2010年12月27日月曜日

米村圭伍『退屈姫君伝』

 晴れてはいるが書斎に座っていると寒さがしんしんと忍び寄ってくる。いささかの疲れを覚えながら土・日曜日を過ごし、暮らしていくだけがなかなか大変だと思いつつ、朝から掃除、洗濯、と家事にいそしんでいた。少しさっぱりしたところで、昨夜読んだ米村圭吾『退屈姫君伝』(2000年 新潮社)について記しておくことにした。

 前にこの作者の『風流冷飯伝』(1999年 新潮社)を読んで、奇想天外・荒唐無稽の話ではあるが、ひと味もふた味もあるなあ、と思っていたので、その続編と言うか、『風流冷飯伝』がら生まれてきたと言うか、同じ四国の風見藩にまつわる話である本書を続けて読むことにした次第である。

 今回の作品は、同じ風見藩でも江戸屋敷の方の話で、しかも風見藩主の時羽直重の妻となった陸奥磐内藩の姫「めだか」の天真爛漫な活躍を、これもまた面白おかしく語りながら、藩の取りつぶしを画策する田沼意次との対決の中で描き出したものである。

 もちろん、田沼意次以外の人名も藩名も作者の創作によるものだし、人物も戯画化され、物語そのものも荒唐無稽の物語とはいえ、背景となる歴史的検証がかなりしっかりしているので、どこにも違和感はない。『風流冷飯伝』で活躍した幇間の格好をした幕府お庭番の手先であった「一八」の妹「お仙」が、少女ながらも女手先として主人公の「めだか姫」と共に活躍するし、どこか間の抜けたお庭番である倉知政之助も登場するが、何と言っても主人公の「めだか姫」の天真爛漫な個性的な姿が光るし、それでいてほんわかとしたムードの中で名推察と知恵を働かせて難局を乗り切っていく面白さがある。

 陸奥磐内藩五十万石の藩主の末娘として天真爛漫に育った「めだか姫」は、弱小藩である風見藩の時羽直重の元に嫁ぐことになったが、嫁いでしばらくした後、藩主が参勤交代で国元に帰ったために、毎日退屈して過ごさなければならなくなる。退屈をもてあました「めだか姫」は、風見藩江戸屋敷に「六不思議」なるものがあることを知り、その「風見藩六不思議」の謎を解いていこうとするのである。そして、嫁いだ風見藩と親元の陸奥磐内藩との間に交わされた密約があることを知っていく。

 一方、弱小藩である風見藩を取り潰して私腹を肥やすことを企む田沼意次は、幕府お庭番の密偵を放って風見藩の内情を探ろうと倉知政之助を使い、倉知政之助は四国の風見藩に行ったまま所在が分からなくなった手先の「一八」に代わって妹の「お仙」を手先として使うのである。だが、「お仙」も倉知政之助も、「めだか姫」と出会って、その天真爛漫ぶりと素直さに惹かれて、ついには田沼意次の画策が頓挫するように「めだか姫」に協力していくことになる。

 風見藩と陸奥磐内藩の間に交わされていた密約とは、「風見藩六不思議」の一つにも挙げられている下屋敷に関係するもので、財政が苦しい風見藩が苦肉の策として取っていたもので、些細なことではあるが幕府の拝領屋敷に関することなので発覚すれば藩の取り潰しにもなりかねないことであった。田沼意次はそれを知って密約の発覚を企むのである。しかし、「めだか姫」の機転の利いた対抗策で、田沼意次はの画策は見事に頓挫していく。

 大筋はそうだが、たとえば「風見藩六不思議」の六番目は「ろくは有れどもしちは無し」というもので、これが、貧乏藩である風見藩が倹約に倹約を重ねて商人から借金をせずに藩の財政を運営し、藩士は他藩よりもずっと少ない俸禄をもらっていて、涙ぐましい節約ぶりはあるが、そのことを少しも苦労とは感じておらずに、借金(質)がないことを誇り、それを自ら「六不思議」に数えて笑い飛ばしながら生活しているということを意味しているという。そしてそれが、実は物語の全体を流れるものとして物語の最後で記されている。

 戯作ふうの作風の中で、「貧しさに負けず、心豊かにのんびりゆったり暮らしている風見藩江戸藩邸の人々」(307ページ)の姿、そういう大らかな雰囲気が全編を覆っていて、荒唐無稽の話の展開の中で、人の暮らしのあり方をしみじみと、そしてじんわりと考えさせるものになっている。細かいことにこだわったり執着したりせずに、その日の暮らしを大らかに楽しみつつ過ごすことを「よし」とする作者の姿勢がよく、それが直接的な言葉ではなく物語の中でゆっくり示されるのがとてもいい。

 深刻に考えられがちなことを深刻に受け止めないことは人間の器量に繋がっていくことであるが、井上ひさしが語った「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをゆかいに、ゆかいなことをまじめに書くこと」を彷彿させる。

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