今年はとりわけ厳しい残暑が続いていたが、今日は沖縄を通過している台風の影響で風が強い。このところ夜になるとしきりにコオロギが鳴き始めた。先日訪れた山の上ではススキが風に揺れていた。「目にはさやかに見えねども」だろう。「秋」というには、まだ早すぎるが、季節が秋に向かっているのをほのかに感じ始めている。
先日読んだ静山社文庫版の池端洋介『御畳奉行秘録 吉宗の陰謀』(2009年 静山社文庫)よりも少し前に出された大和書房文庫版の『元禄畳奉行秘聞 幼君暗殺事件』(2009年 大和書房文庫)を、これも面白く読んだ。ただ、どちらの出版社の文庫版にも「シリーズ第一弾」とあり混乱を招きやすいのが残念だが、本書のほうがより若い主人公の姿を描いたもので、後に尾張藩御畳奉行となる主人公の朝日文左衛門が、まだ御畳奉行ではなく、父親の引退によって家督を相続するために「お目見え(藩主との面会)」に日参しても、なかなか「お目見え」とならずに日々を過ごしていく姿が描かれている。
物語は、朝日文左衛門が、藩主との「お目見え」によって正式な家督相続となるために名古屋城に日参しているうちに、三代藩主となった徳川綱誠の尾張への帰国に際して遅れて到着した荷物の運び役と間違えられて、城内奥まで連れて行かれ、そこで迷子になってしまうところから始まっていく。
初めて入った城内で迷子になった朝日文左衛門は、右も左もわからぬ城中深く紛れ込んでしまい、「曲者だ!」の声に驚いて逃げ惑うはめに陥り、ついに縁の下に隠れる。だが、その縁の下に幼い子どもがいて、爺とお供の侍が突然殺され、自分も殺されかけて隠れていると言う。彼はその幼い子どもの口調や状況などから、その子が藩の重臣の子ではないかと思うが、それが誰かはわからない。しかし、その子の危機を救うために、自分が抱えていた挟み箱(荷物を入れて担ぐもの)にその子を隠して無事に城から脱出するのである。
その子は、自分の名前が「藪太郎」であること以外に何も知らないというし、やむを得ずに朝日文左衛門はその子を自宅に連れて帰り面倒を見始める。その時、朝日文左衛門の家では、惚れてようやくにして嫁として向かえたばかりのおとなしく控えめな文左衛門の妻「お慶」は、なかなか婚家の生活になじめずに、姑との関係もギクシャクとして、ついに病を得て実家に戻っていた。文左衛門は、妻の「お慶」のことも気になりながら、藪太郎を連れて飲み屋にも行くし、飲み仲間や悪友たちとの交わりにも入れ、どこにでも出かけていく。文左衛門は大の酒好きであり、茶屋(小料理屋)で仲間とつるんでいるのである。また、藪太郎もなかなか利発な子で、文左衛門との生活に興味を持ってなじんでいくのである。
文左衛門が藪太郎を連れて行きつけの茶屋(小料理屋)に出かけていった時、彼のの飲み仲間であり、莫逆の友である馬面の加藤平左衛門との話の中で、尾張藩主となった徳川綱誠が、二年前に御納戸金が不足するという出来事の咎で遠島となった御納戸役の小川瀬兵衛の事件を再捜査しているという話が出てくる。朝日文左衛門は、その話に好奇心を光らせて書いている日記「鸚鵡籠中記」を調べ直しているうちに、尾張藩付け家老である成瀬家の別家である成瀬兵部が蟄居を命じられた事件と関係していくことがわかっていく。
尾張藩は、もともと、徳川家康の九男の徳川義直が初代藩主となっているが、義直が藩主となった時は、まだ若干7歳余にすぎず、藩政は家康がつけた家老たちが行った。この家老たちは「付け家老」と呼ばれ、藩内では独自の勢力を持ち、それぞれが近郊の数万石を与えられた大名並みの家格で、尾張藩の中でも権力の中枢にいたのである。その付け家老の筆頭が犬山城主である成瀬家と今尾城主竹腰家であるが、両家は互いに尾張の藩政を握ろうと争い合う仲で、反目しあっていた。
