2010年11月9日火曜日

千野隆司『霊岸島捕物控 大川端ふたり舟』

 昨夕、親しい友人たちと行っている研究会で、『車輪の下』などでなじみのある20世紀初頭のH.ヘッセの研究発表があるというので池袋まで出かけ、終了後に談笑しながら食事をした。発表されたのは千葉経済大学短期大学部で比較文学を講じられていたI先生で、もう現役を引退されて久しいのだが、50年前に大学ノートに書かれた論文を拝見などした。食事は気の置けない中年過ぎの男5人なので、今後の研究会のテーマや世間話などを織り交ぜて話ながら、なかなか楽しいものであった。東京女子大学に勤めるE氏は、最近、いろいろなことを面倒に思うようになったと言う。わたしも同じような心境の中にあると、つくづく思う。

 その往復路で、読みさしていた千野隆司『霊岸島捕物控 大川端ふたり舟』(2002年 学習研究社 2006年 学研M文庫)を味わい深く読み終えた。以前、作者の作品について触れたときに、この作者が好きだという方からのコメントを頂いていたこともあって手に取ったのだが、この作品も、物語の顛末が丁寧だし、推理性も抜群で、推理時代小説(捕物帳)として完成度の高い満足できる作品だった。

 物語は、隅田川河口の埋め立て地であった霊岸島(浄土宗の寺であった霊岸寺が建てられたことから名称が取られた)の岡っ引きの娘である十七歳の「お妙」を主人公にして、離別した母親の殺人事件を骨格に、江戸三代火事の一つといわれる文化3年(1806年)の大火を背景として、一緒に暮らす離婚した岡っ引きの父や火事に被災した人々、好きになった男などの間を揺れ動きながら成長していく娘の姿と、思いもかけない犯人像が浮かび上がって来る母親殺しの犯人の探索の過程を通して、夫婦、親子、男女の絆などが描き出されていく。

 この作品の文章も優れていて、前章「夜が響く」で、離婚して材木屋の奥女中として働く「お妙」の母親「おくに」が押し入った盗賊に殺される場面が描かれるのだが、
 「三十半ばをとうに過ぎて、おくにはこれまで幾多のことを諦めてきた。物だけではない。親しい人との絆、そしてそれにまつわる多くの思い。その最後の諦めとなったのが、自らの命だった」(文庫版 10ページ)
という短い文章で、この女性がこれまでどんな人生を歩んできたかがにじみ出ている。

 あるいはまた、第四章「河岸蛍」の書き出しは、
 「前日までの雨が、嘘のように晴れ渡った。空の青が濃く見える。雀の子が、囀(さえず)りながら親雀を追って飛んで行く。近寄っては離れ、じゃれ合っていた。
 子鳥は時おり飛び方を間違えるのか、つっと落ちそうになる。親鳥はそれを見ると、緩やかに旋回した」(文庫版 223ページ)
 という情景描写なのだが、これが単なる情景描写で終わっているのではなく、離婚して外に愛人を囲っている父親とあまりなじめないままに暮らしている主人公が、初めて父親が愛している女性と会ったり、火事で被災した子どもの母親を訪ねたりしながら人生の経験を重ね、母親殺しの犯人の探索の中で母との離婚の真相や父親の真実の姿を知っていき、また父親の自分への愛情を知っていったりしていくという、この章全体で表されている主人公の姿に重ねられているのである。

 母親殺しの真犯人は最後までわからない。怪しいと思われた人物が火盗改めの同心であったり、犯人と思われる者が彼女を助けたり、火事で被災した人々を助け、頼もしいと思われ、主人公が危機に瀕したときも身を挺して助けてくれた者が真犯人であたりするどんでん返しがあり、そしてそこにも、養子として育てられた先が強盗団の首領であるというどうにもならない人間の悲哀がある。

 物語の細部に至るまで「人間」が描かれるのがいいし、霊岸島周辺で生きて動く人の視点で情景が描かれるのもいい。構成も細部までよく考え抜かれた構成になっている。これが出された2002年の時点で作者は中年の男性なのだから、十七歳の少女の心情の細かな揺れを描き出すことが難しいだろうとは思うが、物語の細かな設定と主人公を取り巻く人間模様の巧みさで、人を愛することの切なさと悲しみが生き生きと描かれている。作者の思考と感性の緻密さを感じる。

 今日、気温はそんなに高くないのだが、秋の蒼空が広がっている。日本海側と北海道は天気が荒れると予報が出ていたが、どうなのだろう。横浜はAPEC(アジア太平洋経済協力会議)の開催があって、会場近くの「みなとみらい駅」では、テロを警戒して自動販売機もゴミ箱も使えない。交通も制限がある。「会議ばかりで何一つ有効な手段が実行されない」のが、小は小さなグループから大は国家組織に至までの現代の組織形態の実体なので、あまり会議の結果などに期待もしていないが、貧しい者でも生きていけるようになるためには、社会全体の価値観が変わる必要があるなあ、と思ったりする。貧しい者ほどお金に価値があると思わざるを得ないような社会は、やはり生き難い社会なのだから。日本の政府が、まずお金ありき、で政策を進めるのは、政治思想の貧困状態だろう。

1 件のコメント:

  1. 仰るとおり、千野隆司さんはとても言葉を大切にされます。不用意に言葉を置いておられないと思います。「慙愧」「忸怩」「悔恨」の言葉の意味を正確に理解していなかったため、どうしても登場人物の心の動きを理解できなかったことがありました。辞書をひいてやっと納得したことを覚えています。この小説も華々しさはありませんが、口下手で愛想のない父親と娘との仲が、色々な出来事を通して縮まっていくのが、じいーんと胸にせまってきます。

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