2011年7月28日木曜日

牧南恭子『旗本四つ葉姉妹』

 このところ30度前後の曇り空が続いて、7月の初旬のようなかっと照るつけるような陽射しはないが、蒸し暑い日々になている。ただ、風があるので、少しはしのぎやすい。心配されていた電力不足もエアコンなしでも過ごせるような天気で、案ずるほどではないようだ。夏の風に揺られるサルスベリのピンクの花房を眺めるのは、何とも言えず風情がある。昨日、近くの公園を歩いている時に、初めて蝉の声を聞いた。

 昨夜は、串カツと野菜サラダをビールの摘みにしながら、牧南恭子『旗本四つ葉姉妹』(2009年 学研M文庫)を少しゆったりした気分で読んだ。

 この作者の作品は、以前、『ひぐらし同心捕物控 てのひらの春』(2009年 学研M文庫)を一作だけ読んでいて、文章の軟らかさがいいと思っていた。そして、本書も、予想どおり軟らかい文章で物語が綴られている作品だった。

 これは、江戸時代の末期、大番役(警備に当たる役職で、京都と鎌倉には大番役が置かれていたが、江戸にあったかどうかは、ざんねんながら知らない)から無役の小普請入りをした貧乏旗本の次女「双葉」の活躍と恋の顛末を描いたものである。

 それでなくても窮乏していた旗本の花岡家は、無役の小普請入りとなってますます窮乏し、ついには用人や使用人が辞めざるを得ないという事態に追い込まれた。この花岡家には四人の娘があり、長女の一枝はすでに嫁ぎ、十九歳の次女の双葉、十七歳の三女の三樹、十四歳の四女の花代が世間知らずで脳天気な両親と共に暮らしていた。家族全員、どこか一本ねじがはずれたようなところがあり、両親は家計のことなど全く無頓着で、三女の三樹はおしゃれと自分の美貌を保つことにしか関心がなく、四女の花代は学問や知識は人一倍あってもまだ幼い。ただひとり次女の双葉だけが窮乏した花岡家の実情を知り、孤軍奮闘しなければならないのである。

 双葉は好奇心旺盛で、以前から町娘に扮してこっそり江戸市中に出かけたりしていたが、そこで知りあった定町廻り同心の北方章三郎に思いを寄せていた。そして章三郎に会うために町の自身番に寄ったことから、十万坪(埋め立て地)で起こった殺人事件に関わっていくようになるのである。

 双葉は、ただ、思いを寄せている同心の北方章三郎と一緒にいたいためだけに彼が手がけていた殺人事件に関わるが、章三郎も彼女に思いを寄せるところがあったり、彼女の発想や着想の奇抜さもあったりして、その事件の探索の手助けを依頼していく。

 十万坪で殺されていたのは醤油屋の主人で、その事件の背後には、手代や使用人をこき使い、下の者に対しては乱暴狼藉を働いていた醤油屋の主人と、彼によってひどい目にあわされていた使用人の恨みがあったのである。

 事件の顛末そのものはミステリー仕立てで展開され、関係する人物にひとりひとりあたりながら真相が解明されていくようになっているが、その探索の過程で、旗本の娘として育ってきた双葉自身が、町方の暮らしや事件を起こした人物たちのやむにやまれない悲惨さを知っていくことになるのである。

 他方、窮乏した花岡家では、忠義を尽くしていた用人が辞めて、代わりの用人となったあくどい男に騙されて、三女の三樹が吉原に売られそうになったり、家財道具一式を奪い取られたりして、ますます窮乏を重ねる事態となり、ついに双葉が意を決して、手習い所を開いたり、賽銭目当てで屋敷内に稲荷神社を祀ったりしていくが、なかなか思うようにはいかない事態になっていく。

 そして、その手立てとして、二千四百石の旗本に双葉が輿入れする話が進む。双葉は北方章三郎に強い想いを抱いていたが、ついに花岡家を救うために自分の思いを封印して、その縁談話を承諾する。だが、その花婿となる旗本の晴れ舞台の席に招かれていく途中で、北方章三郎を見かけ、思いを捨てきれずに迎えの駕籠を降りて、彼の元に駆け寄るのである。

 北方章三郎の双葉に対する思いが楊巨源の『折楊柳』という七言絶句を用いて表され、章三郎が手折って渡した柳の一枝を双葉がもって彼のところに駆け寄っていくという設定は、なかなか心憎いところがある。

 窮乏した旗本家が、あまりにも世間離れしすぎているとはいえ、主人公の双葉の姿がよく描かれているので、ミステリーが絡んだ恋物語としては面白いものがある。ただ、個人的な好みではあるが、表題が『四つ葉姉妹』であるところからも、三女の三樹があまりにも現代娘過ぎるようなところや、四女の花代の学識や知恵、人柄など、なかなか味があり、もう少し彼女に活躍の場があって欲しいような気がしないでもない。

 しかし、双葉が様々な事情の中で、その事情をよく知りつつも、自分の思いを貫いていくという結末は、わたしは好きで、「自分の思いに正直であること」が一番大事だと思っている者にとって、爽やかな結末だと思っている。

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