2013年10月28日月曜日

内田康夫『怪談の道』

 このところ少し仕事が立て混んでいた事もあって、時代小説ではないが、軽いミステリーが読みたいと思って、内田康夫『怪談の道』(1994年 角川書店)を読んだ。読んでいて、あっ、これは前に一度読んだ記憶があると思ったが、そのまま読み進めた。まだ読書記録を残す前に内田康夫の推理小説(探偵小説)は随分読んで、名探偵浅見光彦を主人公にしたシリーズはほとんど読んでいたのだから、これも読んでいたわけで、この作品は浅見光彦シリーズの89番目の作品となっている。

 内田康夫の作品には、探偵小説の形を借りて社会問題を真正面から取り上げた作品が多く、どの問題に対しても軽い保守リベラルで中道という姿勢が貫かれているが、古典から近代文学までの文学の香りが豊かで、各地に残る伝説なども取り入れられ、それらが殺人事件という殺伐とした題材を取り扱いながらも全体の柔らかさを醸し出しているから、わたしの好きな作家のひとりである。

 本書も、原子力開発という、現在再び焦点が当てられている問題を、日本の原子力開発の草分けとなった人形峠のウラン鉱山の問題から取り上げると同時に、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)という非常に優れた日本文化の理解者であり文学者であった人物の足跡を絡ませて、人間が抱える哀しみを描き出している。

 ちなみに、小泉八雲は、その文学性の高さだけでなく、その日本文化の理解が、太平洋戦争終了後の占領軍政策の要となったボナー・フェラーズに大きな影響を与え、それが日本の国体を守るということに繋がっていったことはよく知られている。

 本書の物語の発端は、一つは、フリーライターとして糊口を凌いでいる浅見光彦が日本の原子力開発を行う動燃(動力炉・核燃料開発事業団 現:日本原子力研究開発機構)から日本のウラン鉱山である人形峠のウラン鉱山の様子をレポートして欲しいという依頼を受けたことである。もう一つは、脇本優美という女性が、幼い頃に自分を捨てた母親が亡くなって母親がコツコツと貯めた遺産があるという知らせを、尾羽打ち枯らしたような父親の脇本伸夫から知らされたことである。父と娘は疎遠で、優美は父の伸夫のことを嫌っていたが、父の伸夫はその遺産を自分にくれるように言ってきたのである。

 優美の生母は、伸夫と別れたあと、島根県の倉吉で再婚し、そこで生涯を終えていた。脇本優美は、幼い頃に自分を捨てた母親についての記憶はなく、愛着もわかなかったが、母親の遺族の求めに応じて、島根県の倉吉に向かう。

 倉吉で優美を待っていたのは異父妹の大島翼であった。翼は、松江の大学で小泉八雲に関心を持つ美しい女性で、優美を姉として心から歓待するが、父親の大島昭雄を亡くしたばかりだった。大島昭雄は倉吉で醤油の醸造元をしていたが、蔵の中で心臓発作で亡くなっていたという。だが、翼は父親の死因については疑問を持ち、しかも、「カイダンのみちは忘れろ」という不思議な脅迫電話の録音が残されていたという。彼女は父親の死因の真相を探っていた。

 この翼の友人で地方紙の記者をしている正義感あふれる青年と浅見光彦が知り合いで、動燃の依頼で島根県に向かった浅見光彦が優美と翼と出会い、彼女たちが浅見光彦を信頼して父親の死因の究明を依頼するのである。他方、動燃の取材で、人形峠のウラン鉱山から出る廃土から高濃度の放射線が出ていることが問題となっていることが分かり、地元で大きな問題視されている現状があることを知る。動燃は、露出した廃土を掘り起こして袋詰めにしてその処置に当たるという。

 そうしているうちに、優美の養父であった脇本伸夫が何者かに殺されるという事件が関東で起こる。浅見光彦は丹念に過去を調べて、脇本伸夫も大島昭雄も、そして優美と翼の母親である大島佳代も、ともどもに人形峠でウラン鉱山が開発され始めた頃の反対運動に関係したことがわかっていく。大島昭雄と佳代はそこで知り合い、互いに恋仲であったが、佳代が何者かに乱暴され、その乱暴した側に脇本伸夫がいたのである。そして、佳代は優美を身ごもり、やむなく脇本伸夫と結婚したのである。ところが、佳代に乱暴して優美を身ごもらせた男が脇本伸夫でないことがわかり、佳代は大島昭雄のもとに帰ったのである。脇本伸夫は不能者であった。昭雄と佳代は長い間、二人の愛情を保ち続けていたのである。

 そして、実は佳代が乱暴された時に、殺人が行われていた。その死体をウラン鉱山の廃土の中に秘匿していたのだが、それが今度の騒動で掘り返されることになって、次々と殺人が行われていたのである。

 殺人者は誰か。そして、佳代に乱暴したのは誰か。浅見光彦の推理が冴えていく。そして、それが誰かが分かり、事件は結末を迎えていくのである。

 物語の構成に島根地方に残る羽衣伝説が取り入れられ、小泉八雲の足跡がたどられ、それに男と女の愛情が重ねられて行くと同時に、たいていの事件がそうであるように人間の欲と保身が生み出した事件が展開され、その中を爽やかで正直に生きる浅見光彦の姿などが織り成されて、この作品も面白い作品だった。作者は、どうも美女が好きなようで、どの作品にも美女が登場するが、その美女と浅見光彦の恋が成就しそうでしないように展開されるのも気楽でいいと思っている。

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