう人物が周りにいることは少年にとって何よりも幸いである。第二話のはじめの方で示されたみつの言葉がこうして具体化されているのである。こういう構成が小説を優れたものにしているとつくづく思う。

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