2010年7月26日月曜日

鳥羽亮『剣客春秋 里美の涙』

 昨夜少し雨がぱらつき、今日も午後から曇ってきたが、湿度と気温が高く耐え難い暑さにあることに変わりはない。朝から汗まみれになって掃除をしていた。

 昨日、鳥羽亮『剣客春秋 里美の涙』(2006年 幻冬舎)を読んだ。これは、このシリーズの6作目で、前に読んだ5作目の『恋敵』に続くもので、本書では剣術道場を開いている千坂籐兵衛の娘里美と吉野彦四郎は夫婦となり、夫婦で籐兵衛の道場に通いながら剣の修行を続けている。

 本書では、1837年(天保8年)に大阪町奉行所の与力であった大塩平八郎が起こした江戸幕府に対する反乱の影が江戸にも落ちて、江戸で「大塩党」を名乗る牢人集団が商家を襲い、強奪と強盗を働いた事件が背景として取り上げられている。大塩平八郎の乱そのものは、天保の飢饉と大阪の豪商による米の買い占め、大阪町奉行の腐敗などがあっての武装蜂起であった。内通者なども出て失敗するが、その残党が各地に流れたのは事実である。

 本書では、江戸で食い詰めた牢人たちが「大塩党」の名をかたって強盗を働く牢人集団が取り上げられている。彼らは、武芸所を作るという名目で腕の立つ牢人たちを集め、商家を強請り、強盗に押し入るのである。各派の武芸を一堂に集めた武芸所を作るというのは、いってみれば清河八郎並みの発想であるが、実態は押し込め強盗に過ぎなかった。

 しかし、そこには能力があっても食い詰め牢人として生きていかなければならない下層武士たちの悲哀がある。「里美の涙」というタイトルの「涙」は、その悲哀を表す言葉である。

 彼らが、千坂籐兵衛の亡くなった妻の実家である米問屋に脅しをかける。それぞれが凄腕の牢人たちであり、容赦なく人を斬り殺す。その米問屋の危機を籐兵衛、里美、彦四郎らの千坂道場の面々が救っていくというもので、彼らの決死の活躍によって「大塩党」を名乗る強盗集団を捕らえていくというものである。

 千坂籐兵衛や道場師範に「大塩党」からの誘いがあったり、鬱々としていた門弟が大塩党の一員であったりして、下層武士階級を取り巻く切迫した状況が「人間の姿」として描かれている。また、政治的、あるいは社会的目的を掲げて、それを大義名分にして自己の安泰や保身、出世をもくろみ、強奪などを働く人間には、どこか傲慢なところがあるが、その傲慢さも「大塩党」を名乗る牢人たちの姿によく現れている。

 前作でも、あるいはこのシリーズの全部に言えることだろうが、欲も何もなく、ただひとりの剣客として正直に生きる千坂籐兵衛や里美、彦四郎の姿がそれだけによけいに爽やかな姿として映る。彼らはお互いに「思いやる」ことを知っている人間たちなのである。

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