2013年1月7日月曜日

吉川英治『春秋編笠ぶし』


 薄ら寒い冬空が広がっている。昨日からNHKの大河ドラマで、幕末から明治にかけての、激動し、激変した社会の中で、敗者となりながらも矜持を高く持って生き抜いた新島八重の生涯を描いた『八重の桜』が始まり、脚本や構成に若干の難点を感じながらも、子役や主演女優の綾瀬はるかさんの滲み出る人柄や演技のうまさに感じ入って見ていた。

 キャスティングが真に最適で、会津魂と個性を強く持ち続けた新島八重を演じることができるのは、彼女が最も適しているとわたしは思う。夫となる新島襄は、八重を尊敬し、「八重は生き方がハンサムなのです。そしてわたしにはそれで十分です」という言葉を残しているが、女優の綾瀬はるかさんは、まさに「ハンサム」である。これからの展開を楽しみにしている。江戸中期は別にして、「幕末の会津」と聞いただけで、わたしは感動する。特に会津の子どもたちには敬意を表したい。

 閑話休題。吉川英治『春秋編笠ぶし』(1969年 吉川英治全集8 講談社)を読み終えたので記しておく。この作品もまた、武士の一分を縦糸にし、悲恋物語を横糸にして編まれた物語である。

 主人公の松山新助は九州宇土に移封されたキリシタン大名の小西行長の下級家臣であった。彼は美貌、美声の持ち主であったが、蒲柳の質で、戦国の世にあっては軟弱者とみられてなかなか初陣にも出られないような有様だった。彼は老いた母と二人で貧しく暮らしていたが、母親は彼が密かに武芸を磨いていることを知っていたので、なんとか初陣に出ることができて、人から認められるようにと奔走し、他の人からははるかに遅れてではあるが、秀吉の朝鮮出兵の軍に加えられることになる。

 秀吉は肥後熊本の加藤清正と宇土の小西行長に出兵の準備をさせていたが、熊本と宇土の間を流れる緑川流域では、その準備の早さを競って、小競り合いが起こっていた。そして、ついに双方が刀を抜いて斬り合うという事態にまでなり、宇土側の劣勢を知った松山新助がそこに駆けつけるのである。病弱で弱々しいと見られていた松山新助だが、手槍を振るい、人々を驚愕させ、ついには加藤家熊本十人衆と呼ばれる猛者のひとりである荻生安太郎さえ討ち取ってしまうのである。この時、新助の恋敵である柘植半之丞も新助に助けられる。

 松山新助には、想いを寄せる「お夏」という浜郷士の娘がいた。彼女の父親は、小西家の納屋や造船、浜の見張り、船大工の棟梁を束ねる勢力者であり、柘植半之丞も「お夏」を狙って婚儀を申し入れていたのである。

 緑川河川敷の争いで人々を瞠目させた松山新助は朝鮮出兵の小西家一番組に編入され、彼がいよいよ朝鮮に向けて出陣するとき、新助の想いを見るに見かねた母親が「お夏」の家に行き、結婚を申し入れる。そして、柘植半之丞と松山新助のどちらか、朝鮮で手柄を立てた方と結婚するという話になるのである。

「お夏」も松山新助に想いを寄せて、新助が必ず手柄を立てると思っていた。そして、新助が出兵している間、新助の妻になるものと決めて、老いた母の世話などを甲斐々々しくしていた。

朝鮮で、新助は目覚しい働きをし、初めは勝利を収めていた小西軍も、やがて激戦を重ねるようになり、ついには平壌を退くことになる。その時、見張りに立っていた松山新助の側に来た柘植半之丞は、新助の背中を押して城壁から敵の中に落とすのである。半之丞は、新助を亡き者にして「お夏」と結婚し、その父親の財力を得ようとしたのである。

他方、緑川の河川敷の争いで松山新助に斬られた加藤家の荻生安太郎の実弟である荻生式之助が親類とともに兄の仇を討つために松山家を見張っていた。彼らは新助の縁者も殺して仇を討とうとしたが、老いた新助の母や彼女を介護する「お夏」の姿を見て思いとどまっていたのである。

そういう中で、朝鮮の小西軍の敗退が伝えられ、新助も討ち死にしたとの報が伝えられる。そして、老いた母は、もはやこれまでと自害してしまうのである。「お夏」も後を追おうとするが、見張っていた荻生式之助に止められる。

やがて、突然、堺から新助の手紙を持った男が「お夏」を訪ねてきて、堺に来るように誘う。「お夏」は新助が生きていたと思って、堺に向かう。新助を仇と狙う荻生式之助らもその後を追う。しかし、それは新助ではなく、柘植半之丞が出した偽手紙で、「お夏」は半之丞のものとなってしまうのである。半之丞は「お夏」と結婚し、「お夏」の実家の財力で成功者になっていく。

そのころ、戦のために活気づいた名古屋で、編笠をかぶり、即興唄で糊口を凌ぐ痩身の武士が現れていた。この武士が朝鮮の平壌で城壁から落とされて死んだはずの松山新助であった。新助は失明していた。新助は裁縫を職とする「お通」という女性の世話を受けながら、美声を生かした即興唄を角々で歌うことで生活しながら、柘植半之丞の行くへを探していたのであった。その新助に荻生式之助らが出会い、新助は、自分にも晴らさなければならない恨みがあるから、仇討ちはしばらく待ってくるように頼む。新助の頼みを聞かなかった式之助の従兄弟は新助に斬られてしまうが、事情を聞いた式之助は待つことにする。荻生式之助はその後もずっと松山新助と「お通」の姿を見張り続ける。

こうして年月が経ったとき、ついに柘植半之丞の行くへが知れ、「お夏」と贅を尽くした生活をしているということを聞く。松山新助はそこに向かう。盲目の彼を引いて「お通」もその近くまで行き、そこで見送る。そして、ついに松山新助は柘植半之丞をしとめ、彼に向かってきた「お夏」も新助の刀で斬られてしまう。「お夏」は半之丞の妻になったが、心はまだ新助を想っていた。だがその想いも知られることなく死んでしまうのである。

そして、松山新助の復讐は終わり、彼は荻生式之助に斬られようとする。だが、新助の人柄に触れて、尊敬さえ始めていた荻生式之助は新助を斬らないばかりか、彼の音曲の弟子にしてくれと行って、戦いで傷ついた彼を背中に負っていくのである。「お通」がどうなったのかは触れられないが、松山新助はかなり長生きをし、彼の弟子となった荻生式之助が、やがて、江戸唄の根源になった「隆立ぶし」の創始者荻生隆達となったことが、末尾に記される。

 この物語も、大筋は特別なことはないのだが、時代に翻弄されながらも生き、自らの武士の一分を立たせるために過ごし、失った愛や与えられる愛を描きつつ、人間の微妙さを巧みに描き出した作品である。これも、物語の展開には絶妙なものがあって、「飽きさせない」という趣向が凝らされている作品である。こういう娯楽作品の物語性という点で優れているのが吉川英治の作品だろうと改めて思った。

今日は、なんだか少し疲れを覚えて、あまり意欲もわかないでいるのだが、「ブルー・マンディー」かもしれないと、自分で言い訳しておこう。

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