2013年10月7日月曜日

林真理子『本朝金瓶梅』(1)

 ようやく風に揺れる秋桜が似合うような穏やかな秋という感じのする日になってきた。こんな日は、坦々と自分の勤めを静かに果たし、後は風に吹かれていたい。今日はわたしがこの世に存在し始めた日でもある。だから、人生に対する思いもいろいろあるなあ、と思ったりする。

 閑話休題。中国の明朝の時代(13681644年)に著された『四大奇書』と呼ばれる4つの長編小説がある。「奇書」というのは、「変わった書物」という意味ではなく、「世にも稀な卓越した書物」という意味で、『三国志演義』、『水滸伝』、『西遊記』、『金瓶梅』である。これらの書物は日本でも本当に馴染みが深く、『西遊記』などは子どもでも知っている。

このうちの『金瓶梅』は、いわば『水滸伝』のスピンオフの作品とも言われ、『水滸伝』に梁山泊の第14位の好漢として登場する武松(ぶしょう)が兄を毒殺した兄嫁の潘金蓮(はん きんれん)と西門慶(せいもんけい)に仇討ちをするということになっているが、『金瓶梅』では、武松が仇討ちとして殺したのは、西門慶の計略による別人で、西門慶と潘金蓮は逃げ延びて、互いに欲望の限りを尽くして、やがて没落していくという設定になっているのである。『金瓶梅(きんぺいばい)』という表題は、西門慶が関係をもった潘金蓮、李瓶児(り へいじ)、龐春梅(ほう しゅんばい)という三人の女性の名前の一字をとったもので、それぞれ、金、酒、色事を指すとも言われている。

『金瓶梅』の作者は「笑笑生(しょうしょうせい)」という人であるが、詳細は一切不明で、一説では「酒を飲みながら笑って書いた」というくらいの洒落たペンネームではないかとも言われている。『金瓶梅』は主に男女の色事を赤裸々で詳細な性描写で描いた艶書風ではあるが、欲に絡んだ人間たちの当時の上流階級の腐敗ぶりを描いた痛烈な社会批判の書でもある。

物語は、河北省の大金持ちの薬屋で、しかも色男で女好き西門慶には正妻の呉月娘(ご げつじょう)の他に4人の妻がいるが、通りかかった家に美女がいるのを見つけ、恋仲となる。それが潘金蓮で、潘金蓮は武大という夫(これが『水滸伝』の武松の兄)がいるが、性欲と物欲が強く、夫の目を盗んで金持ちで美男の西門慶と逢瀬を重ねる。西門慶の性技の虜となり、西門慶も潘金蓮の性技に溺れていく。しかし、やがてそれが夫にばれてしまう。そこで、西門慶と図って夫を毒殺し、二人で愛欲まみれの日々を送っていくのである。

彼らは前夫の弟の武松の仇討ちから巧妙に逃れ、潘金蓮は西門慶の第5夫人となって、正妻の呉月娘にうまく取り入りながら、第4夫人や第2婦人たちを排斥していく。西門慶は、女中たちや使用人の妻、芸者、隣家の妻など、次々と手を出して情欲の限りを尽くしていく。李瓶児は隣家の妻であるが、西門慶と不倫関係になり、李瓶児の夫を没落させて死に追いやるし、龐春梅は潘金蓮の女中である。彼は役人と癒着して、町の権力者となり悪行を重ねていくが、運送業や呉服屋などでも成功を収めて、ますます金持ちになっていき、したい放題のことを繰り返すのである。

潘金蓮は美女ではあるが淫乱な悪女で、西門慶が使用人の妻に手を出し、潘金蓮と使用人の妻が対立するようになると、潘金蓮は彼女を無実の罪に陥れて縊死するように追い込んだりもする。また、第6夫人となった李瓶児が西門慶との間に男の子を生むと、その母子をいびり倒して、その男の子を猫に襲わせて死に至らしめ、ショックを受けた李瓶児も衰弱死するようにする。さらに、西門慶に媚薬を過剰摂取させて、彼を死に至らしめる。また、西門慶の死後は、女中の龐春梅を巻き込んで、西門慶の娘婿と乱行を繰り返したりする。

やがて、西門慶を失った西門家は没落していき、家業が破綻していき、潘金蓮も不祥事が露見して、ついに、戻ってきた武松に兄の仇として討たれるのである。龐春梅も使用人と関係している最中に急死する。

しかし、正妻の呉月娘と西門慶との間に、西門慶の死後に生まれた男の子が、実は西門慶の生まれ変わりであることをある僧侶から知らされた呉月娘は、西門慶の前世の罪から男の子を救うために彼を仏門の入れ、西門家の家業を信頼できる番頭に任せて、長生きをして人生を全うするのである。

『金瓶梅』は、当時の風習や生活、習慣などが微細にわたって記され、その振る舞いがリアルに描写されて、繰り返される性描写も、現代で言うリアリズムの描写がなされている。

この『金瓶梅』を日本の江戸時代に移して、登場人物も、西門慶を「西門屋慶左衛門」、潘金蓮を「おきん」、呉月娘を「お月」という名前にして、「おもしろうて、やがて悲しき」という具合に描きだしたのが、林真理子『本朝金瓶梅』(2006年 文藝春秋社 2009年 文春文庫)である。

「本朝」というのは「日本風」という意味であるが、この作品について書くつもりで書き出したら、先に本来の『金瓶梅』について記そうとして長くなりすぎたので、この作品そのものについては次回に記すことにする。

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