2013年10月17日木曜日

上田秀人『竜門の衛』(2)

 ひどい雨風と被害をもたらした大型の台風が去り、自然はそれを修復するかのように穏やかな日々を取り戻す。自然災害がもたらす被害の痕跡はいつも痛々しいが、「その後の静けさ」は人の悲しみを吸い上げる気がする。街路樹の銀杏の葉が強風でだいぶ吹き飛ばされたが、これからまた残された葉が次第に秋の装いを見せてくれるだろう。

 さて、上田秀人『竜門の衛』(2001年 徳間文庫)の続きであるが、権力を掌握して安泰を図りたい老中松平乗邑らの画策によって南町奉行から寺社奉行にされ、表向きは出世という形をとられながらの左遷を受けた大岡越前守は、家臣とした主人公の三田村元八郎を将軍継嗣問題の鍵となる京都へ送る。そして東海道を京都へと上っていく三田村元八郎を松平乗邑が放つ刺客が襲う。そこに柳橋の芸者の「伽羅」が現れたりする。この柳橋芸者の「伽羅」の正体は最後まで明らかにはされないが、彼女が将軍吉宗のお庭番であることが推測できるような展開になっており、元八郎は刺客との死闘の中で「伽羅」に助けられたりしながら京都へたどり着くのである。このあたりの展開は、道中記の展開となっており、時代小説ではよくあるパターンではあるが、剣劇の緊迫感がみなぎっている。

 京都では、将軍宣下を巡る争いが展開されることになり、公家による勢力争いが、例によって陰湿に展開されることになる。将軍後継者の問題を利用し、幕閣の老中首座松平乗邑と手を結んで勢力拡大を図る五摂家(鎌倉時代に藤原氏の嫡流として公家の家格の頂点に位置するものとして成立した近衛家、九条家、二条家、一条家、鷹司家の五家)の筆頭である近衛家の内前(うちさき)、さらなる出世を熱望する武家伝奏(徳川幕府と朝廷との連絡をする公家)の柳原弾正尹光綱(だんじょういんみつつな)、などが陰謀を張り巡らし、情報を捻じ曲げたり制限したりして桜町天皇を操作しようとしていく。

 そして、松平乗邑や近衛内前が放つ刺客との死闘が三田村元八郎や「伽羅」との間で展開され、元八郎が傷を負ったり、「伽羅」が切られて死線をさまよったりする出来事が展開される。

 その中で、娘を徳川家重に嫁がせた伏見宮貞建(ふしみのみやさだたけ)が三田村元八郎を助ける人物として登場し、私欲なく天皇を守り、家重が言葉をきちんとしゃべることはできないが聡明で優しさや思いやりをもった将軍にふさわしい人物として立てて、事柄を収めていくさっそうとした人物として描かれていく。

 そして、松平乗邑や近衛内前、柳原弾正尹光綱の思惑はことごとく三田村元八郎と伏見宮貞建によって打ち破られていくのである。最後に、近衛内前の家臣であった示現流の達人との剣客としての死闘が展開されるし、実は、三田村元八郎の妹が徳川吉宗の孫であるというどんでん返しの仕掛けがなされている。そして、三田村元八郎と「伽羅」が結ばれて、公儀御庭番となったことが暗示されて終わる。

 こうした政争の展開の中で、死闘に次ぐ死闘が展開されて、物語が急流を下るように展開されるのだが、元八郎と「伽羅」の恋や市井に生きる人々の公家に対する皮肉なども挟んでいるので、「おもしろさ」が倍加するようになっている。

 時代小説の典型的なパターンやありきたりのところもあるのだが、文章の歯切れの良さがあって、剣劇時代小説の面白さが満載されていることは間違いない。改めて、上田秀人という作家はこういう小説を書いてデビューしていったのかと思った作品でもある。

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