2011年3月11日金曜日

築山桂『寺子屋若草物語 闇に灯る』

 このところの寒暖の差の激しさと仕事の詰まり具合で、とうとう身体が悲鳴を上げたのか、風邪を引き込んでしまった。発熱して2~3日寝込んでしまったが、わたしのような生活スタイルの人間にとって、医者に行く気力さえも起きないし、ひたすら眠る以外にはないので、ちょっと辛いところがある。

 とはいえ、あまり休んでいるわけにも行かずに、少しだけでも仕事を片づけようとパソコンを立ち上げた。今朝計ってみたらまだ38度はある。

 そして、どうせパソコンを立ち上げたのだし、築山桂『寺子屋若草物語 闇に灯る』(2009年 徳間文庫)を読んでいたので、ぼんやりする頭ながら、これを記すことにした。もっともホームズのように「灰色の脳細胞」とはいかないわたしの脳細胞は、たいてい、いつも休眠しているのだから、少々具合が悪くても変わりはないだろう。

 この作品は、以前に物語の設定や構成、文章のうまさに脱帽しながら読んだ『寺子屋若草物語 てのひら一文』に続くシリーズの2作目で、大阪の天満で「三春屋」という寺子屋を営む「お香」、「お涼」、「お美和」の物語の中心となる三姉妹が、それぞれに個性豊かで、それぞれに魅力溢れる人物設定になっており、しかも、特に、貧しかったり親の手伝いや奉公のためであったりして昼間に寺子屋に通えない者などが手習いを学ぶために、夜に「一文稽古」という夜学のようなものを開いていることからわかるとおり、商人の町大阪で生きる人々の姿が真っ直ぐに描かれて味わい深い作品になっている。若い娘たちであるから、その揺れる恋心も絶妙なものがある。

 本書の終わりの方に、「たった一文やけど、重い一文やと思ってます。うちらは、この一文が子供らがこの先歩く道に小さな明かりを灯すことを信じて、一文稽古を続けてるんです」(282ページ)と「お美和」が語る言葉が記されているが、その思いがこのシリーズの太い骨格となっていて、それだけでも胸を打つ。

 本書は、学問好きで、大阪随一の学問所である懐徳堂に女の身で通うことを許されている次女の「お涼」の幼なじみであり、近所の合薬問屋「蓬莱堂」の若旦那「慎助」から丁稚に雇ったばかりの草太という子どもを一文稽古に通わせて欲しいという依頼を受けるところから始まる。

 草太は、慎助の乳母をしていた女性の娘の子で、事故で母親を亡くし、その事故を起こした相手を恨んで仇を討つことばかり考えていたので、蓬莱堂に引き取られてきた子どもだった。この草太が三春屋の一文稽古に通ううちに次第に変わり、成長し、悲しい母親の死を乗り越えていく姿が丁寧に描かれていく。

 他方、三春屋の裏店に住んで、三女の「お美和」が思いを寄せている浪人の佐竹佐十郎のところに、「お鈴」という武家娘が仇討ちの助っ人の依頼にやってくる。父親を理不尽に殺され、兄と二人で仇を探して大阪に来て、佐十郎の噂を聞いてやってきたのである。彼女の父親を殺したのは、播州姫路の家老に繋がる男で、権勢を笠にきて好き放題のことをしていたのである。藩の家老に繋がるが故に、事件はもみ消され、仇討ちは正式に認められたのではなかった。

 正式に認可されていない仇討ちは殺人となる。そのことを案じる「お美和」の気持ちをよそに、佐十郎はその仇討ちに荷担しそうである。そうしているうちに、「お鈴」の兄も殺されてしまう。「お鈴」は一途に父と兄の仇を討つことだけ考えていく。彼女は行き場を失ってしばらく三春屋でやっかいになるようになるのだが、そこで一文稽古に通う草太の姿を見ていくことになる。二人には共通する思いがあるのである。だが、草太は、三春屋の人々との交わりの中でそのことを乗り越えていく。

 そして、「お鈴」の仇が見つかり、佐十郎の助太刀によって仇を討つことができるようになるのだが、「お鈴」はそれをせずに、自分の運命を乗り越えていくようになっていくのである。佐十郎は与力見習いの大塩平八郎と共に彼女の仇を捕らえ、これを姫路藩に引き渡すところで、事件の決着が着く。

 その間に「お美和」の佐十郎への純真で一途な思いや、「お涼」に思いを寄せている蓬莱屋の若旦那の姿、また「お涼」が通う懐徳堂に同じように通う紙問屋の倅「宇兵衛」の「お涼」へのアタックなどがあり、女で学問をしていく辛さを抱えた「お涼」、三姉妹で力を合わせて寺子屋「三春屋」を支えていく姿、大阪商人の誇りや傲慢さ、そうしたものが混じり合わさって、物語がいっそう味わい深くなっている。

 「お美和」の恋はどうなるのか、蓬莱屋の若旦那慎助が嫁にほしいと思っている「お涼」はどうなるのか、江戸で医学を学んでいる許嫁のいる長女の「お香」は寺子屋「三春屋」をどうするのか。こうした三姉妹のいく末への興味がかき立てられて物語が進んで行き、なるほど「若草物語」であると思う。

 物語の大筋である「仇討ちの心情とそれを乗り越えて生きること」と三姉妹のそれぞれの展開が絶妙に重なり合い、いい作品だとつくづく思う。それにしてもやはり、発熱はこたえる。

0 件のコメント:

コメントを投稿