2012年4月6日金曜日

牧南恭子『旗本四つ葉姉妹 七夕の使者』


 昨日に続いて、今日も春の陽射しが差し込む日になっている。ただ、昨日よりも気温は低い。しかし、ようやく「春」という感じがするこの頃で、桜(ソメイヨシノ)も5分ほど開いている。今日は聖金曜日で、人間というものを少しじっくり考えたりしていた。

 牧南恭子『旗本四つ葉姉妹 七夕の使者』(2010年 学研M文庫)を比較的面白く読んでいたので記しておくことにする。以前、このシリーズの一作目である『旗本四つ葉姉妹』(2009年 学研M文庫)を読んで、文章の柔らかさやそれぞれ個性的な四人の姉妹の設定、物語の展開など、なかなかいいと思っていたが、本書は、それに加えてさらに桜田門外の変という大きな事件を背景とする激動し始めた政局が背景となって、さらに味わい深いものになっていた。

 貧乏旗本の花岡家には、きっちりした性格を持つ長女の一枝、家計を心配しながらも好奇心旺盛で町娘に姿を変えて探索をしたりする次女の双葉、おしゃれと自分の美貌を保つことにしか関心がない三女の三樹、学問好きで知識も豊富な四女の花代の四姉妹があり、長女の一枝は奉行所与力の家に嫁ぎ、両親は夫婦ともどこか一本ねじが脱けたような性格で、家を取り仕切るのは次女の双葉であるが、好奇心旺盛なこの娘の姿を中心にして物語が展開される。

 一作目の『旗本四つ葉姉妹』では、家の窮状を救うために大身の旗本家からの婚儀の申し入れを受けた双葉が、どうしても想いを寄せている奉行所定町廻り同心の北方章三郎への想いを立ち切ることができずに、婚家に向かう途中で逃げ出してしまうところで終わっていたが、本作では、その婚儀の申し入れをしたのが御船手奉行の向井将監(向井家は代々に渡って御船手奉行で、この名を名乗っていた)で、双葉の代わりに三女の三樹が嫁いだことになっている。この辺りの事情は二作目の『旗本四つ葉姉妹 恋つぼみ』で展開されているのだろう。

 さて、本書では、主として二つの事柄が交差して展開される。ひとつは、ふとしたことで知り合った水戸藩浪人となっている男が、実は、大老井伊直弼を桜田門外の変で暗殺した武士で、その暗殺の後、彼は捕らえられ三田藩預かりとなるのである。北方章三郎への想いがあっても、なかなかそれがうまくいかない双葉は、ふと、その男のもっている熱気のようなものに触れて、その男への想いを揺らしたりしながら、その男の死を看取っていくというものである。

 もう一つは、御船手奉行である向井将監に嫁いだ三女の三樹が三田藩家老の息子と浮気をして子どもまで作ってしまうという事件である。向井将監はすべてを承知の上で、生まれる子どもを自分の子どもとすることを決心するが、相手の男の処分を求め、三田藩家老の息子は、預けられていた水戸浪人の死を看取った後で自決する。ここには旗本家の世継ぎ問題が色濃く描かれている。

 これらの事柄の対応を双葉は求められるのである。また、市中で起こった殺人事件の探索を北方章三郎が行い、それを手助けしていたが、その事件が、実は尊王攘夷派へ資金の提供をしていた者への公儀御庭番が起こした事件であったことから、上役から突然に探索中止を命じられ、義を貫こうとする北方章三郎が悩んでいくということが絡み、双葉もまた章三郎との意思の疎通がうまくいかないことに悩んでいくのである。

 こうした事柄が、丁寧に描かれて、味わいのあるものになっている。三女の三樹は、浮気相手が自決したのだが、おそらく、これからも何事もなかったかのように生きていくだろう。そのあたりの女の怖さもあるし、自分の気持ちに正直であろうとする双葉も、一時は想いを揺らしたが、改めて北方章三郎に自分がいかに惚れているかを感じ、その道を進んでいくだろう。四女の花代も、男装して昌平坂学問所に通い、それが発覚していくが、新しい学問の道を進んでいくだろう。

 時代が急を告げ、今後も時代の中で翻弄されていくことになるだろうが、そうした背景がしっかり盛り込まれているので「女の生き方」をそれぞれの姉妹が見せていく展開は、文章と表現が軟らかいだけに味わい深いものになっている。こういう展開は、やはり女性にしか書けない女心のひだのようなものがあっるが、それがあっさり書いてあるところもいいと思っている。幕末の混迷した武家の姿も丁寧に描かれる。この作者の作品は、まだ三作しか読んでいないが、力のある作家だと思っている。

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