2013年4月15日月曜日

小杉健治『ひとひらの恋 三人佐平次捕物帳』


 ようやく、今週あたりから春の暖かさを感じることができるらしくて、少しほっとしている。新年度が始まって少し慌ただしいのだが、やはり、春は「のどか」であるのがふさわしい。陽光ののどかさが、心を誘ってくれることを期待する。

 週末は、小杉健治『ひとひらの恋 三人佐平次捕物帳』(2010年 角川春樹事務所 時代小説文庫)を読んでいた。これは『三人佐平次捕物帳』というかなり長いしシリーズになっている作品の16作品目であるらしく、この作者も、この作品も初めて読むのだが、娯楽時代小説の流れの中にある作品で、文庫本カバーの作者紹介では推理作家としての作品が多く、「捕物帳」としての若干の推理性をもつ作品である。

 「三人佐平次」という表題は、作中で記されていることによれば、平助、次助、佐助という三人の兄弟で、それぞれの頭文字をとって一人の佐平次という理想の岡っ引きを作り出して、三人が協力して事件の解決にあたるというものである。

 北町奉行所定町廻り同心の井原伊十郎が、岡っ引きたちのあまりの無道さに業を煮やし、洞察力が鋭くて頭脳が明晰な平助と、巨体で豪腕の次助、美女と見間違えるほどの美貌の持ち主である佐助という兄弟に目をつけ、この三人で一人の佐平次という理想の岡っ引きを作り上げて、江戸の岡っ引きの向上を図り、その三人で一人の佐平次が次々と事件を解決していくというものである。

 三人の兄弟は、初めは佐助を女にして美人局を働いていたところを、井原伊十郎が目をつけて、老練な茂助という岡っ引きの下で修行をさせて、やがて茂助が引退して、彼らが岡っ引きの稼業を引き継いだのである。

 いわば、三人は人間の知力、体力、外見を代表するような人物で、佐平次はその三拍子が揃った理想の人間として活躍していくのだが、こういう設定は娯楽以外の何ものでもない設定であるから、初めから、あまり考えないで気楽に読むことを目的として書かれているように思える。

 本書には、この三人で一人の佐平次の他に、これも美貌で賢いの「お鶴」という女性が登場し、本書では彼女の心情が中心になるのだが、「お鶴」は、最初、佐平次にあまり活躍してもらっては困ることになる他の岡っ引きが佐平次を潰すために男装させて岡っ引きとして売り出した女性であったが、佐平次の魅力に虜になって、佐平次の手下として一緒に働くようになったのである。「お鶴」は、上州の地回りの親分の娘で、美貌、頭脳明晰に加えて武芸の心得もあるという、これまた、理想の女性になっている。「お鶴」は、佐平次の秘密(三人で一人の佐平次であるということ)に気がついているし、佐平次として表に出ている佐助が、実は気の弱い人間であることも知り、その佐助に惚れているのである。

 もう一人、佐平次に惚れている、これも美貌の芸者である「小染」という女性が登場し、佐平次との付き合いもあり、佐平次が実際は違う顔を持つ人間であることに気がついているが、その佐平次に惚れきっているのである。

 佐平次を巡る「お鶴」と「小染」のそれぞれの想いが本書で展開され、互いに相手を認めながらも嫉妬心に身を焦がしていく姿が描かれていく。

 本書で取り扱われる事件は、酒問屋の息子が水茶の女に惚れ込んで、店から金を持ち出しているのを何とかしてくれという酒問屋の番頭の訴えから始まるのだが、その水茶屋の女には別に惚れた男がおり、酒問屋の息子が持ち出す金はその男に流れているのである。ところが、その男が殺されるという事態が起こる。佐平次たちは、この事件に乗り出していくのである。また、その頃に、呉服屋の手代が店の金を盗んで行くへ不明になっている事件があって、佐平次たちはその手代も捜していた。

 事件そのものは、酒問屋の番頭と内儀が密通し、酒問屋の主人に毒を盛って病気にし、若旦那に男殺しの濡れ衣を着せて、店を乗っ取ろうとし、それに呉服屋の番頭も絡んで、また、金を盗んだ手代も犯人として濡れ衣を着せて殺していたというもので、大きな謎があるわけではなく、二つの事件が関連していくという結末になっている。

 それに「お鶴」と「小染」のそれぞれの恋心や佐平次の秘密などが絡み、いわば、女心が描き出されていくのである。佐平次こと佐助は、表の顔とは違ってなかなか煮え切らないのである。だが、やがて、「小染」は、「お鶴」の純粋さに負けて、佐平次が住む町から深川に移り、身を引いていく。「お鶴」は、その「小染」の気持ちを知りつつ、佐平次の下で働くのである。

 中心になる人物を理想的な美男美女として設定するというようなこういう作品には娯楽性以外のものを求めないので、これはこれで真に気楽に暇つぶしとして読める作品であるが、まあ、一言で言えば軽い。女性の嫉妬心も男から見た嫉妬心で、それも男にとって都合の良いような理想的なものとして描かれている。嫉妬する女の怖さというものがあるのだから、その怖さが描かれてもいいかもしれないと老婆心で思ったりもする。人間の嫉妬心というのは始末に負えないものの一つであるのだから。

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