2013年3月25日月曜日

鈴木英治『手習重兵衛 道中霧』


 このところいろいろなことがあってこれを記すことができなかったが、一応はひとつの決断をつけたこともあるし、一連の行事も一段落着いたので、今日からまたゆったりと構えながら過ごそうかと思っている。今日は、花冷えというか、春が少し退いて雨模様の寒い日になっている。

 鈴木英治『手習重兵衛 道中霧』(2005年 中公文庫)を仙台への往復の新幹線の中で読んだ。このシリーズは、七作目の『母恋い』(2009年 中公文庫)と八作目の『夕映橋』(2009年 中公文庫)を気楽に読んでいたが、本作はシリーズ五作品目の作品で、物語の展開からすれば遡って読むことになるのだが、これはこれでけっこう面白く読めた。

 江戸の白金村で手習い所の師匠をしている興津重兵衛は、藩を出奔しなければならなかった自分の過去を精算し、士分を捨てる覚悟で故郷の諏訪に向かうことにするが、本書はその道中記のようなものとして江戸から諏訪までの旅程で物語が展開していく。

 彼の藩出奔の背景には藩の内紛問題が絡み、刺客である遠藤恒之助という凄腕の侍によって重兵衛の弟は殺され、本書では重兵衛と藩をつないでいた江戸留守居役も殺されることになるし、遠藤恒之助は執拗に重兵衛の命を狙っている。藩の何らかの秘密を重兵衛が知っていると目されており、諏訪忍と呼ばれる一団も重兵衛の命を狙っている。

 重兵衛はその危険を感じながら旅をしていくのである。重兵衛は藩主から遠藤恒之助を討つことを密かに命じられてもいるが、自分の身の清算の旅を続けていく。諏訪忍の一団は、重兵衛の後を追う仲間である遠藤恒之助にも監視の目を光らせている。

 宿場から宿場へ緊張した日々の連続の中で、重兵衛は、時に毒を盛られたり、襲撃されたりしながらも、諏訪に向けての歩みを続ける。甲州街道のそれぞれの宿場の特徴がよく描かれており、下調べが周到になされていることを感じたりしながら読みすすめた。

 また、遠藤恒之助の監視役を兼ねた手助けとしてつけられていた女性が、次第に恒之助に惹かれていくようになり、恒之助もその女性のことを想い始めていく過程や、その女性がついに仲間を裏切っていくなどの展開もあるし、諏訪忍びを手先として使う藩内紛の黒幕の正体が隠されていたりして、面白みが加味されている。

 この手の作品は面白く気楽に読めればそれで十分なのであり、人物の画一的なところとか、展開の無理や矛盾などはあまり気にしない方が良いと思っているので、かなり楽しめた。日常の姿を大事にするために、どこか間延びした感じがあるのは作者の作風だろうが、本作にはそういうところがなく、かなりの密度で書かれているように思う。

 おそらく、次の第六作では、諏訪での藩の悪政の根源である人物の正体が明らかにされたり、遠藤恒之助との決着がつけられたりしていくのだろうと思うが、剣の腕も立ち、頭脳も明晰で、美男であり、愛する者への一途な想いをもつという出来過ぎた人物を主人公にすると、本書が娯楽作品以外の何ものでもないような気がしないでもない。

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