この連休は全体的にあまり天気が優れず、今日も曇り空が広がり、気温が低い。予想に反して各観光地では大勢の人出があり、高速も渋滞しているとの報道がされ、ここでも、東名高速の青葉インターの近くということもあって旧大山街道である246号線も渋滞している。各地に出かけた人たちのインタビューで、「少しでも消費をすることで、被災した人々の復興になれば」という声をたくさん聞いて、この国の人たちは本当に思いやりと優しさに満ちているという気さえした。もちろん、個人的にはいろいろだろうが、こういう気持ちが国を動かすものになってほしいとさえ思う。
彼の地では、国際的テロ組織の指導者が米軍によって殺害され、大統領が「正義がなされた」と宣言したことが報道された。国民の90%がそれを支持しているともいわれる。だが、いかなる正当な理由があるにしろ、殺人によって行われた行為を「正義」と呼ぶことはできない。報復や仇討ちが忍耐によって断ち切られるところにこそ人の豊かさは芽生える。
そんなことを感じながら、坂岡真『照れ降れ長屋風聞帖 子授け銀杏』(2006年 双葉文庫)を一気に読んだので、ここに記しておくことにする。この書き下ろしのシリーズは、前に五作目の『あやめ河岸』と十一作目の『盗賊かもめ』を読み、これは六作目の作品だから、飛び飛びにぽつりぽつりと読んでいることになるが、作品がそれぞれに独立した展開になるような工夫がされているので、それぞれに面白い。
また、書き下ろしとは思えないような文章の巧みさがあって、たとえば、本作の第一話「白鼠」で、琴三味線卸の大店の出戻り娘が殺され、内濠に死体となって浮かんでいるのが発見された情景で、「汀の舟寄せには荷を積んだ小舟がつぎつぎに漕ぎよせ、荷役夫たちが忙しなく働いている。川端には車力や出職や少女たちが行き交い、いつもと同じ朝のいとなみがはじまっていた」(54ページ)とあり、何ら変わらない平凡な日常の中で、胸に匕首(短刀)を突き立てられた娘の死骸が川面に浮かぶ残酷さが、生と死の対比として描き出され、そこにこの作者の人間の日常を鋭く見る目を感じたりする。
本作には「白鼠」、「月夜に釜」、「木更津女」、「子授け銀杏」の四話が収められ、第一話「白鼠」は、飢饉に襲われて年貢が払えなくなり、両親も死んでしまって佐渡から逃げてきた兄弟が、江戸で途方もなくしているところを三弦師(三味線作り)に助けられて育てられ、兄はその三弦師の親方の世話で琴三味線卸の大店で、くるくるとよく働くので「白鼠」と呼ばれるほどになり、その大店の出戻り娘と結婚して暖簾分け(店を構えること)の話が進むが、三弦師の娘と恋仲であり、その義理と恋の狭間で悩んでいた時に、琴三味線卸の大店の出戻り娘が殺されてしまうという事件を取り扱ったものである。
「白鼠」と呼ばれた兄に殺人の疑いがかかる。主人公の浅間三左衛門は、その兄と恋仲である三弦師の娘が町でからかわれているのを助けて知り合い、その殺人事件に出くわして、兄の疑いを晴らすために動き出し、その殺人に、その大店のどら息子を利用した強欲な金貸しが絡んでいることをつきとめて行き、事件の解決に臨んでいくのである。
逃散(田畑を捨てて逃げてしまうこと)しなければならなかった兄弟の姿や、義理と恋の中で恋を取る兄の決意、また事件の探索に向かう主人公の足取りなど、この作者ならではの丁寧な展開がされている。もっとも、悪が強欲な金貸して凄腕の用心棒を雇っているというのは、少しありきたりの気がしないでもないが、中年の痩せ牢人である主人公が、思わぬところで三味線をつま弾いたりするのは、作者が語り出す主人公の面白さであり、それがこのシリーズの柱ともなっていて、その人間味が面白い。
第二話「月夜に釜」は、主人公の狂歌仲間の友人である定町廻り同心の八尾半四郎の父親で元同心の八尾半兵衛を中心とする物語で、八尾半兵衛は隠居して、親子ほども年の違う宿場女郎だった娘に惚れて、彼女を身請けして一緒に静かに暮らしているが、ある夜に辻斬りに出会うのである。そして、その辻斬りが落としていった印籠から、元強盗が廻船問屋の商人となり、津軽藩江戸留守居役と結託して抜け荷(密貿易)を企んでいる事件と関わっていくのである。
ここにも辻斬りをしなければならなくなった南部藩の牢人の夫婦の悲哀などが盛り込まれて、物語の幅と深みを与えているし、老いた八尾半兵衛の活躍が光る仕掛けがされている。
第三話「木更津女」は、主人公の浅間三左衛門が惚れて一緒に暮らしている十分の一屋(仲人業)をしている「おまつ」の、人はよいがどうしようもない遊び人の弟「又七」の恋の顛末を描いたもので、彼が惚れた女のために十両を工面しようとして、知り合った奇妙でユニークな牢人と一緒に、強欲な金貸しから金を痛快にせしめていく展開になっている。
第四話「子授け銀杏」は、照れ降れ長屋に越してきたばかりの面白い牢人が、芸者に惚れ、その身請けの金の工面を牢人の人柄の良さもあって長屋中で手伝ったが、その牢人が切り刻まれて殺され、川に浮かんでしまう。彼が惚れた芸者も悲観して身を投げてしまう。牢人は、元久留米藩の勘定方(計理)で、藩の勘定奉行の不正を暴いたために、反対に藩を追われて牢人となっていたのである。義憤を感じた浅間三左衛門は、同じ長屋に住む牢人と事件の真相を探ろうとする。その事件の裏に、金満家で鳥屋をして金貸しもしている男と結託して、性悪な元勘定奉行の次男が絡み、不正告発の逆恨みがあることがわかり、小太刀の業を駆使して、殺された牢人と芸者の無念を晴らしていくのである。
この第四話で、主人公の浅間三左衛門と「おまつ」が雑司ヶ谷にある鬼子母神の「子授け銀杏」に参ったりしながら、ふたりの間に子どもができたことが語られ、中年になって子どもを持つことの嬉しさが語られたりする。
ここに収録されている作品は、取り扱われる事柄が昨今の時代小説によくあるものではあるのだが、登場人物がそれぞれユニークで、それぞれに妙味があって、それだけに読ませる作品になっている。構成も文章も書き下ろしとは思えない出来が保たれていると思う。
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