2011年4月5日火曜日

高橋克彦『だましゑ歌麿』

 先週の土曜と日曜日は寒の戻りで気温が下がり、被災地でも雪が舞ったりする光景が報道されていたが、今日は少し気温が上がって春めいてきた。桜も一気に開花するだろう。溜まっていた掃除や洗濯をしながら、日常の生活に追われ行く日々を感じていたら、仙台のF氏から電話をもらい、水と電気は回復したが、まだガスが復旧されないという話だった。無事であることは連絡を受けていたが、とにかく元気そうで何よりだった。


 今日はあまり仕事をする気にもなれずに、とにかく土曜と日曜にかけて高橋克彦『だましゑ歌麿』((1999年 文藝春秋社 2002年 文春文庫)を読んでいたので、それだけでも記しておくことにした。これは、松平定信の寛政の改革(1787-1793年)とそれによって辛苦を舐めなければならなかった人間の姿を真正面から小説の形で取り上げたなかなかの力作で、ある意味でミステリー仕立ての時代小説としての構成も展開も、面白さも備えた秀作だと思った。


 これは、松平定信が寛政の改革で風紀を厳しく取り締まり、あらゆる事柄に贅沢を禁止した禁令を断行し、火附盗賊改の長が有名な長谷川平蔵であった時代に、南町奉行の同心で30代半ばの仙波一之進が、人気絵師であった喜多川歌麿の妻が惨殺された事件を調べ、権力による圧力を受けながらも、喜多川歌麿の反骨精神、歌麿や山東京伝の出版元であり、自らも改革の犠牲となって処罰を受けた蔦屋重三郎などの当時の文化人たちの姿を絡ませながら、知恵と剛胆さ、もちまえの剣さばきなどを発揮させて真相を明らかにし、改革の主であった松平定信に反省を促していくというものである。


 事の発端は、深川一帯が大嵐の水害によって壊滅的になった後始末に駆り出された南町奉行所同心が、半壊した「おりよ」という女性が住んでいた家の不審に気づき、やがて「おりよ」の死体が無惨に陵辱された姿で見つかるというものであった。「おりよ」は絵師の喜多川歌麿が愛して止まない妻であった。


 仙波一之進はこの事件を探索しようとするが、上からの探索の中止の命令が下される。また、南町奉行所から火盗改めに移されたりする。しかし、彼は圧力がかかる中で密かにこの事件の真相を探り続け、そこに長谷川平蔵率いる火盗改めと老中松平定信の画策の匂いをかいでいくのである。当時の一番人気絵師であり文化の花形であった喜多川歌麿の妻を殺すことで、歌麿の活動を停止させ、言論の統制を図ろうとした意図が見え隠れする。


 一方、愛する妻を殺された喜多川歌麿は、そのことを感知して、ほんの僅かな金だけを盗むが、政道批判を展開する押し込み強盗団を作って、松平定信を窮地に追いやって復讐しようとする。作者は美術館学芸員の経歴を持ち、江戸時代の絵師についての専門的な知識もあるが、こういう発想が面白いし、また実際の歴史知識に裏打ちされた発想であるから、詳細に渡ってこの発想が生きている。


 権力の圧力に耐えながらの仙波一之進による地道な探索が続いていく。何度も危機的な場面に出くわす。だが、彼の武骨なまでの同心魂と剛胆さで、ついに真相が明らかになる。彼は、唯一信頼できると思われた北町奉行初鹿野信興(実在の人物)を引っ張り出し、ついに老中松平定信に反省を促していくのである。


 この作品には、喜多川歌麿をはじめとして、長谷川平蔵や松平定信、初鹿野信興は言うまでもなく、蔦屋重三郎、朋誠堂喜三郎(秋田藩江戸留守居役でもあった平沢常富)などの多くの実在の人物が登場するし、後に著名になる葛飾北斎も「春朗」として登場し、その鑑定眼を活かして仙波一之進を手助けする者として描かれたり、仙波一之進の父親左門らとの日常的な会話に絵の構造や手法について語る場面があったり、それらの会話から、風景画に進んで行く方向なども示されるという虚実を巧みに混ぜた展開がされている。


 また、武骨な主人公である仙波一之進と柳橋の売れっ子芸者である「おこう」との恋も描かれ、最後に二人が結ばれ、その「おこう」の活躍を描いた『おこう紅絵暦』(2003年 文藝春秋社)が記されるほど、生き生きとした人物像となっている。


 寛政の改革という歴史的事柄と真正面から取り組み、そこでの文化統制、言論の弾圧といった問題に、政治によって翻弄され、苦しめられる人間の側からの視点で、しかも、時代小説としての醍醐味やミステリー仕立ての展開の面白さがあって、小説として読み応えのある作品だと思う。長谷川平蔵が設立した「人足寄せ場」(厚生施設)の問題もかなり突っ込んだ形で描き出されている。


 この作品については、もっと多くのことが語られうると思うが、他にももちろんすることやしなければならないことが山積みしているわけだし、今日はここで止めておこう。

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