「花曇り」という素敵な言葉があるが、今日はそんな天気になっている。昨夜、満月が輝いていると教えられて、しばらく柔らかい月光を放つ月を眺めていた。なんの脈略もないのだが、良寛の「孤峯独宿の夜」という言葉を思い出したりした。
閑話休題。鈴木英治『若殿八方破れ 久留米の恋絣』(2012年 徳間文庫)を読む。これは、シリーズの5作品目ということらしいし、前を読まないとなかなか物語の背景がつかみにくいものではあるが、「おきみ」という6歳の少女の母親のために芽銘桂真散(がめいけいしんさん)という妙薬を手に入れようと、江戸から長崎まで真田家の若殿である真田俊介が一行を連れて旅をするという設定で、「廻国活劇」という宣伝文句がつけられている。
その旅には、彼の護衛役の他に久留米の有馬家の息女である良美という姫と女中の勝江という女性も同行し、主人公の真田俊介と有馬良美は互いにほのかに想いを寄せ合うものとなっている。それらが、それらが主人公たちの抱える様々な危機の旅にほのぼのとした光景を醸し出すものとなっている。
主人公の真田俊介には、彼の命を狙う似鳥幹之丞(にとりみきのじょう)という宿敵がおり、彼によって俊介が信頼していた家臣も殺され、俊介はその仇も討ちたいと思っていた。似鳥幹之丞は久留米藩の剣術指南役として採用されることになっていたということで、久留米は彼らの旅のひとつの山場でもあるだろう。公儀隠密の暗躍も盛り込まれている。
物語そのものは、もし歴史的考証をきちんとすればありえない設定であるが、娯楽作品としてはそれでもいいのかもしれないと思ったりもする。ただ、物語の中で重要な役割を果たす6歳の「おきみ」の姿は、語る言葉も振る舞いも、いくら大人びているとは言え、大いに疑問が残り、興醒めするところがある。6歳というのは満年齢で5歳であり、5歳の少女が使うような言葉ではない表現が多々ある。
もうひとつは、このシリーズの中で各地の名物なども紹介されているが、久留米が「うどん」で有名だったということは、わたしも久留米に長く住んでいたが、聞いたことがない。ただ、本作で触れられる久留米絣を考案した高橋お伝については、現在も寺町というところにお伝の碑が建てられ、久留米絣もほんとうにいいもので、少し値は張るが愛用していたことを懐かしく思い出したりした。
もう少し気になることで、本書では久留米21万石の藩主を有馬頼房とし、良美をその娘としているが、久留米藩の藩主にこの名はない。有馬氏が久留米の藩主となったのは、1620年に丹波の福知山8万石の大名であった有馬豊氏が関ヶ原の功績で加増されて藩主となったのが始まりで(この大幅な加増について、その理由はあまりはっきりしないが、家康の養女の蓮姫を娶ったということがあるのかもしれない)、その後、廃墟であった久留米城を修築し、筑後川の治水工事などもしたが、そのために財政の圧迫を招いたりしている。
歴代の藩主にあまり見るべき人もなく、趣味などに走る藩主が続出し、1732年(享保17年)には享保の大飢饉で6万人もに及ぶ領民の一揆が起こったりしている。跡目を巡る陰湿な争いも繰り返されたりしている。作者が久留米を明るく活気に満ちたところとして描いているのはありがたいことではあるが、久留米藩の内実とは大きくかけ離れている。
いくら娯楽作品とは言え、少し歴史に注意すればこういう誤りは避けられるのだから、少なくとも久留米藩主の名前を出すなら、そのあたりはきちんとしたほうが良いと思う。物語の中で、良美は重要な役割を果たす女性であるのだから、なおのことであろう。気になるところがたくさんあって、作者は何のためにこの作品を書いたのだろうかと思うほど、「今ひとつ」という思いを持ちながら読んでいた。また、気楽に読める作品ではあるが。
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