2010年6月28日月曜日

杉本章子『狐釣り 信太郎人情始末帖』

 曇り時々晴れ、そして雨模様という梅雨特有の蒸し暑い日になった。昨日はなんだか疲れ果ててしまい、夕方から外出の準備はしたものの、結局出かけずにうつらうつらと眠りこけてしまった。今朝起き出して汗を滴らせながら久しぶりに家中の掃除はしたものの、今、また睡魔に襲われつつある。佐藤雅美の「居眠り紋蔵」ではないが、突如として眠気を感じる。

 一昨日の土曜日に杉本章子『狐釣り 信太郎人情始末帖』(2002年 文藝春秋社)を読んだ。これは、このシリーズの3作目で、先に読んだ『水雷屯』の続編に当たるもので、呉服太物店の総領息子であったが、許嫁がある身で吉原の茶屋千歳屋の子持ちの女将に惚れ、結婚を反故にして女将の元に走ったために勘当され、芝居小屋の大札(経理)の手伝いをしながら過ごしている信太郎が持ち前の知恵を働かせて身辺に起こる事件を解決していく物語である。

 前作で茶屋の女将との間に子どもができたことを告げられ、女将の連れ子の千代太とも納得がいくように話をして結婚をすることを決意したが、老いて病を抱える父親のことや実家の先行きのこと、女将が営む茶屋の先行きのことなど悩みはつきなかった。そして、本作では、無事に女の子が生まれるが、その子の人別(戸籍)をどうするか、いよいよ決めなければならない事態になっていくのである。

 そういう信太郎自身の身の振り方を考えなければならない状態を縦糸にして、以前、彼の許嫁であった女性の家に押し込み強盗が入り、その女性「おすず」が自害してしまった事件で、せめてもの罪滅ぼしと強盗の探索に力を貸して捕らえた強盗の首領たちが牢抜けをして、逆恨みで信太郎の命を狙っている事件や、彼の幼なじみで岡っ引きの手下をしている末吉にまつわる事件が横糸となって物語が織りなされている。

 末吉は火事の時に知り合った女性に惚れ、結婚を考えているが、その女性は行方不明になった医者の妻で、その医者がどうなったのかをはっきりさせてから晴れて夫婦になりたいと思い、医者の行方を探り始める。そして、その医者が実は生きていて、商家の乗っ取りを企む悪徳金貸しの手先となって商家の主の毒殺に手を貸していることがわかる。悪徳金貸しは、正体がばれそうになって末吉を刺し、女性は末吉が死んだと思い、自ら毒を飲んで死ぬ。

 末吉は一命を取り留め、信太郎は同心や岡っ引きと協力して、悪徳金貸しの悪行の証拠を探し出し、事件を解決していくのである。

 信太郎は呉服太物店の跡継ぎとして、算用、始末、才覚も申し分のない人間である。礼儀も正しいし、情もある。企業家としての豊かな才に恵まれている。そして、込み入った事件の真相を暴く知恵も豊かである。しかし、茶屋の女将に惚れ、親を泣かし、周囲を嘆かせ、許嫁を捨てた。彼の妹も婿を取ることができない男に惚れているので、呉服太物店の先行きを案じ続けるが、惚れた女との間に子どももでき、これからどうするか思案し続けなければならない状態に置かれている。

 状況が切迫して人は悩むが、本書の主人公は、そういう悩みの中に置かれていても、自分がごく当たり前だと思う友情や愛情に素直であろうとし続けている。それが本書の主人公の魅力のように思われる。ただ、本書では、彼の悩みの糸口のようなものが記されている。それは、彼を勘当した父親が、お互いに馴染んでいくために女将の連れ子の千代太を自分の店で引き取って、千代太を正式な跡継ぎとしてもよいと考えていることである。種々のことから勘当を簡単に解くことはできないが、信太郎の思いと生き方を受け止めようとする親の才覚のある道筋を示そうとするのである。果たしてそれがどうなるかは、本書ではまだ語られないが、それぞれの事情を抱えた者たちが可能な限り幸福であるようにという物語の基調をそこに見ることができるような気がするのである。

 人は、もし単純に言うことができるとするならば、誰でも幸せになりたいと願う。そしてそう願っていてもうまくいかない事態が常に起こる。そこには、よこしまな欲や自己保身の思いが働いている。しかし、人が幸福になることができる条件は、究極的にはたった一つしかない。それは、言い尽くされてきたことではあるが「愛情」、しかも本物の愛情に他ならない。

 この物語は、そうした愛情の姿を登場人物たちが示していく物語である。このシリーズはまだ続いているので、これから主人公がどうなるのか見ていきたいと思っている。

0 件のコメント:

コメントを投稿