24日のクリスマスイブの夜あたりから少し喉の痛みを感じて、万全の体調ではないが、年内に片づけておかなければならないことがいくつかあって、仕事に励む日々になっている。今年も、考えていた事は僅かしかできなかったなあ、と思ったりする。このところ日常生活のあれこれがおざなりになり、書斎の机の上は、ものの見事に散乱状態で、机上が散乱すると思考も散乱する。
それでも、昨日は少し仕事の手を休めて、ゆっくりと上田秀人『斬馬衆お止め記 破矛(はほう)』(2010年 徳間文庫)を読んだ。これは、信州上田藩の初代藩主となった真田信之(1566-1658年)と、なんとか真田家を取り潰そうとする幕府の幕閣との闘いを描き出したもので、具体的には、真田信之を守る先鋭として、「斬馬衆」というあまり聞かない役割である仁旗伊織と、「神祇衆(しんぎしゅう)」と呼ばれる歩き巫女で真田家の忍びとして活躍する霞とが、幕閣から送り出される伊賀者や軍団と対決していく姿をとおして描かれていく。
よく知られているように、信濃の上田にいた真田昌幸は、真田家の生き残りのための苦渋の選択として次男の幸村と共に西軍につき、長男である真田信之(1566-1658年)は徳川家康の東軍についた。真田信之の妻は、家康の重臣中の重臣であった本田忠勝の娘で、家康が彼女を養女として嫁がせたもので、家康は信之を親類として取り込もうとするほど真田家を恐れていたとも言える。真田家は北条の大軍にも徳川秀忠の大軍にも破れなかったのであり、昌幸は智将、策将で名を馳せていた。
大阪夏の陣の際には、それが負け戦になると承知の上で大阪方についた幸村は、稀代の武将ぶりを発揮して徳川家康に肉薄し、あわや家康の首を取る寸前にまで家康を追い詰めたこともあったが、そこで力尽き倒れた。信之は大坂の陣の際には病気のために参戦しなかったが、長男の信吉と次男の信政が代理として参戦した。
関ヶ原の合戦の際、信濃路を通って家康と合流しようとした徳川秀忠(2代将軍)の三万余に及ぶ大軍を、わずか三千ほどの手勢で足止めさせた真田昌幸の戦いぶりはよく知られていて、そのために秀忠が合戦に遅れを取るという失態にまで至ったが、大坂の陣後にその恨みもあってからか、また、豊臣方についた弟の幸村に幕府軍がさんざん苦しめられたこともあってか、秀忠は、加増という名目で真田家を上田から松代に移封した。信之は秀忠に恐れられて睨まれることを避けるために幕府の公用を献身的に努めたが、真田家への幕閣の嫌がらせは執拗に続いた。
本書は、家康から破格の寵愛を受けて(家康の落胤という説もあり、本書はその説を採用している)秀忠の側近となり、ついには老中として絶大な権力をもった土井利勝(大炊守 1573-1644年)が、関ヶ原の戦いの際に秀忠とともに真田家に煮え湯を飲まされ、何とかしてその報復をして真田家を取り潰そうと様々な画策をすることに対して、真田信之がそれを阻止しようと苦慮する展開となっている。おそらく、前作では、酒井忠世(雅楽守 1572-1636年)が行う真田家取り潰し策との対決が描かれているのではないかと思われる。
真田家が江戸幕府初期の幕閣内で厳しい状況に置かれていたのはよく知られており、真田家の命運はすべて信之の肩にかっかっており、それだけに信之は苦慮していくが、昌幸の子であり、幸村の兄だけあって、知力も胆力も十分に持ち合わせた人物であった。
作者は、その真田信之を具体的な攻撃から守る人物として、「斬馬刀」という戦場で馬の前足を切り落とすほどの長さと剛を備えた剛刀の使い手である仁旗伊織と忍びの術を心得た霞(「神祇衆と呼ばれる」を登場させ、土井利勝によって次々と放たれる伊賀者のとの対決を展開するし、江戸城御殿坊主を刺客として描き出す。
真田信之を守ろうとする仁旗伊織と霞が土井利勝から次々と放たれる刺客と対決していく緊迫した場面が次々と描かれ、剣技と策略の応酬の中で、信之が持っていた胆力が示されたりする。
真田家は、上田から松代に移封された際に、幕閣の真田家分裂策として信之の長男の信吉が沼田城主として三万石の分領となっていたが、四十歳で死去(本作では、幕府の真田家への仕打ちを知って自殺とされている)し、信吉の子の熊之助が幼くして後を継いだために信之は後見人とされた。本作では、その信吉の死にまつわる秘密があるのではないかと疑い、それを理由に真田家の力をそごうとする土井利勝の執念が燃える展開になっている。
なお、沼田では熊之助も夭折し、信吉の次男の信利が後を継いだが、本藩である松代藩の後継をめぐってのお家騒動に発展していく。松代藩では、信之が隠居して次男の信政が2代目藩主となったが、藩主となってわずか2年で病死し、その跡目をめぐる争いになったのである。だが、松平信綱(伊豆守)などの尽力を得て、ようやく信政の子の幸道の相続が認められた。しかし、その時、幸道はまだ2歳で、幕府は後見として隠居した信之を指定し、信之は老体に鞭打って藩政に携わらなければならなかった。その後も、心身ともに消耗させるような骨肉の争いが続いて、真田家存続のための信之の苦労は並大抵ではなかったのである。
本書の結末として、「神祇衆」の霞も腕の筋を切られて、もはや真田忍びとしての働きができなくなるし、伊織の妻として送り込まれる女性が幕府の「草(その土地に根を下ろして内情を探る)」などであることが記されて、その後の真田家と幕府の確執を暗示するものとなっているが、最後に、その真田家の顛末が記されている。
それが記されているということは「斬馬衆」という特異な役割を負う人物を通しての真田家と幕府の確執の物語は、これで終わるということであろう。
いずれにしても、作者の作品は、いずれも独特の緊迫感がある。それは闘いが中心に描かれるからであるが、その中での人間観がしっかりしているので、作品に幅と面白みがあると思う。剣劇小説以上のものがあるのは確かである。
図書館が年末年始のお休みに入るだろうから、その前には行こうと思っている。すべてを趣味にして、「好きだから行う」、これがわたしの生活原理で、今年はお正月にどこにも出かける予定がないので、読書に浸りたい。
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