2012年8月20日月曜日

上田秀人『闕所物奉行 裏帳合(五) 娘始末』


 灼熱の太陽が燦々と照りつけて、今日もうだるような暑さが続いている。百日紅のピンクの花房がわずかに揺れるだけで、どこもかしもこ焼き尽くされるよう。ただ、洗濯物が即座に乾くのが有難い。

 数日前に読み終えていたのだが、なかなかこれを記す時間がなかった上田秀人闕所物奉行 裏帳合(五) 娘始末』『(2011年 中公文庫)について記しておくことにする。 これは、罪科を受けた者たちの財産没収に伴う作業を行う闕所物奉行となった榊扇太郎という物事にあまりこだわらないが、水野忠邦や鳥居耀蔵といった幕閣の策略の中を「情」を持ちつつも生き抜いていく姿を描いたシリーズの第五作目で、主人公や状況の設定がなかなか面白くて一作目から読んでいるものである。

 本書では、水野忠邦が断行した天保の改革による経済破綻を抱えた旗本・御家人たちが、止むにやまれぬ借財の形で娘を遊郭や岡場所に売ったり、商人の妾に差し出したりしていたのを、目付であった鳥居耀蔵があえて暴きだし、娘を売った旗本を改易し、その財産を闕所(財産没収)にしたことから、売られた娘が次々と自害したり、殺されたりするという悲惨な事件になっていったことから物語が始まっていく。

 娘を売った旗本たちが、発覚を恐れて、娘を自害に追いやったり、手にかけていたりしたのである。主人公の榊扇太郎が引き取って共に暮らしている「朱鷺」も、親に売られた旗本の娘で、闕所物を扱う商人の天満屋孝吉によって榊扇太郎のもとに引き取られていた女性だった。

 天満屋孝吉は、表では古着屋を営み、闕所物を扱う商売をしているが、裏では江戸の地回りを束ねる力ももち、吉原の利権を狙っている品川の地回りである「狂い犬の一太郎」と呼ばれる権力欲と財欲の塊のような男と争っている。この「狂い犬の一太郎」が、自ら八代将軍徳川吉宗のご落胤を語り、幕閣僚とつながって江戸を支配しようと企むところに、物語の面白さがある。

 また、大御所として実権を振おうとする十一代将軍だった徳川家斉と繋がっている家斉派の幕閣の思惑や老中首座である水野忠邦、町奉行の座を狙う鳥居耀蔵などのそれぞれの思惑が交差する。

 そういう中で、目付の配下である闕所物奉行である榊扇太郎は、旗本の娘たちを守り、「狂い犬の一太郎」の策謀を暴き、鳥居耀蔵の思惑を打ち砕き、家斉派の陰謀と対決し、窮余の一策で水野忠邦と直接結びついたりして、急場をしのぎ、生き抜いていくのである。

 この物語は、上司もひどく、状況も悪い中で、なんとか自分の矜持をもちながら、知恵を働かせて、しかも飄然と生き抜いていく主人公の設定がなかなかよくて、テンポの良い文章がさらに物語を面白くしており、気楽に楽しみながら読めるシリーズだと思っている。一息に読める作品になっている。

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