2011年3月30日水曜日

山本一力『かんじき飛脚』

 気温はまだ充分高いとは言えないが、今日は少し春を感じる日になった。このところ東京電力による計画停電の実施も見送られて、町は平穏さを取り戻しつつある。人はいつも、それが劣悪な環境であれ、その時々の状況の中で生きていくのだし、環境への順応性も高い。課題は、これまで築かれてきた社会のシステムそのものを変換することだろう。ささやかなことの中に「こころ」が感じられるような人間となり、そこからシステムが構築され直されればいいと思ったりする。


 毎日報道される被災地の様子を見て涙を流さない日々はないが、壊滅した町々の復興について、あるいはこの社会全体のあり方について、学者は専門家として、対処療法ではなく、もっと素直に、素朴に、そして大胆に未来への道筋を提言するべきかも知れないと思ったりする。


 個人的な風邪の症状はだいぶ治まってきて、体力が完全に回復するとまではいかないが、咳も止まって楽になってきた。それでも夜遅くまで仕事をするというわけにはいかないので、たいていは、ニュースを見ながら小説を読んでいる。


 昨夜は、山本一力『かんじき飛脚』(2005年 新潮社)を「?」と思いながら読んだ。これは寛政の改革を行った松平定信(1759-1829年)の統治下で、加賀金沢藩の存亡をかけた藩御用達の飛脚の活躍とその姿を描いたもので、江戸から金沢までの、特に難所の多い北国街道を藩の密命を帯びて駆け抜ける飛脚たちの厚い友情や信頼、人情、そしてそれを阻止しようとして放たれた公儀お庭番との攻防を描いたものである。  作者らしい「男気」や「信頼」、また「愛情」の姿を描いた場面が随所に盛り込まれているし、当時の飛脚の生活、各宿場の様子など、食べ物から寝食に至るまで細かな描写があり、それはそれで物語として面白く読めるが、「?」と思ったのは、全体の構成の中で飛脚が加賀金沢藩の密命を帯びて駆け抜けなければならない肝心の理由に納得がいかない点があったことである。


 加賀金沢藩が老中松平定信から正月に内室同伴で招待を受けた。こうした招待を受けること自体や内室(藩主の正室)同伴というのも前例のないことであり、そこに松平定信の企みの匂いをかいだ加賀金沢藩では困惑が走る。調べてみると招待を受けたのは加賀金沢藩と土佐藩だけであり、それぞれの留守居役どうしが互いに信頼して内情を打ち明けてみると、両藩共々に内室が病の床にあることがわかり、「内室同伴」というのが不可能に近いことが分かる。


 加賀金沢藩では、内室の病状回復のための「蜜丸」という秘薬があり、「内室同伴」を果たすためにはそれが必要となる。そこで、その「蜜丸」の運搬を飛脚に依頼するのである。松平定信は、その秘薬の運搬を阻止し、加賀金沢藩の落ち度を攻めるために、公儀お庭番を送るのである。


 しかし、なぜ松平定信がそのような画策をしたのか、果たしてそれが有効で必要な画策なのかの根拠がいまひとつわからない。


 本書では、松平定信が行った札差(武家の俸給であった米をあずかり、それを担保に武家に金を貸した)への借金棒引き策である「棄損令」によって、金を貸し渋るようになった札差からの借金ができなくなった武家が一気に窮乏に陥った。江戸の経済も全く停滞した。松平定信は、貸す金がないといって武家への貸し渋りをする札差に五万両もの金を貸し付けようとするが、札差たちはこれを拒否四、武家の生活はさらに窮乏を極めていくことになる。


 そして、「かくなるうえは、内室同伴を果たせぬことを責めるしかない」(257-258ページ)となるのだが、札差への公金貸付と加賀金沢藩と土佐藩を責めることが、どうにもつながらない。加賀金沢藩と土佐藩は、それぞれに幕府に内密にしている火薬の製造や鉄砲の貯蔵などがあるが、江戸の経済打開策と両藩を責めることに根拠が見いだせないのである。


 もうひとつは、松平定信が老中であったとしても、内室同伴の招待は「私的な招待」であり、内室の病状が幕府に届けられていなかったにしろ、「内室が急な病ゆえに」という理由が立つはずで、それを藩の存亡をかけたことがらとして受け止める加賀金沢藩の姿にリアリティーがない。また、飛脚たちが命がけで守ることになる「蜜丸」という秘薬で、病の床にある内室の病状が一時的にしろ招待に応じられるほど回復するというのも、どうもしっくりこない。


 飛脚たちや飛脚問屋の主人たちの姿は、それぞれに味のあるものになっているが、その飛脚たちを走らせる根拠に「?」を感じてしまったのである。飛脚の姿を描くのに妙な政争を持ち込まなくても良かったのではないかと思ったりする。


 作者は歴史的考証も丹念であり、物語の展開にも力量があって読ませる力をもっているが、もちろん、それは本書でも充分に感じられるが、本書に関してはそういう思いをもった次第である。

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