先週の木曜日の夜に雨に打たれたのがいけなかったのか、金曜日から頸椎の痛みが激しくなって、左肩から先に激痛が走り、病院の麻酔薬も痛み止めも効き目がなく、身の置き所のないような状態で過ごしていた。この痛みは、絶望とは異なって「死に至る病」ではないが、痛みが走ると仕事はおろか日常生活も困ったことになる。日頃の不摂生なのだから「耐えがたきを耐える」しかない。本を片手に横になって、眠ったり起きたりしていた。
そうしていてもおもしろい本はおもしろく、杉本章子『水雷屯(すいらいちゅん) 信太郎人情始末帖』(2002年 文藝春秋社)を読んだ。
表題の「水雷屯(すいらいちゅん)」というのは、第一作に八卦占いによる「多事多難の相」ということで使われている言葉であり、ありていに言えば「大凶」と同じような意味だろうと思う。
杉本章子という人は、奥付によれば1953年生まれで、1989年に、江戸から明治に移り変わる中で最後の木版浮世絵師といわれた小林清親の波瀾の生涯を描いた『東京新大橋雨中図』で直木賞を受賞している。福岡県生まれで、1984年に福岡市文学賞、1995年に福岡県文化賞を受賞されているらしいが、わたしはこの作者の作品を読むのはこれが初めてである。
本書はこのシリーズの2作目で、第1作『おすず 信太郎人情始末帖』は2002年に中山義秀文学賞の受賞作品らしい。本書は、呉服太物の大店の総領息子である信太郎が、二歳年上で子持ちであった吉原の引手茶屋の女将「おぬい」と深い恋仲となり、許嫁の「おすず」があったものだから大問題となり(このあたりの顛末が第1作だろう)、ついに勘当されて、芝居小屋の大札(勘定方)の手伝いをしながら、身近に起こる様々な事件や出来事を彼の明察を用いて解き明かしていくもので、時代の設定は黒船騒ぎ(1853年)が起こる幕末である。
出来事のすべては幕末期の江戸庶民の暮らしの中での出来事であり、すべてを捨ててまでも自分の恋を貫いた信太郎の姿がそれに重なる形で進められる。本書は5作からなる短編連作で、それぞれの事件の裏に隠された複雑さとそこでの欲の絡んだ人間模様が、さわやかに、そして控えめに推察される信太郎の明察で明らかにされていく。
一話一話について少し述べようと思ったが、左手が痛みなしには動かなくなっている今、それを断念して、とにかくおもしろい、とだけ記しておきたい。
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