2011年8月27日土曜日

山本周五郎『山本周五郎中短編秀作選集 3 想う』(3)

 昨日の午後は激しい雨に見舞われ、今日も、今、雨が降り出している。このところずっとこんな天気が続いている。

 こちらに帰宅してみるとパソコンとインターネットを繋ぐモデムが壊れていて、メールもできずに、パソコンに依存した仕事も半分以下となっていた。今朝、代わりのモデムが宅急便で届けられ、さっそく設定して、ようやくこれもアップロードできるようになった。 意識していなかったが10年以上使っていたモデムだったので寿命だったのだろう。

 さて、山本周五郎『山本周五郎中短編秀作選集3 想う』の続きだが、結局、この書物については3回にわたって記すことになってしまった。書ききれないことがまだたくさん残っているので、山本周五郎の作品はそれだけ内容があるということだろう。

 十三編目の「あだこ」は、生きる意欲をなくして死ぬばかりになっていた旗本のところに転がり込んだ女性の力によって、彼がもう一度生きる力を回復していくという話で、前に記した「泥棒と若殿」という作品が同じような設定になっていた。ただ、「泥棒と若殿」は、忍んできた泥棒によってひとりの武士が生きる喜びを見出していくというものであるが、「あだこ」は行くところがなくなって転がり込んだ女性が律義さやけなげさで武士を助け、武士とともに生きていく姿を描いたものになっている。彼女は苦労してきたが、天性の明るさと素直さ、そして素直な決断力をもっている魅力的な女性である。設定は同じでも、内容も結末も異なり、どちらも優れた短編であることにかわりはない。ちなみに、表題の「あだこ」というのは、作者によれば、津軽の言葉で子守りとか下女という意味らしい。

 二百五十石のお使番(主家や幕府の意向を伝える役職で、かなりの権能があった)の父の後を受けた小林半三郎には、親同士で決めた許嫁があり、彼もその女性が好きだった。だが、結婚を控えた直前に、相手の女性は、別の男性と駆け落ちしてしまった。彼はそれ以来無為の人間となり、無役の小普請となり、家も荒れ放題となって、あちらこちらに借金を重ね、とうとう味噌も米も買うことができなくなって、ただじっと餓死していくのを待つような日々を過ごしていた。

 あるとき、その荒れ放題になった家の庭で真っ黒な顔をした女性が草取りをしているのに気がついた。女性は、自分は「あだこ」で、給金はいらないし食べる者も自分で何とかするからここに置いてくれと半三郎に頼む。半三郎は、「いたいというならいてもいい」と答え、その日から「あだこ」との生活が始まっていく。「あだこ」は、あまりの借金のために差し止められていた米屋や味噌屋、八百屋から食べ物を手に入れてきた。だから最初、半三郎は、お役で津軽に行った友人が、自分のことを見かねて下働きをする女性とお金を出してくれたのだと思っていた。

 だが、実際は、津軽の家で母親が年下の夫をもち、居づらくなって江戸に出てきて、あちこちで奉公したあげくに、行くところがなくなった「あだこ」が、荒れ果てた武家なら自分のような者でも老いてくれるのではないかと思って転がり込んできただけで、米屋では庭掃除やこぼれ落ちた米粒を拾い集めたり、味噌屋でも魚屋でも同じようにして誠実に働いたりして、その働きぶりに感心したそれぞれの店が食べ物の売掛を許してくれていたのだった。「あだこ」はまた、遅くまで針仕事をして、小林半三郎の生活を支えていくのである。

 半三郎は、そういう「あだこ」のひたむきな姿に打たれ、死ぬことではなく生きることに向かって歩みだすようになり、友人たちの助けで出仕してきちんと生活を立て直していくようになるのである。「あだこ」の顔の黒さは、男よけに煤をぬったものであり、本当は「いそ」という名前で、顔も美しい女性だった。半三郎は、そういう「あだこ」と生涯を共にすることを決心していくのである。

 この作品には、優しさとけなげさ、ひとむきさと素直で正直な明るさが満ちている。そしてまた、人間を信じることができる人々がいる。貧と苦労は信と不信の分水嶺のようなものだが、そこで優しさや温かさに向かう人間の姿、それもひたむきな愛情をもって生きる人間の姿には生きることの大きな喜びが訪れるものだ。静かな、しかし確かな愛情というものはいいものだと、山本周五郎の作品を読むたびに思ったりするが、この作品にはそれが溢れている気がする。

