2010年5月27日木曜日

鳥羽亮『剣客春秋 女剣士ふたり』

 昨日の午後から降り出した雨は上がったが、曇ったり陽が差したりの日になった。気にかかっていることはたくさんあるし、しなければならないことも山積みしているが、昨日、今日と、比較的いつものゆっくりとした時の流れを過ごしている。午後から難民センターを支援している方と会うことになっている。こういう活動は、できる限り支えたい。

 昨日、鳥羽亮『剣客春秋 女剣士ふたり』(2003年 幻冬舎)を読んだ。作者の鳥羽亮については、求道者としての宮本武蔵を描いた吉川英治とは異なって、比較的実像に近い勝つことに徹した兵法者としての宮本武蔵を『覇剣 武蔵と柳生兵庫之介』で描いたことは知っており、作者自身が剣道三段で、作品の中でも、荒唐無稽の殺陣ではなく、間合いの取り方や剣さばきなどが現実的に描かれていることは知っていた。作品も多数で、百冊を越えているようだ。1946年の生まれで、教員生活をしながら文筆活動を始められたらしい。

 しかし、わたし自身、歴史・時代小説が好きだとは言え、また、剣道や合気道といった武術にも多少の心得があるが、あまり戦いや兵法といった類に関心がなく、藤沢周平の「秘剣シリーズ」や池波正太郎の「剣客商売シリーズ」も、そこに「人間」が描かれているのである種の感動を覚えて読んだが、鳥羽亮については、「剣術物」というイメージがあって、なかなか手にしなかった。

 だが、本書の奥付に「人情時代小説」という謳い文句があり、読んでみて、これは「娯楽時代小説」としては傑作の部類に入る作品だと思った。この『剣客春秋』はシリーズ化されていて、既に10作品が書かれているが、本書は、その2作目である。

 物語の中心は、神田で剣術道場を開いている千坂藤兵衛と剣術の稽古に夢中になっている娘の里美、そして、その道場で剣術を習うことになった柳橋の料理屋のひとり息子で北町奉行の妾腹の子でもある彦四郎である。彦四郎は、やくざ者に襲われているのを里美に助けられ、道場に通うようになったのだが、彦四郎と里美はお互いに思いを寄せている。父親の藤兵衛は、そんな二人を見守りながら、剣術家としての日々を過ごしている。

 そこに、本書では、三河の浜島藩の内紛で父親を殺された幼い姉弟が訪ねてくる。彼らの父親がかつての藤兵衛の弟子であり、その仇打ちの助力を願いにきたのである。相手は相当の手練で、剣の使い手であり、藩内紛の一方の刺客として父親を殺したのである。上段から左手で剣を振りおろし首をはねるという独特の業をもっている。

 藤兵衛、里美、彦四郎は、幼い姉弟のけなげな姿にうたれて、二人を助けることにするが、藤兵衛は、浜島藩の内紛には関わらないようにしていこうとする。幼い姉弟は、藤兵衛のもとで歯を食いしばりながら剣を学び、藤兵衛らの助けによって本懐を遂げることになる。藤兵衛と仇との戦いの場面も圧巻である。また、浜島藩の内情を知り、これに関わらずに幼い姉弟を助けていくという藤兵衛の姿にも、自立した人間の自由と強さがある。

 本書には、里美と彦四郎の恋心の展開もあり、藤兵衛と下働きの「おくま」という日常の会話の中に、それぞれの人柄の温かみもあり、弟子で奉行所の同心やその手下となって働く人間のまっすぐさもあり、物語全体が柔らかい。なるほど、そういう意味では「人情時代小説」であるが、相当の力量をもつ作家の作品だと思った。少なくともこのシリーズは読み続けてみたい。

 宮本武蔵でふと思い出したのだが、以前、熊本に住んでいた時に晩年の武蔵がこもった金峰山というところによく行ったことがある。夏目漱石の『草枕』の山道でもある。その頃の同僚であったK氏が横浜の東洋英和女学院大学に転勤したという知らせを今日受け取ったので、なんとなく懐かしくて熊本のことを思い出した。熊本を去る時は嫌な思いもしたが、一番良い時を過ごしたのかもしれない。金峰山は良い思い出に包まれている。

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