再び春の暖かさがようやく戻ってきた感じだが、このところの疲れがたまっているのか、ときおり身体のあちこちが痛む。それでも、今日は、桜が開花し、気分はのんびりと穏やかな時間が流れていくのを眺めている。昨日の新聞に葉室麟『蜩ノ記』が映画化されるとの広告があったが、主人公の姿を描き出すことができる俳優がいるのかどうか、人間の美しさをどうあらわすのか、映像化は難しいかもしれないと思ったりもする。
この数日、千野隆司『戸隠秘宝の砦』(2012年 小学館文庫)の三冊を読んでいた。この作品は、第一部「吉原総籬」、第二部「気比の長祭り」、第三部「光芒はるか」の三部で、各部ごとに出版されているが、彼の作品としては珍しく宝探しの冒険時代小説となっている。
その隠された宝というのは、豊臣秀吉が臨終間近になって将来の豊臣家のために石田三成に託した百万両にも及ぶ埋蔵金で、石田三成は真田幸村、大谷吉継とはかって長崎にあった金を密かに隠し、そのありかを記した地図をギヤマンの皿と絵馬に記し、また、財宝が眠る石窟を開ける鍵を刀のなかごに仕組んで宝刀としたというのである。宝は、真田家の所領でもあった信州上田城に近い戸隠山のいずれかにあるというし、絵馬は大谷吉継が敦賀の気比神社に奉納したという。ギヤマンの皿は長崎から財宝を運んだ廻船問屋の高嶋屋が所蔵している。そして、宝刀は長崎で船積みを取り仕切った当時の寺社奉行に託され、それが豊後府内藩(大分)の城内の宝物庫に秘蔵されたという。慶長三年(1598年)のことである。
そして、1652年(明暦2年)、豊後府内藩の城主となったのは松平忠昭で、大給松平家を起こした。物語は、その八代藩主大給(松平)近訓の時代で、天保年間(1830-1844年)のことで、秀吉の財宝秘匿から240年後ごろのことである。
近訓は、逼迫した藩財政の救済のために代々伝わる宝刀にまつわる話にある豊臣秀吉の埋蔵金を用いようと、妾腹の子である近忠に秘宝の探索を命じたというのである。府内藩の財政が破綻していたことは、近訓が継子問題で帰国しようとsたとき、金がなくて江戸屋敷を売り払って工面したと言われるほどで、府内藩の大給松平家は明治まで続いたが、藩内は悲惨な状態だった。
秀吉の隠し埋蔵金というのは、まあ、納得できる設定ではあるし、近訓には妾腹の子がいたが、藩の財政立て直しに埋蔵金をあてようというような発想は、いくら本作が宝探しの冒険伝奇ロマンをもつ作品とは言え、設定としては、いささか無理がある。しかも、第一部の舞台は吉原であるが、財宝探しを命じられた近忠が吉原に身を寄せたのが藩主であった松平(大給)近訓の口利きというのも、どうだろう。確かに江戸で独自の形態を保った吉原を物語の一つの場として登場させるのは、物語を面白くするのだろうが、安直すぎる気がしないでもない。
ともあれ、秀吉の埋蔵金をめぐっての戦いが始まる。ギヤマンの皿を預かった廻船問屋の高嶋屋の末裔から江戸店を任されている高嶋屋五郎左衛門と彼に結びついた小浜藩城代家老や側用人、そして、真田幸村が使っていた真田忍びの末裔である鼠小僧次郎吉が、秀吉の埋蔵金のことを知り、互いに近忠と争奪戦を繰り返していくのである。それに加えて、私欲で財宝を狙う高嶋屋五郎左衛門の一人娘である「お絲」と近忠のロミオとジュリエット的な恋も描き出されていく。
舞台はやがて、吉原から敦賀の気比神社へと移り、攻防が繰り返されて、高嶋屋五郎左衛門が隙をついてギヤマンの皿と絵馬を重ね合わせて財宝のありかを示す地図を造り、大給近忠も6割ほど完成した地図を造り、宝刀は鼠小僧次郎吉が奪うという展開になっていく。
そして、第三部で、いよいよ戸隠山での攻防が展開されることになるのである。戸隠は、天照大神が天の岩戸に隠れた時に、その前で岩戸神楽を舞い、岩戸の隙間が少し空いたところをみすまして天手力雄命(あめのたじからおのみこと)がこれを開き、塞いでいた岩戸を投げ飛ばして隠した。その岩戸が落ちたところが戸隠だという神話に基づくところで、奥社、中社、宝光社、九頭龍社、火之御子社の五社からなる戸隠社がある。
秘境といえば秘境の地で、もう数年前の冬にT大のE教授らとここを訪れて宿坊に泊まった時に、宿のボイラーが壊れていて、「お湯が出ないんだよねぇ」と言いながら冷たい風呂に震えながら入った苦い思い出がある。
第三部では、江戸から中山道を通って戸隠に向かうまでの、財宝を狙う者たちとの攻防が描かれるし、戸隠山中での鼠小僧次郎吉をはじめとする真田忍者の末裔や高嶋屋五郎左衛門との熾烈な攻防が展開されていく。
そして、結局は、鼠小僧次郎吉や高嶋屋五郎左衛門は戸隠の山中で命を失い、秀吉の隠し金は見つかるのだが、その大半以上はすでに真田幸村によって使われていて、わずかに一万両ほどのものが残されていただけとなる。それでも貧窮に喘ぐ府内藩の助けにはなり、一件はめでたく解決して、松平(大給)近忠とお絲もめでたく結ばれていくという結末を迎える。
地理を丹念にたどり、情景描写を巧みに入れていく作者の作風は、ここでも十分に生かされていて、設定や善悪三者のすくみあいといった登場人物などの安易さは別にして、冒険活劇として面白く読める。
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