2013年4月19日金曜日

上田秀人『隠密 奥祐筆秘帳』


 今日あたりからまた気温が低くなるそうで、曇って、今にも雨が降りだしそうな気配がする。このところ風で埃が舞い上がっていたので一雨きて欲しいが、寒いのは嫌だな、と我儘に思う。

 昨日は、いくつかの下調べをしていて、ふと気がついたら夜の8時を回っているという時間の過ごし方をしていたが、夜、上田秀人『隠密 奥祐筆秘帳』(2010年 講談社文庫)を一気に読んだ。

 これは、このシリーズの七作品目で、以前、これに続く第八作目の『刃傷 奥祐筆秘帳』(2011年 講談社文庫)を読んで、ここにも記していた。ちょっと調べてみたら、2012年8月13日だったから、およそ八ヶ月ぶりにさかのぼって読んだことになる。

 このシリーズは、第十一代将軍徳川家斉の時代(在位 17871837年)の幕府の公文書を取り扱う奥祐筆と彼の身を守る剣士を主人公にして、権力を巡る争いを描いたもので、それぞれの権力者たちの暗躍ぶりが描き出されている。

 本作では、先の老中松平定信が奥祐筆組頭の立花併右衛門の力を取り込もうとして、娘の瑞紀に自分の縁者との縁談を持込、断られた腹いせに、縁談相手の旗本が瑞紀を拐かすという愚挙に出たところから始まっていく。併右衛門は、拐かした旗本の家譜を調べて、拐かされた場所を突き止め、護衛役の柊衛悟と共に娘の奪還に向かい、娘を無事に救出することができた。そして、その裏にいた松平定信に釘を刺すのである。

 松平定信は拐かした旗本を当然のようにして見捨てていく。そして、将軍家斉から、将軍毒殺未遂事件があったことを聞き、今度はその事件についての裏事情を知るために、奥祐筆組頭の立花併右衛門を使うことにしたのである。家斉毒殺未遂事件には、家斉の父で権力欲の塊であるような一橋治済の画策があり、そこに大奥と大奥を護衛する伊賀者の暗躍もあった(このあたりは、シリーズの三作品目『侵食 奥祐筆秘帳』で語られている)。

 奥祐筆に調べられては困る伊賀者は、立花併右衛門の命を狙うようになり、併右衛門の護衛をしている柊衛悟との戦いが展開される。

 他方、一橋治済は、相変わらず甲賀者を使っての暗躍を行うし、将軍家斉は家斉で公儀お庭番を使い、それぞれが奥祐筆を利用できるあいだは利用し、用がなくなれば知りすぎた立花併右衛門の命を狙うのである。だから、護衛の柊衛悟は多方面の敵から併右衛門を守らなければならない局面に立たされていく。

 また、朝廷側は寛永寺塔頭を通して、権力を徳川幕府から奪う画策を続けており、その責任者である「覚蝉」は、幕府内に朝廷の意向を入れる画策のために、公武合体説を持ち出しながら松平定信と手を結び、定信が望むように僧兵を使って奥祐筆の立花併右衛門の暗殺をすると申し出るのである。

 立花併右衛門は、右を見ても左を見ても自分の命を狙う敵ばかりの四面楚歌の状態になるのだが、柊衛悟とともにその難局を乗り切ろうとしていくのである。併右衛門の娘の瑞紀は衛悟に想いを寄せており、父親として併右衛門は娘の想いを遂げさせてやりたいと思って、ついに、柊家に衛悟を婿養子にしたいと申し出るようになる。

 暗躍と激闘に次ぐ激闘という形で物語が展開される中で、衛悟と瑞紀の恋が大いなる清涼剤として働き、権力争いの醜さだけではなく、それぞれの立場での思いが描かれるので、一気に読ませるものとなっているのである。

 もちろんこれは、歴史の裏舞台を通してのエンターテイメント作品であるが、優秀な官僚としての苦慮がよく描かれており、使われる人間の哀しさもよく伝わる作品になっている。その意味では、時代小説としての定形のようなものではあるが、奥祐筆というところに着眼した作者の眼力はなかなかのものだと思っている。

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