 「ちゃん」は、流行に乗ることができずに愚直なまでに生きている火鉢職人の姿を描いたもので、貧しい暮らしの中で、互いに認め合う家族が救いとなっていく話である。

 愚直なまでに伝統的な「五桐火鉢」を丹念に作り続ける「重吉」は、賃金が入ると決まって酔いつぶれて家の前でくだを巻き続ける。そんな「重吉」を女房の「お直」も、十四歳の「良吉」も、十三歳になる長女の「おつぎ」、七歳の「亀吉」、そして三歳の「お芳」までもが温かく支えている。

 重吉が作る「五桐火鉢」が流行遅れのものとなり、彼の職人仲間たちは次々と「五桐火鉢」を捨てて新しいものへと移り、羽振りが良いが、重吉が作る「五桐火鉢」が売れないために、重吉は肩身の狭い思いをして日々を過ごしている。店も「五桐火鉢」に見切りをつけて、重吉が手にする手間賃はますます少なくなっていく。だから、重吉の酒量も多くなる。

 友人たちは言う。「今は流行が第一、めさきが変わっていて安ければ客は買う、一年使ってこわれるか飽きるかすれば、また新しいのを買うだろう、火鉢は火鉢、それでいいんだ、そういう世の中になったんだよ」(292ページ)。

 しかし、重吉は自分が変われないことを知っているし、そのために家族に苦労をかけていることを悩んでいく。家計のために女房と長女は内職をし、長男の良吉は、十四歳で魚のぼて振り(行商)をしている。重吉は思う。「おれのようなぶまな人間は一生うだつがあがらねえ。まじめであればあるほど、人に軽く扱われ、ばかにされ、貧乏に追いまくられ、そして女房子にまで苦労をさせる。・・・こんな世の中はもうまっぴらだ」(297ページ)。

 あるとき、飲み屋で知り合った男を連れて帰ったら、その男が泥棒で家のものを全部盗んで行ったりした。弱り目に祟り目で、重吉はますます自分が家族にとっての疫病神だと思い込み、家を出ようとする。

 だが、そのとき、女房の「お直」は、自分たちが苦労するのは当たり前で、家族がそろっていれば黒のし甲斐があるものだ」と言うし、長男の良吉も長女のおつぎも、七歳の亀吉も三歳のお芳までもが、ちゃん(父親)が出て行くんなら、自分たちもみんなちゃんと一緒に出ていくと言い出すのである。

 こうして、また、重吉一家の生活が始まっていく。飲んで帰り、家の前でつぶれた重吉に、女房は「はいっておくれよ、おまえさん」と言い、良吉が声をかけ、最後に三歳のお芳が「たん、へんな(ちゃん、入んな)。へんなって云ってゆでしょ、へんな、たん」と言うのである。

 この作品は、1958年の『週刊朝日別冊』が初出であり、ちょうど朝鮮戦争による特需で日本の景気が回復し始め、人々が目の入りを変えるようにして豊かさを求め始めていた時代であった。都市部の人口流入が集中し、核家族化が進んで、家族の絆が薄れ始めた時代でもある。そういう時代に、互いに思いやりをもって認め合う家族の姿を描いた作者の意気込みを感じる。人は、たった一人でいいから、自分を黙って認めて受け入れてくれる人間があれば生きていける。そういう人間を身近に見出すことができることこそが人の幸せに他ならない。そうした人の幸せをしみじみ描いた作品だった。

 最後の「その木戸を通って」は、自分の家の前に立っていた記憶を失った女性を助けて、自分の家に住まわせているうちに、その女性の存在によってあらぬ噂をたてられて進んでいた縁談もだめになってしまうが、次第に、その女性に心が引かれていき、やがてはその女性と結婚したという話である。

 だが、結婚し、子どもまでできた後に、その女性が次第に記憶を取り戻したのか、あるいは新しい記憶喪失になったのかは分からないが、その女性が突然いなくなるのである。そして、男は、いつまでも彼女が帰ってくることを待ち続けるのである。

 それにしても、小学館からだされているこの中短編秀作選集は編集方針がきちんとしていると改めて思う。優れた編集者の手によるものだということを感じさせる作品の組み方がされているように思われる。奥付を見ると最上龍平という人と弘瀬暁子という人が編集され、竹添敦子という人が監修されているようだ。これらの人たちについての知識はないが、丁寧な編集になっている。  

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