2010年3月23日火曜日

佐藤雅美『影帳 半次捕物控』

 春めいたかと思うと気温が下がって、「花冷え」がことのほか厳しく感じられたりする。このところなにやかやと気ぜわしい日々が続いて、昨日は会議のために早朝から出かけなければならなかったりして、生活時間も乱れ、のどが痛んで微熱も感じるので風邪をひきかけているかもしれない。

 先日から佐藤雅美『影帳 半次捕物控』(1992年 講談社 1995年 講談社文庫)を読んでいた。これはこのシリーズの一作目で、既にこのシリーズのいくつかの作品を読んでいたが、さすがに一作目は主人公半次の岡っ引きとしての生活形態や彼が関係している人物たちとの背景、活動する深川周辺の地理が詳細に描かれ、また説明されている。物語で語られる地理だけでも、当時を知る地図が出来上がるだろう。作者が丹念に地図を見ながら主人公たちの人物を動かしていることが分かる。もちろん、それは、この作者が重要に思っている作品のリアリティーを表わすためである。作品の中で金銭がらみの話が多いのも、そうしたリアリティーを生活感覚として表わすもので、こうしたところに作者の現実感覚と人間観がよく表わされている。

 もっとも、これはシリーズの第一作目であるから、その説明がいささか多くて、地理を巡るだけでも若干の煩わしさがあるのは免れ得ないように思われる。

 しかし、物語の展開は、主人公半次のどこまでも事実を追求しようとする気質と相まって、いくつかの山場が繋がって、次第に真相が明らかになる展開となっており、その間に、たとえば主人公が関係をもっている「引合茶屋(岡っ引きが互いの交渉をするために用いる茶屋)」の女主人の浮気を知って、その魔性性を垣間見て、惚れてはいても断念していく話や、彼の手下や奉行所の同心たちとの関係などが絡んで「情」を大事にしている主人公の姿などが絡んで、内容豊かなものとなっている。

 物語は、ふとしたことで引合(軽犯罪の罪を見逃すことで、犯罪にかかる費用を軽減するための手数料を得ていくこと)を抜かないちょっとした盗みの事件に関わった半次が、その裏にある何かを感じて調べ始め、また自分と兄弟のようにして育てられた男の行く末を案じて調べを頼んだかつての手下が殺された事件を調べていくうちに、その二つが絡み合って、米相場に絡んで尾張家で行われていた大掛かりな帳合米取引(米の先物相場)とその私的運用(影帳)にまつわる事件であることを明らかにしていくというものである。

 何かと付け届けをしてくれて得意先でもあり、主人公の半次があんな風に年をとりたいとも思っていた米問屋の主人が、実は、帳合米取引の大元締めであり、事件の核心を握った人物であることがわかり、人間が表の顔と裏の顔をもち、特に「欲」に絡んでそのことが起こることを、この物語は明瞭に示す。気一本の半次は、なかなかそこに行きつかないが、そこにも気一本で生きる人間と大欲をもって巧みに表裏を使い分ける人間の姿が描き出されて、筋の骨子となっている。

 結局、主人公は、自分を頼りにする手下や自分の身を案じる同心、奉行者内部の事柄などから、かつての手下の殺人事件を事故として処理することに従うが、企みをもっていた米問屋とは縁を切り、その米問屋の主人も遅かれ早かれ自滅していくだろうという同心の言葉を受け入れていく。

 歴史の審判というものは目には見えないが、「悪を悪に委ね」ても、歴史の審判はあるだろう。善悪についての人間の価値判断というものは、結局、さかしらなもので、肝心なことは、自分がそこで納得して生活できるかどうかなのだろう。

 ところで、これを掲載しているブログに広告が載っていたので、あまり気の進まない広告で、どういう広告だろうかと思って見ていたら、どうも自分のブログを自分でクリックするのはよくないらしく、ブログの運営サイトからメールを受けとり、この機会にブログの機能をよく認識して、やはりこういうことは自分の性にあわないようなので、これからは一切他の人の手になるものは掲載しないように気をつけようと反省したりした。

 それはともかく、土曜日(20日)、引退して京都に在住しておられた石井正己先生が召天されたという訃報を受け取った。わたし自身は不遜な学究徒であったが、神学の研究でずい分お世話になった。先生が弟子を作る人間関係をお持ちにならなかったが残念だが、研究資料をずい分紹介もしてくださったので、突然の訃報に驚いてもいる。昨日の会議が遅く、前夜式にも間に合わなかったので、影ながら天来の慰めを祈っている。土曜日から日曜日にかけて弟夫婦が訪ねて来てくれた。

 ようやく、日常が戻ってきた感がある。ふだんものんびりしているが、さらにのんびりと日々を過ごすこと、これが心がけの第一だろう。仕事は山積みし、木曜日までは寒いらしいが、やがて春ののどかさを感じるだろう。

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