2013年10月31日木曜日

西條奈加『芥子の花 金春屋ゴメス』

 碧空が広がる秋の好天になった。こういう日が訪れてくれると、なんだかほっとする。立て込んだスケジュールで気を使うことも多かった神無月がようやく過ぎようとし、晩秋の季節を迎えようとしている。今年は冬が案外と早く来そうな気もするし、例年よりも寒いとの予報も出ている。この冬はあまりいいことがないような気がするので、ゆっくりと温泉にでも行きたい気分がある。

 それはともかく、西條奈加『芥子の花 金春屋ゴメス』(2006年 新潮社)を面白く読んだ。これは、西條奈加の作品の中でも少し異色で、設定も、21世紀の日本の中に江戸国という独立した国家ができているという奇抜な設定になっている。江戸国は科学技術的な進歩を拒絶して近世の江戸をそのまま再現した国家で、あらゆる事柄が江戸時代の江戸と同じように持たれている国であるが、幕府や行政においては経済的合理的な方法が取られている。日本の大富豪たちが集まってこれを建国したという。

 この江戸国に外事を担当する長崎奉行というのが置かれ、その奉行として巨漢で豪胆な、しかも卓越した女性が就任しており、人はこの女性を「金春屋ゴメス」と呼んで恐れているのである。長崎奉行所は金春屋という料理屋の裏に置かれ、「裏金春」と呼ばれていた。

 物語は、江戸国にアヘンが大量に出まわり、ゴメスの長崎奉行所がアヘンの出元を探索していくという展開になっていくのだが、ゴメスの下で働く長崎奉行所の手下たちが一風変わっているし、そこに新人として入った辰次郎を中心にして、美貌の女剣士への恋などが盛り込まれていく。物語の大筋はアヘンの原料である芥子の栽培を巡っての政争とそれを使って私腹を肥やす者たちと、ゴメスや手下たちの活躍であるが、利用される側の人間の悲哀が盛り込まれつつも、豪快なゴメスの姿や奇想天外な発想が盛り込まれている。

 読み始めは少し戸惑いを覚えるのだが、半ばから後半にかけての緊張感ある展開は読む者を引き込んでいく力がある。

 全面的に面白い作品だが、一点だけ欲を言えば、せっかく日本の中の江戸国で、しかも外事を担当する長崎奉行という設定だから、そのあたりのことが政治的駆け引きであってもいいから盛り込まれているとさらに面白いだろうと思う。もちろん、物語の後半で、日本が江戸国の消滅を図るという思惑があることや、世界が日本そのものの消滅を図るという線が引かれてはいるが、本書ではそれはまだ見えていない。もっぱら、アヘンを巡る国内の争いが中心になっている。

 それにしても、巨漢で豪胆、日常生活ではわがままを押し通し、腹が減れば即座に機嫌が悪くなるという「金春屋ゴメス」という女性の設定は、本当に面白いし、彼女が外見や噂とは異なって、情に厚い人間であることが本書の大きな魅力だろうと思う。


1 件のコメント:

  1. 中学生の彼がスゴくいい

    西條奈加さんの『無花果の実のなるころに』が文庫になったので読みました。
    この作家さんの現代ものってはじめてだったのですが、キャラクターが良くて読みやすかったです。特に主人公の中学生がいい!続編出ないかしら。

    birthday-energy.co.jp/
    ってサイトは西條さんの本質にまで踏み込んでましたよ。彼女の才能は伝統性・歴史。なので、時代小説だったりお婆ちゃんだったりするそうですよ。今後に期待です!

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