2010年4月10日土曜日

白石一郎『海狼伝』

 桜も散り始め、日中は春の温かさがようやく感じられるころになった。今週は5日(月曜日)の午後に九州の久留米在住のK氏が危篤の状態になられたとの連絡が急遽はいって、6日の朝、久留米まで出かけなければならなかった。90歳を越えておられたK氏は、若い頃に結核を患われたりして苦労されたが、従業員500名以上を抱えるいくつかのホテルと結婚式場、祭儀場を経営され、謙遜で、質素で、ロダンの彫刻を愛し、久留米市の文化や教育の分野でも助力を惜しまれず、真に比類のない生涯を送られた方であった。

 久留米の聖マリア病院の病室で最後の面会をすることができたが、昨日(9日)、召天された。死を迎えることは、人にとって最後の大仕事だとつくづく思う。今は静かに冥福を祈ろう。

 九州までの往復と滞在中に白石一郎『海狼伝』(1987年 文藝春秋社 1990年 文春文庫)を読んだ。こちらは若々しくエネルギーに満ちた人物を描いた長編作品で、直木賞受賞作品でもあるが、こういう生き生きとした人物を中心にした作品を書くには相当な情熱とその持続が必要で、いったい作者が何歳ごろの作品だろうと思って調べたら、1931年生まれだから、56歳の時の作品だと知り、改めて驚愕した。

 これは、いわゆる戦国時代の末期に活躍した村上水軍で志を高く持って南蛮貿易へと船出していく青年のロマンを描いた冒険小説である。

 九州の壱岐・対馬を中心に活動した松浦党(海賊・倭寇)の末裔として生まれた主人公は、朝鮮から帰国して海賊をする「将軍」の下で働くことになり、その海賊働きの最中に瀬戸内海の村上海賊衆に捕えられ、瀬戸内海まで連行されることになる。しかし、不明となっていた主人公の父が、実は、村上水軍の将であったことがわかり、商才に富んだ村上水軍の一族に預けられ、明国(中国)人で奴隷であった男との友情も深めながら、自分の道を定めていくのである。

 彼が恋した女性が、厳島で毛利元就に敗れた陶晴賢(すえはるかた)の子であったり、織田信長と一向衆(石山本願寺)との争いに村上水軍として加担したり、瀬戸内海をめぐる緊迫した状況の中で、大貿易を試みる商才に富んだ青年、明国人で奴隷であった武力に富んだ青年との友情などが、実に綿密な当時の海賊や村上水軍への史的考察の下で展開され、海のかなたに勇躍していこうとする青年の姿が生き生きと描き出されていく。それはまさに、爽快な冒険譚である。視点も歴史を大上段に見るのでなく、そこで生きている人間の側から描かれる。それも本当にいい。

 こうしたロマンを描いた小説を久しぶりで読んだ気がする。気の重い状態の中で、他方では青年のロマンを描いた作品を読む。これもまた、ひとつの過ごし方かもしれないと思ったりする。

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