特に、隠居している成瀬家の成瀬兵部は、復権をかけた金を工面するために御納戸役の小川静兵衛を巻き込み、さまざまなことを画策したのである。そして、静兵衛の子である小川清之助と小川静兵衛が残した証拠の書状の存在が明らかになり、これを巡って尾張藩内での権力闘争が行われ、成瀬家と竹腰家の間の争いが熾烈となり、犠牲者も出てくるようになるのである。
朝日文左衛門は、師と仰ぐ学者の天野源蔵(信景 さだかげ)に藪太郎を引き合わせると同時に、これまで自分が調べたことを相談し、小川清之助と証拠の書付を守って、両付け家老が放つ暗殺者の手を潜り抜けて城に届けさせるという離れ業を行い、これを二代藩主であり隠居している「大殿」の徳川光友に届け、事態を収めていくのである。その死闘の過程が丁寧に描かれていく。
それらとは別に、財政緊縮の風潮が強くなった尾張藩が出した奢侈取締り(贅沢品の取り締まり)が厳しくなり、「柿羽織」と呼ばれる足軽たちが取り締まりに当たっていた。その「柿羽織」に、妻の「お慶」と母親との仲をうまく取り持とうとして出かけていった先で、母親の大切な真珠の数珠が取り上げられてしまうのである。困り果てた朝日文左衛門は天野源蔵に相談し、奉行所同心や腕利きの目明し庄三郎に引き合わせられ、彼らの助けを得て母親の数珠の行く方を探るうちに、取り締まった「柿羽織」が、実は偽の「柿羽織」で、それらを使って巻き上げた高価な品で暴利をむさぼる故買商の姿が浮かび上がっていく。朝日文左衛門は奉行所同心や目明し庄三郎にうまく乗せられてその犯人捕縛に一役買っていくのである。それと同時に、彼が引き取っている藪太郎が、実は、藩主の子であり、次期藩主となる若殿であることがわかり、朝日文左衛門は目を回してひっくり返ったりする。藪太郎の命が狙われた背後には、尾張藩の継嗣を巡る争いがあったのであり、前年に綱誠の側室に男子が誕生し、藪太郎の母「お福」を巡るよからぬ噂や成瀬家と竹腰家の争いが継嗣問題となって現れ始めていたのである。江戸藩邸と尾張の国許との争いもある。藪太郎はこうした争いの中に置かれていたのである。
朝日文左衛門は、あえて「生類憐みの令」によって禁止されている魚釣り(実は彼は密かに釣りを楽しんでいた)を藪太郎とすることで、暗殺者を誘い出す一計を立て、莫逆の友の加藤平左衛門、天野源蔵、そして、藪太郎を守る側近たちと力を合わせて暗殺者と対決する。そして、朝日文左衛門は、あわやという時に無意識のうちに一撃の剣を繰り出して、暗殺者に勝つのである。
そして、藪太郎を国許においていると同じように襲撃されることがある危険から、藪太郎は江戸に戻ることになるが、藪太郎と朝日文左衛門の交情は深い信頼で結ばれ、藪太郎は、朝日文左衛門にいつか江戸へ来るようにと言葉を残して江戸へと向かう。そして、藩の上層部のほうで何らかの鎮静化が図られたことを知るだけで、朝日文左衛門の日常がまた始まるところで、本書は終わる。
このシリーズは、すでに何冊か出されているので、読んでみようと思っている。横山光輝が朝日文左衛門の「鸚鵡籠中記」を題材にして、彼を主人公とする漫画を描いているそうだが、どんなふうに描かれているのか少し興味がある。しかし、漫画本はたぶん手には入らないだろう。
それにしても、最近少し思うところがあって、自分の生活のスタイルを少し変えようかと考えている。自分の生活を自分で作っていくことに少しは心を砕いてみようと思っている。どうなるかな、とは思うが。