ほんの時折薄く陽が差す曇り空の下で、今日も日々の暮らしが営まれる。歪んだ構造の中で政治がきしみを立て、経済が揺れ動く。わたしの左肩と腕の痛みのようにどこかすっきりしない状態が世界全体で続いているが、その中で、鳥羽亮『剣客春秋 恋敵』(2005年 幻冬舎)をすっきりと読んだ。
これは前に読んだこのシリーズの2作目の『剣客春秋 女剣士ふたり』に続いたシリーズの5作目で、神田で剣術道場を開いている千坂藤兵衛の娘「里美」が思いを寄せている料理屋の一人息子「彦四郎」の料理屋が巧妙な手口で乗っ取られるのを防いでいく展開になっている。
彦四郎の母「由江」が営む料理屋が、かつてその店の料理人をしていた男「盛蔵」から乗っ取りを謀られる。盛蔵は、傷んできた料理屋の改築の話と自分の娘を彦四郎の嫁にする話をもってくる。その一方で由江の料理屋の料理人を殺し、料理屋を窮地に追い込む。それと同時に、彦四郎が思いを寄せている里美を襲って、自分の娘を押しつけようとする。盛蔵には手荒な手下やごろつきがおり、質屋で悪辣な高利貸しをしている男や手練れの牢人がいて、乗っ取りを画策するのである。
盛蔵らは、ほかにも同じような手口で乗っ取った料理屋や大店がある。娘「里美」と由江・彦四郎の窮地の中で、千坂藤兵衛は、父親として、また剣客として、弟子の同心や岡っ引きと共に真相を探り、これを助けていく。
その間に、江戸の各剣術道場を道場破りしている剣の使い手が藤兵衛の道場にもやってきて、藤兵衛は剣客として彼と対峙することになる。腕はほぼ互角で、木刀の試合では相打ちとなり、真剣勝負へと持ち込まれる。剣の使い手は悪計をもっている盛蔵に言葉巧みに乗せられ里美を襲い、藤兵衛も真剣勝負を覚悟し、やりあうことになる。そして、藤兵衛は、ほんのわずかの差で相手の籠手を打って勝つことができ、盛蔵らの企みも露見し、再び由江の店は立ち直っていく。
そして、娘の里美と彦四郎の縁談も、二人を独立させるということでまとまり、この後の話の展開としてつながっていくのである。
娯楽小説としての醍醐味は十分にある。そして、人を窮地に追いやり、それを助けるような振りを装って乗っ取っていくような乗っ取りの手口は、現代の企業ではもうあまり見られなくなったが、確かにあるのであり、人を陥れようとする意図を持つ人間は確かにいる。「裏切りはいつも接吻と共にやってくる」のであり、「手ひどい仕打ちは善意の仮面をつけている」のである。
作中の中で、千坂藤兵衛は、どっしりとした動かない青眼の構えで相手に対峙する。「動かざること山の如し」である。善意の仮面や隠された悪意の渦の中では、それが最も大事だろう。動かなさすぎるのもどうかと自問したりもするが、「動かない」というのは意味のある存在形態だと改めて思ったりもする。そういう意味でも、動きたくないと思ってごろ寝をしているわたしにとって、これは娯楽小説なのである。
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