2011年3月7日月曜日

千野隆司『火盗改メ異聞 仇討青鼠』 

 どうも「冷え込むなあ」と思っていたら、一面の雪になって「三月の忘れ雪」が降り続いていた。春がとまどっているのか、冬が頑張っているのか、雪景色を眺めながら目が覚めた。今は、もう止んでうっすらと積もった雪も溶けてしまっている。「淡雪」という情感のある言葉を思い出したりした。

 しばらく溜まっていた家事をしたり、依頼されている専門誌の原稿を書いていたりしていたら、懐かしい同級生から電話をいただいた。もう40年近く会っていなかったが、「紅顔の美少年」だった(?)ころのことを走馬燈のように思い出したりした。「今度会いましょう」ということで、わたしのような人間を覚えていてくださっただけで、嬉しい限りである。

 閑話休題(それはさておき)、昨夜ようやく千野隆司『火盗改メ異聞 仇討青鼠』(2008年 徳間文庫)を読み終えた。少し仕事が詰まっていたので時間がかかったのだが、この作者の作品は、たとえ「書き下ろし作品」であっても、たいていどれも変わらずに構成と表現に優れたものがあることを感じて読み続けていた。

 ここでも前章「盗人七人」の書き出しは、「弦月」というただ一言で始まり、「鋭い月明かりが、堀割と石垣を蒼く照らしている。闇を渡る風が、水面を小刻みに揺らせて行き過ぎた」と行を変えて続き、人ひとりいない月明かりの闇の中で起こる強盗事件の張りつめた空気が伝わってくる。

 物語は、身体が小さくて「青鼠」と馬鹿にされていたのを助け、生きる力を与えてくれた鉄吉という男に誘われて強盗団の一員となっていた主人公を含む強盗団が、仲間の裏切りによって、火盗改めに囲まれ、主人公が兄貴として敬愛していた鉄吉と強盗団の首領を殺されていくところから始まる。

 主人公は、殺された鉄吉に代わって鉄吉が身請けして一緒になると言っていた遊女を身請けし、鉄吉の仇を討つために裏切り者を捜し出していく。また、離散した強盗団の残党たちは、それぞれ、殺された首領が隠し残した五千両もの大金のありかを探ろうとするし、火盗改めもまたその金を探し出そうとする。主人公は残党のひとりひとりを捜し出して誰が裏切り者であるかを見極めようとするが、強盗団の残党たちは、ひとりひとり火盗改めに殺されたりしていく。そうしてようやく最後に、誰が裏切り者であったかが分かるのである。

 離散した強盗団の残党たちの生活や主人公が裏切り者を突きとめていく過程、身請けした遊女との関係などが丁寧に描かれている。全体的な復讐劇のためにどこか暗さのある展開なのだが、最後に「舳先の向かう闇の向こうに、今度は何があるのか分からない。けれども郷助は、力を籠めて櫓を漕いだ」(349ページ)と記され、月夜の暗闇から始まった物語が、今度は同じ暗闇でも暗闇の向こう側に向かうこところで終わるという、まことに洒落た構成になっている。

 本書は、悪にしろ善にしろ、人が何によって「力」を得ていくのかということが物語として描き出され、それが物語の展開を引っ張る形で表されているので、けっこう味わい深い作品になっているのではないかと思う。

 人間という生物は外からの力(エネルギー)を得ないと生きることができない生物であるから、人が何によってその力を得ることができるのかは、極めて大きなテーマである。個人的には、その答えが分かっていても、実際にそれがないという人生を繰り返していく。「おもしろきこともなき世を、おもしろく」と詠んだ高杉晋作ではないが、深い意味で「おもしろく」三千世界を生きるための力をどこで得ていくのかが綴られ続けるのが文学であるだろう。作者の作品の視点がそこにあるように思える読後感であった。

2 件のコメント:

  1. 「一種のピカレスク小説」というコメントをどこかで見たので、読まずに手元に積読になっていました。やっぱり読んでみようかなと、思います。

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  2. おはようございます
    早々に私めごときの件を書いてくださり恐縮です。

    この日記を遡って少しずつ初めから読ませてもらっています、人の日記を読むという行為は昔ならタブーだったでしょうが、ウェブ上に公開という事でその罪悪感も持たないでいいのかと、改めて時代は変わったと思っている次第です。
    読後感というか書評というか、その観察眼もさる事ながらプライベート部分においても外連味のない簡潔洒脱な文章にはやはり学生時代に優等生だった人は他分野にも秀でているものだと感心すると共に、劣等生総代だった私、堂々作家と名乗るには社会的評価の実績もなく、かと言って今更この歳になって作家志望とも言えず汗顔の至り、卑下する意識はありませんがただただ恥じ入るはかりです。
    ところで僕は酒は全く飲まないので今度伺う折りには、酒をぶら下げ膝を交えて杯を酌み交わすという絵になるシーンはまずありませんが、多少拘りのある珈琲を持って行きます。ではまた

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