2010年4月16日金曜日

諸田玲子『狸穴あいあい坂』

 四月の中旬というのに、このところ本当に寒い日々が続いて、今日も最高気温が7度ぐらいまでしか上がらない冷たい雨が降っている。四月が思っている以上に雨の多い季節ではあるにしても晴れた日が少なすぎるし、寒すぎる気がする。覚悟がないから四月に寒いと気分も滅入る。

 そういう中で、諸田玲子『狸穴あいあい坂』(2007年 集英社)を、久しぶりに爽快な気分で読み終えた。作者の円熟味を物語の構成や人物の設定、展開の視点などに随所に感じることができるし、登場人物たちの爽やかな姿が光っている作品で、作者の同じ系統の作品集に『お鳥見女房』の優れたシリーズがあるが、物語が春から次の春までの一年間の季節の移ろいの中で展開されて、はるかによくまとまっている。狸穴の「ゆすら庵」という裏庭に「山桜桃(ゆすらうめ)」の木のある口入屋(就職斡旋所)の離れに住んでいる頑固者の元火盗改めの老武士とその孫娘が主人公となっており、その「山桜桃」の季節に伴う変化が「時」を表わしていくことで、人間の優しさと柔らかさが見事に表出されていく。

 孫娘の「結寿(ゆず)」は、ふとしたことで、隠密廻り同心として事件の探索をしている「妻木道三郎」と知り合い、身近に起こる様々な事件を通して互いに恋心を膨らませていく。しかし、元々、火盗改めと町方の同心は、その設立や役割から反目した職業意識があって、彼女の祖父も彼女が慕う「妻木道三郎」をなかなか受け入れない。火盗改めは厳罰主義の検察であり、「妻木道三郎」は温情あふれた事件の処理をしていこうとする。しかし、祖父もまっすぐなら、妻木道三郎も、どこまでも鷹揚でまっすぐである。その中で「結寿」は娘心を募らせていく。

 この作品には、元火盗改めの老武士と孫娘の「結寿」が住んでいる家の大家である口入屋の「ゆすら庵」の三人の子どもたちと、妻木道三郎の子どもが重要な役割を果たす者として登場する。「結寿」は「ゆすら庵」の子どもたちに手習いを教えていたりして親しくしているし、道三郎の子どもをあずかったりする。その子どもたちと「結寿」の信頼関係も物語の展開で欠くことができないし、老武士の下働きで元幇間の「百介」も味のある役割を果たしている。

 「結寿」の祖父で元火盗改めの老武士と、彼の碁仲間で絵師であり俳諧の師匠をしている老人の姿も、すべてをわかって飲み込みながら自分のスタイルを通していく人間として描かれ、これもまた味わい深いものとなっている。

 時代小説の中で、その小説が生きるかどうかは子どもと老人の描き方にかかっているといっても過言ではないかもしれない。平岩弓枝の作品でも、宇江佐真理の作品でも、子どもと老人は実に生き生きと、しかも重要な役割を果たす人間として登場する。これは作者の作品でも同じで、子どもと老人は、殺伐とした現実の救いとなる。わたしはその視線が嬉しい。

 親子の「情」、男と女の「情」などが様々な事件を通して描かれる姿は、作者の面目躍如そのもので、まさに円熟した作品のひとつだろうと思う。子さらいや復讐、心中事件や強姦事件などのシリアスな出来事が、主人公たちのまっすぐな思いで「温かく」展開されている。こういう作品を読むと、本当に嬉しくなる。これはそういう作品である。

 それにしても今日は本当に寒くて手足が冷え冷えしてくる。こういう日は出掛けたり人にあったりするのが億劫になる。山積みしている仕事を少しかたづけよう。

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